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014 火事場泥棒

 ゲッツェンペルスは、魔脈と呼ばれる、世界中に魔素を運ぶ龍脈に似たものがある。

 魔素とは魔法・魔物を産み出す母、エネルギーの事で、魔脈はそれを運ぶルート。

 そしてゲッツェンペルスは、その魔脈の噴き出す地点に建立されていた。当然、そこに建ったのであれば国の敷地内に魔物が生み出されてしまうというデメリットがある。しかし、それを超えるメリットもまたあった。

 一つに、貿易。ゲッツェンペルスから少し南に行けば海上貿易国家、更に陸の方にもいくつか国があり、それらの全てを通るには必ず、ゲッツェンペルスを通ってしまう。それによる通行税、要は輸入・輸出税。更に道中の魔物・盗賊から身を守るための傭兵、冒険者のレンタルによる護衛の利益。

 もう一つは、他の国の産業生産の殆どを、ゲッツェンペルスから輸出した奴隷で賄ってる。クラウンによる、奴隷の完全服従魔法。これの技術を持っているのはゲッツェンペルスだけであり、解放させるもさせぬもゲッツェンペルスの自由なのだ。もしこの街を攻めれば、途端にどこの国の奴隷も服従という枷から解放されて、暴動を起こし国が内部崩壊してしまうだろう。故に互いの国が牽制しあい、下手に手出しできない状態を保っている。

 そして最後に、もし仮に国がここに建てば、魔物の処理に手間取って国家の正規兵が減り、すぐに滅亡してしまう。

 何せ魔物は無限湧きするのだから。


「さて、どうする?」

「どうしますかねー」


 突然店内に現れた魔物。狼男、ウェアウルフ。しかも眼の血走りからして、マッドウェアに分類される魔物だ、とマナマナは瞬時に判別した。

 難易度Bに近い魔物。今日は魔素の噴出が高かったのだろう。運の無い事っすね、と自嘲気味に笑う。

 敵は力が強く、しかも素早い。知性こそ無くウェアウルフ特有の連携こそ無いものの、依然脅威的なのには変わりがない。

 むしろ、狂っているからこそ繰り出される、先が読めない攻撃が厄介だ。ウェアウルフ討伐熟練ほど殺られる、というのがマッドウェアなのである。

 まあ、熟練でなければ読むも糞もへったくれも無く死ぬのだが。

 ゲッツェンペルスはたまに、というかしょっちゅう街の中にも魔物が湧く。だがなにも今日じゃなくていいだろう、とマナマナは愚痴りたくなる。


「相手はマッドウェア、うちらが相手するにゃ危険すぎるっすね」

「なるほど、要は犬か」

「いや狼っす」


 そろーり、そろーりと。忍び足で、相手に背中を見せないように逃げる二人。勝てる相手と勝てない相手を見極めるのは、魔物退治でも殺人でも何ら変わらない。

 そして、あれは勝てない相手だ。分が悪すぎる。犬の脚力に、二足歩行による攻撃範囲の広さ。ちょっと前まで村娘だった剣使いと、新入りに毛が生えた程度の鞭使いでは歯が立たない。

 背中を向けて一目散に走りだしたい気持ちを抑え、ゆっくりと出口へと向かって行く。

 背中を見せたらその瞬間、後ろから爪でばっさりと突き殺されて終わりだ。血袋と化すのは御免だ。

 ゆっくり、しかし確実に下がっていく。誰か助けてくれ、と心の中で悲願するマナマナと、ここで終わりかと客観的に思うコカル。

 あと半分、あの席から半分の距離で逃げられる。というところで、まだ逃げ延びておらず、生き残っていた貴族らしき太った女が、吐瀉物に汚した口から要らぬ言葉を吐き出した。


「ちょっと! あなた達冒険者でしょ!? とっととあの化け物を殺し──」


 最後まで言い切れず爪で顔を輪切りにされてしまった貴族だが、その声が原因でマッドウェアは二人に気付いてしまった。

 思わず視線を交わし、アイコンタクトする二人。

 勝てるのか? 勝てません。二人同時にその結論に達する時間はごく僅か。

 だがその僅かな時間に、マッドウェアが三匹同時に突っ込んできた。

 どういう訳か、マナマナ一人に。


「なんでうちっすか!?」


 咄嗟にコカルの方へと飛び行くと、矢の如く突っ込んできたマッドウェアはテーブルを破壊し、店内を照らしていた蝋燭がテーブルクロスに引火。

 あっという間に店内は、シーツが絡まっていた三匹と一緒に火の海と化した。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、マナマナはコカルに手を引かれながら早足に店を出る。最初からこの速さで動けばよかった、とマナマナは後悔するも、その後ろからやってくる、火に包まれたマッドウェアを見て気絶しそうになった。

 毛は焼け落ち、皮膚は焼け焦げ、赤黒にぴくぴくと動く狼男。しかも眼が血走っていて、そんなのがこちらを睨み付けていたら、どう思うだろうか。

 誰もがこう思うだろう、悪い悪夢だと。現実逃避するだろう。


「ちょっ、なんでこうなるんすか!? あーもう!」

「マナマナ、臭いのキツい液体が入った瓶を手繰り寄せて奴にぶつけろ」


 コカルがテーブルからくすねたナイフを投げ牽制しながら、素早く指示を出す。

 マナマナは後輩に指図され少しカチンときたが、生き残る為なら藁にだってすがる状態のマナマナは言われるがまま、店の壁にかけられていた酢を鞭で手繰り寄せた。

 コカルの投げたナイフは的確にマッドウェアの足へと突き刺さっていた。これで少し動きが鈍ればいいが、とコカルは期待するも、痛みは火傷の方が勝っているのか、動きは鈍らない。

 いや、動き自体は最初より鈍っているのだろう。故にコカル達はなんとか逃げられているのだ。狂ってるという割に痛みは感じるようで、コカルは内心ほっとした。

 何せ、これからやるのが狂犬にまで効果があるかどうか、コカルは確かめた事が無いのだから。


「よし、投げつけろ!」

「くらえ犬公!」


 マナマナは不満をぶつけるように、お酢の入った瓶を、先頭のマッドウェアに投げつける。

 頭にパリンと当たって砕けた瓶は、中のお酢を拡散させる。するとまるで毒でも受けたかのようにうめき声をあげ、鼻を押さえながら転げまわり始めた。

 巨体が転げまわるのでテーブルが倒れ、クロスに火が引火し地獄絵図と化す。

 既に火の手は天井にまで差し迫ろうという勢い。見るとマッドウェアは、お酢をぶちまけた箇所を飛び越えようとしない。

 犬の嗅覚ならお酢の臭いは凄まじい刺激臭だろう、というところから考え付いたコカルの作戦。しかしここまで苦しむとは思っておらず、若干引いていた。

 マナマナはちゃっかりレジの中から金を持てるぶんだけくすねている。


「置いてくぞ」

「待ってくださいっす! ……あれ、なんかうち下っ端っぽくなってないっすか!?」

「気のせいだ」


 銀貨と鉄貨(銅貨は入っていなかった)でポケットをパンパンに膨らませながら、マナマナは既に店の出口で待機しているマナマナに走り寄った。

 溜息をつくコカルはマナマナを先に行かせ、その後でちゃんと扉を閉めてから、マナマナの手を取って、野次馬をかき分けながら走り始める。

 火の手は天井を焼き、店内を焼け崩していく。店内からマッドウェアの鳴き声が木霊し、壁に拳大の穴が空いた。

 その直後、コカルとマナマナの背後、野次馬の前で大爆発が起き、店の天井が吹っ飛んだ。

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