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020 ストライキ

「いやはや、お待ちしておりましたよ冒険者さん」

「私が一番乗りか?」

「ええ、受けたのは貴女だけだと聞いております」


 ストを起こした集団が立てこもっているのは、丁度体育館ぐらいの大きさの建物だ。扉はテーブルと椅子を組み合わせて作ったバリケードで塞がれている。

 雇い主は白い髪で、何故か真ん中だけツルツルに禿げたいい年したおっさんだ。白いシャツに深緑色に染色したスーツ、素材は動物性の皮だろう。気の弱そうな男だが、外見から中身を察する事はできない。心の中にどんな魔物が潜んでいるのかなんてのは、ひょっとしたら本人にもわからないのかもしれない。

 ストを起こしている元凶の姿は窺えないが、工場内にいるというのは気配で察せられる。


「少しばかり建物が汚れますが……構いませんか?」

「ええ、勿論。その程度は必要経費です」

「ついでに街を出る時に手引きしてもらえると助かります」

「……一体、どのようにこの街に入られたので?」


 グリーラとグラールの手引きで入街までは上手く行ったが、出街まで面倒見るとは言われてないとの一点張りで、少々街を出るのに手間取ってしまうらしい。コカルにはよくわからないが。

 揉め事を起こすよりは、穏便に通った方が良いだろうと判断しての頼みだ。当然、不可能であればその際は、まあ少々衛兵には運の悪さを嘆いてもらう事になってしまうのだが。


「まあ、構いませんが……」


 雇い主の言葉に一つ頷くと、武器までは持ち込めなかったので、コカルは有限剣製で手元に、鉄製の市販で売ってそうな剣を呼び出す。

 包帯の下で腕に切れ筋が走り、血が滲む。鋭い痛みが気分を冷静に保つ。

 久しぶりの殺人、とはいえやるのは魔物退治と何ら変わりない。ただ喋るだけの違いだ。

 まるで散歩のように歩きながら、コカルはバリケードに向かって、大きく剣を振り下ろす。

 叩き斬るタイプの剣は、バリケードの一部に深々と突き刺さる。それと同じ工程を二度、三度と、壊れるまで繰り返す。力を入れたせいで裾にまで血が滲んでしまっているが、この程度であれば問題は無い。

 五度目でやっとこさ分厚いバリケードは、強引に引き裂かれた。

 ストライキのやり方は中国に似ているのだな、とどこか関心しながらコカルは中に入り、辺りを見回す。

 辺りに人気は無いが、奥にざわめきの音。明かりは窓から入る太陽光のみ。

 空気はよどんでおり、換気もされていない様子。室内温度も蒸し暑く、汗臭い。

 建物内部はがらんどうで、木製の床には所々穴が空いている。柱にも欠損が目立ち、いつ倒壊してもおかしくはない。

 劣悪な労働環境であるとは察せられるし、彼らには同情を覚える。

 しかしコカルにとってその感情は、さながら通行上にある蟻のようなもの。気を向ける程のものではない。仕事であれば誰だって殺す。それが、コカルの目的の近道であるのなら。

 コカルが一歩下がると同時に、柱の影から、二つの労働者が鉄パイプを振り下ろされた。


「余所者が俺達に何の用だ!?」

「……排除開始」


 作業着を着た男の一人の手首を斬り上げて、勢いそのままもう一人の男の指を斬り落とす。

 血が飛び散り、叫び声をあげ、痛みに悶え転がる二人の男。大の大人が泣き叫んでいるさまは、見ていて少しばかり滑稽にも見える。

 奥から新たに、どこから手に入れたのか、コカルが持っているものと同じようなタイプの剣を持った男が二人、おっかなびっくり現れる。


「きっ、貴様!! おっ、俺達は、奴隷のように働かされてきたんだ! パンを一個買えるかどうかもわからないような低賃金で、俺達は馬車馬のように働かされてきたんだ!! 正義は俺達にある、俺達はただ……食事に困らないぐらいまで賃金を上げてほしいだけなんだ。だのに、お前はなぜ、それを邪魔する!?」

「仕事なんでな」


 長ったらしいような短いような演説を、二人の首と共にたった一言で切り捨てる。袖から流れ垂れたコカルの血と、斬り殺した人間の血が混ざり合う。

 首から血を湧き水のように溢れさせ、崩れ落ちる二つの体。それを踏まないように乗り越え、次の獲物を探す。

 気分はハンター、懐かしい、鉄臭い匂い。

 適当に歩いていると、人の塊が見えた。数は二十人程度だろうか、誰もがくたびれた様子。その塊は、血で汚れたコカルを見て「ヒッ!?」と悲鳴を上げた。中には漏らしている奴もいる。

 男六割、女四割という感じだ。全て人族、亜人種はいない。手にはやはり、剣や鎌といった武器や、工具らしきもの。

 全員、怯えた目でコカルを見つめている。ただの少女が、血に塗れて現れたのだ。きっと、とても恐ろしいだろう。

 そして、その集団のうち一人が口を開いた。


「なっ、なんなんだよ……いきなり現れて、お前、なんなんだよ!?」

「ただの冒険者だ。それはともかく──おとなしく投降し、雇い主に頭を垂れて許しを請うのであれば、命までは奪わない」

「……断る。その程度の脅しで、俺達が屈するとでも──」


 金髪の男の言葉は、コカルの投擲した剣によって強引に塞がれてしまった。数人程度を巻き込んで、まとめて串刺しにされてしまった従業員。

 そして新たな剣を創り出し、集団に向ける。


「もう一度訊く。どうする?」

「……お前の言う事はわかった。だが、少しは俺達の意思を汲んでくれるというのなら、大人しく言う事を──」

「それを判断するのは私じゃないんでな、そこは直談判してみるといい」


 きっと無駄になるだろうがな、とコカルは最後に、余計なひと言を付けたす。

 とはいえ、スト集団に選択する権利はほぼ、無いと言っても過言ではない状況だ。死ぬか、奴隷のように生かされるか。経営者のあの男は、マニュアルを作っている。奴隷の一人や二人でも買って、それに覚え込ませればいくらでも替えが利く。

 だからこうして、建物に立てこもったのだ。だが、それももはや無駄となるのだろうか。そう思うと、ストライキ集団の、リーダー格らしき男から涙が滲み出てきた。


「……お前の言いたい事はわかった」

「そうか、無駄な血を流さずに済んだな」


 淡々と事務的に、まるで人として扱ってないように言うコカルに恐ろしさを感じたが、ここは折れるしかない。しかし首謀者の男──グラッシュは、ニヤリと口角を上げる。

 コカルの頭上から、黒ずくめの服で身を包んだ者がナイフを振り下ろした。

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