012 首切り少女
コカルは姿勢を低くし、地面を蹴った。
既に討伐対象は倒したが、それに召喚された魔物は姿を消さない。
完全に個が独立してしまっているようだ。
手の中に木刀を出し、一匹のゴブリンファイターの目に突き刺す。
ぷちっ、とトマトのように潰れた目玉からは、赤黒い液体が飛び散った。
痛みに悶えるゴブリンファイターに、両手剣を足に突き刺した。
「いち」
まずはそいつの剣を奪い取り、首を薄く、器用に頸動脈の深さ丁度に斬る。断面から間欠泉のように血が溢れ出る。
剣は重かったが、その分威力が高い。ゴブリンファイターの討伐難易度を考えれば当然の事ながら、コカルは予想以上の切れ味に驚いた。意外と手入れしているのか、それとも召喚された奴の武器は新品なのか。
そして斬った反動でしばし動けないコカルに、ゴブリンファイターが襲い掛かる。
しかしそれは、マナマナの鞭によって遮られた。
一匹がマナマナの方へと向かい、マナマナは悲鳴を上げた。
そんな先輩を無視し、コカルは剣で、二匹同時に首を斬り落とす。
と同時にそれを放り捨て、二匹の手から剣を奪う。と同時に重力に従い、二匹のゴブリンファイターの首が地面へと落ちた。
「さん」
「うわっ、予想以上に強いっすコカルちゃん。つーかうちもヤバい!」
「……それ終ったら、ゴブリンウルフの討伐部位を回収しといて」
「はっ、はいっす!」
何故か敬語で返すマナマナ。コカルの実力が予想以上だったのに驚いたのだろう。
討伐部位というのは、討伐した証拠となる部位の事である。
ゴブリンなら耳、といった感じだ。
マナマナもマナマナで苦戦しているようだが、コカルは助けに行く事はできない。三匹殺し、一匹はマナマナの方。つまり残っているのは、四体程度。
まずは牽制として、剣を一本投げる。流石はゴブンファイター、見事にそれを避けた。
しかし、一瞬意識はそちらへと持ってかれた。その隙を付いてコカルは地面を蹴り、一気に加速。
そのまま剣を撫でるように、チェーンメイルの隙間に押し当て、引く。
「よん、ご」
引いた勢いそのままに体重移動させ、そのままゴブリンファイターの首に突き刺した。チェーンメイルは斬る事には防御力を発揮するが、突く事には全くの無力。
そのまま五匹目も殺した。
流石に戦意喪失し始めたのか、じりっ、じりっ、と逃げようとする二匹のゴブリンファイター。
コカルが後ろを見やると、未だ手こずっているようだ。近距離戦闘故にナイフで応戦し、距離を放したら鞭で追撃。
参考になる動き。だが少し機械的と見えた。
まあ、今はそんなのどうだっていい。残った二匹を殺す、コカルはまずそれだけを考える。
無駄な雑念を捨て、相手を睨み付ける。一匹たりとも逃がすつもりはない。ゴブリンファイターの討伐難易度であれば、かなりの額が貰えるだろう。金はあり過ぎて困るのはジョブスくらいなものだ。
「首、置いてってもらう」
氷のような無表情で、剣を地面に突き立て走る。
腕を伝って血が手を、鞘を濡らす。
しかし、ゴブリンファイターも負けじと応戦。汚い声の雄叫びを上げて、剣を横に振るう。
しかし、やはり、コカルの方が何歩も上だった。剣の柄に乗り、上へと飛んで避け、予め取っておいたもう一本の剣を突き下ろす。
ゴブリンファイターの一匹に突き刺さると同時、着地時の硬直を狙ってゴブリンファイターは剣を横に薙ぎ払ったが、それも肩に飛び乗られ、避けられてしまった。皮膚を薄く切ったが、それだけ。
そのまま足に力を籠め、体を捻る。ゴキッ、と嫌な音を立てて、ゴブリンファイターは草原へと崩れ落ちた。
「……しっ、死ぬかと思ったっす」
「お疲れ」
目立った怪我のないコカルに比べて、マナマナは満身創痍といった様子だ。
服はボロボロになり、体中傷だらけ。肩で息をしている。
おもむろに回復薬を取り出し、マナマナは一気にそれを飲み干す。目減りしていく回復薬、飲むたびに痙攣する喉。
やがて中の液体を全て飲み干すと、プハーッ、とおっさんのような溜息を洩らした。
「マジ無茶させるんすね、最近の新入りは。怖いわー、新入り怖いわー」
「それで、これの討伐部位は?」
「うわっ、これマジに全部倒したんすか……? やっべ、これ幸先良いかも」
ぐふっ、ぐふふっ。と気色の悪い笑い声を出すマナマナ。
コカルはそんなマナマナを他所に、先ほどから血が出っぱなしの腕をどうすべきかを考えた。
木刀一本作るのにこの負傷では、少々割に合わない。血はいくらでも補充できるし、無いところから作りだすのだから相応の対価とは言えるだろう。
だが、それでも痛いのには変わりは無い。痛みに慣れてこそいるが、それでも痛いのは痛いのだ。
「あー、スキル使っちゃったっすか」
「これは時期に止まる」
「自然治癒だと傷跡残っちゃうっすよ?」
「問題ない」
「うちが気にするっす」
それならまず自分の恰好を気にしろ、とコカルは思う。正直、娼婦でもやりたがらないような感じだ。
そもそも負傷する前からしておかしな露出度だった。もはや下品と言っても差し障りないくらいに。
まあ、心配してもらえるのは有難い。
「んじゃ、とっとと終わらせて街に帰るっすよ! ついでに服も買っちゃうっす!!」
オーッ! と意気込むマナマナ。それだけ騒げれば充分元気で、その恰好のままショッピングにでも行きかねない。
流石にそれは止めるが、はたしてコカル一人の力で止まるものかどうか。
しかし馬鹿みたいにはしゃいでいたマナマナはある事を思い出し、がくりと肩を下げた。
「ゴブリンファイターとゴブリンサモナーは首を持ってかなきゃいけないんすよね……畜生、面倒くさい」
「そいつらは私が担当する。マナマナはゴブリンウルフを」
「マジっすか、ありがとうっす! あっ、でもゴブリンサモナーだけはうちが持っていくっすよ」
「ああ、構わないぞ」
コカルにロープを渡し、「ヨッシャー!!」と叫び声をあげ、腕を振り上げるマナマナ。そして嬉々としてゴブリンウルフの尻尾を、ナイフで斬り落とし始めた。
コカルはそんな彼女の後姿を見て、腰に手を当て溜息をつく。
こちらも面倒だが、やるしかないか。
そう諦めながら首の繋がっているゴブリンファイターとサモナーの首を括り付け、首の無い死体へは足に括り付けていく。
しっかりと結び付ける事約九匹。鎧の重さも相まってかなり重たくなってしまった。
剣の方はどうするべきか、と一本拾い見つめていると、何故かいきなり何もない空間に消え去ってしまった。
新たなスキルを会得したのだろう。そう思い、コカルは適当に剣を拾い集め、同じように消していった。




