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001 逆さの世界

 死ぬというのはどんな感じなのだろう。長く、炭のように黒い髪を揺らしながら彼女──釘山未来は、疑問に思う。

 死の世界、というものが本当にあるのか。地獄はあるのか、天国とはどういう所か、そこは広いのか、狭いのか、人はいるのかいないのか、人嫌いにとって人の多い天国とは本当に天国なのか、人好きにとって人の少ない天国とは本当に天国なのか。常に答えの出ない自問自答を繰り返す。

 釘山未来は変わっている女の子と言われてきた。「何を考えているかわからない」「なんだか不気味「気色悪い人」そんな陰口を聞いたのは一回や二回ではない。

 当然、それは彼女の性癖のせい。生まれ持って生きてしまった者の性。矯正しなかった親のせいなのか、悪影響を与えた兄のせいなのか。それすら既にわからないしどうでもいいが、それを考えるのは彼女にとっては思考遊びの一巻となり、つまらない人生に色を付ける。そもそも兄がいたかどうかも既に怪しいが。


 びゅん、と大きく風が吹き、カラスが飛んだ。


 ある宗教曰く、自殺とは殺人であるらしい。故に自殺を止めたというのに死刑になった者が居るらしい。そうとなれば本当の正義とは何なのか。何が正しいのか。それを正しいと決めた人間は本当に正しいのか。実にくだらないどうでもいい疑問が次々と湧く。

 世界とは常に疑問と疑惑と嘘と偽善で溢れている。それらが無くなれば素敵な世界になると、とある偽善者は言うだろう。しかし彼女はNOと答える。何故ならそれらが無くなった世界は、見た目だけ綺麗で中身は空っぽな、つまらない世界なのだから。人生とは、生きるとはいかに嘘を見抜くかが重要となり、それがやり込み要素となり、人生の華なのだ。それらが無くなるというのはつまりつまるところ、ストーリーが売りのゲームの続編がストーリーなしのただのアーケードだった、というくらいつまらないクソゲーとなってしまう。

 当然、嘘だけでは何も面白くない。嘘と本当を綺麗に織り交ぜて、初めて楽しさというのが産声を上げるのだ。


 夕日が地平線の彼方に沈んでいく。


 海の向こうの大陸では犬を叩き殺したり、堕胎させた胎児を漢方薬として売っているらしい。しかしそれが悪と叩かれるのは主にネットだけの話で、日本のテレビではそれが放送される事は無い。アメリカではクジラやイルカの漁を大っぴらに叩いているというのに。それらには一切合財見向きもしないのだ。

 確かに、人口三億人──十億人だったか? どちらでもどうでもいいが、まあそれらから一人減ったとしても有象無象の一つが消えただけだろう。それならクジラやイルカでも変わりないのではないかと疑問に思ったりもするのだが、未来は日本人で相手は欧米人。ものの考えそのものが違うのだ。違う種の思考をいくら考察しようと、答が出る訳が無い。


 遠くから悲鳴が響き渡り、未来の聴覚をくすぐった。


 思えば、と未来は過去の自分を振り返る。

 自分の行いを後悔するつもりはないが、それのせいもあって友人が少なかった。

 母親は事故死し、兄は女と駆け落ち。結果小学一年で置いてかれた未来は、実の父から暴行を受けていた。と、いうのも煙草を腕に突きつけられただけで、それ以来終わらせたのだが。その結果、未来は殺人鬼とされてしまった。やられたらやり返す、それが未来にとっては当然であり常識であったのだが、世間はそれを認めてくれない。ただ、虐待を受けたらから首を斬り落としただけだというのに。

 学校で喧嘩になった際は相手を階段から突き落とし、身動きできない状態の相手の首にスタンピングを何度も打ち込み殺した事もあった。それのせいか、友達が出来た試しは無く、誰もが未来を見ただけで逃げていくようになった。疎まれ、蔑まれ、しかし誰も彼もが陰で囁きあう。それを見つける狩りも中々に楽しめたが。


 風が強くなっていき、スカートが太ももに張り付く。


 ふと、未来は腕の傷が気になった。

 左腕、手首には煙草の焼け跡をかき消すように何度もリストカットした。何故なら、友達が出来ないのは煙草の痕のせいだと思い込み、それを消す為に必死になったからだ。おかげで何度血を流し、何度貧血で倒れ、何度病院に送り込まれたかは覚えていない。

 その結果精神病棟とかいうのに投げ込まれ、その中でも触れられずの状態で生活していた。本性を隠し、決して誰にも悩みを打ち明けず、一見してみると何ともない健常者のように思わせる。おかげで今は自由の身だ。

 締め切った世界においても自殺の方法はいくらでもある。自殺という逃げ道はいつも人間を惑わせる。それに抗える者は多いが、一度魅了されれば抗う少ないだろう。閉鎖された空間でも、自殺は簡単にできる。シーツがあれば首を吊れる、コップ一杯の水があれば溺死できる、壁さえあれば何度も打ちつけられる、歯があれば舌を噛み千切れる。人は無限の死の方法を常に体に隠し持っているのだ。

 しかし彼女は、未来はそのどれをも選ばなかった。理由は様々だが、そのどれもがくだらないものばかり。死んでいる所を見てほしい、死んでいると誰かに実感してほしい、死んでいる時誰かの脳裏にこびり付いてほしい。そうすれば未来は、未来という人間の体から解放され、延々と人の精神の中で生きられるのだから。結果を残し名を遺すのもありかと思ったが、それをやるにはいささか面倒だ。


 もはや一秒も無いというのに、いやに時間がスローだ。


 ここで彼女は最後の思考を探る。最後に考えるのは何か、そもそも最後に死ねるのか。自殺とは永遠に繰り返される拷問という考察をどこかのサイトで見た気がする。

 もしそれが嘘で、生まれ変わりがあるというのなら、何に生まれ変わるのだろうか。過去に色々とやってきた。後悔をするつもりはない、後悔なんてする訳が無い。やりたい事をやりきって死ぬのだ、何を後悔しろというのだ。

 死で後悔するのはやり残した事があるからだ。故に、未来に後悔は無い。


 最後に目が合ったのは、頭から落ちた彼女を真っ青な顔で見下ろす青年だった。


 死ぬのにかかる時間は三秒と言われている。かつてマリー・アントワネットが処刑された際、民衆からの蔑みの眼差しを受けて髪を真っ白にしたという。

 髪が真っ白になるのは当然創作ゆえの嘘だが、死んでから三秒意識があるのは本当のようだ。泣きそうな、恐ろしそうな表情をする青年。視界の外から響く女の悲鳴が喧しい。

 ゆっくりと、眠気がやってくる。頭は文字通り割れたように痛く、後ろ髪にこびり付いた血が引っ付いて気分が悪い。

 気分が悪いのは頭から落ちて死んだせいなのか、それとも──そこまで考えて未来はゆっくりと瞼を閉じた。

 彼女の死体を弄ぶように風が吹き、彼女の袖が捲られる。真っ黒な焼け痕を覆い隠すように、何本の生えたリストカットの痕が露出した。

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