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よくわかる黒魔法

作者: まるみ七世

 魔王が復活したらしい。

 そんな噂がまことしやかにささやかれ始めたのは、いつごろだっただろうか。


 たしかに、数年前から強い魔物が増えているようである。北の氷魔狼、南の炎魔蛇、知識の塔の魔典蝶など、数え上げればきりがない。学者たちが言うには、それらは魔王の復活により世界の魔力量が増えたために引き起こされているのだそうだ。国のお偉いさん方も、魔王の勢力に対抗できるよう、秘密裏に準備を進めているともっぱらの噂である。


 とはいっても、誰かが魔王の姿を実際に見たわけではないし、人間の町が襲撃されているわけでもない。俺たちのような下々の者にとってはあまり関係のない……というか、珍しい素材を落とす魔物がたくさん見つかっているという点では、むしろ歓迎すべき変化であった。


 ただしそれは、こんな状況も引き起こしがちにはなったが。


「おいおい坊ちゃん、あんたたちにはまだこの依頼は早いんじゃねえか?」

「じいさんこそ、そろそろ引退しとけよ。体がついてかなくなる前になあ?」

「なんだと?」

「なんだよ?」


 ギルドの一角。

 入り口入ってすぐの掲示板の前には、一触即発の空気が充満していた。

 2人の大柄な戦士がにらみ合い、彼らの後ろではパーティメンバーだろう数人がそれぞれ成り行きを見守っている。


 魔物討伐依頼の取り合いだ。希少な魔物の発見により、ギルドには魔物討伐依頼が多く舞い込むようになった。高級な素材が手に入る実入りのいい仕事だと、最近は腕に覚えのある冒険者たちが討伐依頼を請け負おうと殺到しているのだ。


 おかげで、俺たちギルド職員はその対応で連日連夜の残業である。同僚なんて家に帰れなさ過ぎて、同棲中の恋人に「仕事とオレのどっちが大事なの?!」と叫ばれて振られたらしい。あの時はかわいそうにと慰めるべきか恋人の女々しさを指摘するべきか少し悩んだ。とりあえず今後の職場でのつきあいも考えて、町で人気の菓子屋のケーキをおごっておいた。「いい人すぎて恋人できなさそう」と言われた。大きなお世話だ。


 そんな事はどうでもいい。いや、よくないが。俺に恋人ができないのは由々しき事態であり、まことに遺憾であるが、一旦おいておく。なぜならば、恋人の有無以上に見過ごすことのできない状況が目の前にあるからだ。


 互助組合的な性質をもつギルドでは、対立や私闘が強く禁じられている。厳罰モノである。同時に職員はこれらの禁則行為を未然に防ぐことを義務付けられている。つまり俺は、今にも相手に飛び掛らんばかりの男2人の仲裁をしなければならないのである。


 非常にめんどくさい。しかも、若い方はやはり血の気が多いのだろう、腰に下げた剣に手をかけている。これ、下手に間に入ったら自分も怪我するんじゃなかろうか。こんなことならギルドの初心者向け護身術講座を受講しておくんだった。「月4回で5000ルーナ?そんな金があったらルミネアちゃんに貢ぐわ」と言っていた過去の俺をはり倒したい。



 そんな時だった。


「失礼いたします」


 入り口に少女が立っていた。いや、正確に言えば少女かどうかはわからない。そいつは真っ黒なローブを身にまとい、深くフードをかぶっていたからだ。小柄で、高い声だったから、少なくとも女ではあるのだろう。まさか声変わり前の少年というわけでもあるまい。

 ともかくその黒づくめの女は、やんちゃが多いギルドには似つかわしくない、やたら丁寧な口調でその場に割って入ってきた。


 時間にして約数十秒間、奇妙な静寂がギルド内を包んだ。男達の動向を遠巻きに見ていた外野はもちろん、いきなり近くから話しかけられた彼らもまた、思わずまじまじと黒づくめを見下ろしていた。黒づくめはというと、ぐるりと室内を見回したかと思うと自分が注目されていると気づいたらしい。「どうも、はじめまして」とお辞儀をして、そのまま周りに合わせたように沈黙した。


「あんた、誰だ?」


 さすがの年の功と言うべきか。真っ先に硬直から立ち直って誰何を唱えたのはじいさんと呼ばれていた冒険者だった。


「見たところ冒険者ってわけじゃなさそうだが、依頼か?そんなら、奥にカウンターがあるからそっちでやんな」


 あの体格は、たしかに戦う者のそれではないだろう。杖を持っていないから、炎や水を操る魔術師というわけでもなさそうだ。冒険者やそれに類する人物ではないと判断して、こちらを指差しながら噛んで含ませるように教えたじいさんに対し、しかし黒づくめは首を振って否定した。


「いえ、わたくしは依頼を出すために来たのではありません。こちらにいくばくかの負の力を感じまして。どなたかわたくしの黒魔法を必要とされる方がいらっしゃるのではと参った次第なのです」

「負の力?黒魔法?なんだそりゃ」

「なんと、黒魔法をご存知ない、と。まだまだプロモーション活動が十分でないということですね。では是非ともこの機会に体感してくださいまし」


 黒づくめは懐から猫の頭ほどの大きさの水晶玉を取り出し、ふと思い出したかのように「そういえば」とつぶやいた。


「ところでお二方、もしかして何かで争われている最中だったのでは?」

「あ、ああそうだ。魔羽嵐の討伐依頼が出ていてな。こいつらみたいなひよっこにはまだ早いと教えてやってたんだが……」

「おい勝手なこと言ってんなよな。この依頼をこなすには十分なランクに達してる。それに、これは俺達が先に見つけたんだ」


 黙って会話を聞いていた若い方の戦士が、じいさんの視線を受けてハッとしたような顔をしてから反論する。ランクは足りてるって言ってるがあいつ大丈夫か。ちょっとぼんやりしすぎじゃないのか。あとあれを見て「あの子カワイー」って言ってるとなりの同僚の趣味を疑う。


 我を取り戻すと、怒りも再び込み上がってきたらしい。若い方は剣の柄に手を伸ばそうとした。おいおい、結局とまらないのかよ。もはや私闘は避けられぬかと誰もが思った、瞬間。


「はい、いただきます」


 いつの間にかすぐ近くに来ていた黒づくめがその手をつかみ、水晶玉にぺたりと押し付けた。黒いもやのようなものが押し付けられた手から噴き出し、そのまま水晶玉に吸い込まれていく。「やだ、手なんか握っちゃって。うらやましい」お前はちょっと黙ってろ。

 もやが全て水晶に吸い込まれると、黒づくめはつかんでいた手を開放した。そのままじいさんに駆け寄ると、水晶玉を差し出す。


「よろしければ、ご協力お願いいたします。2人分の負の力があれば、すばらしい黒魔法が発動すること間違いなしです」

「危ないものじゃないだろうな?」

「とんでもない。黒魔法協会の名誉にかけて、お客様に危険を及ぼすようなことはないと断言いたします」

「ならいい」

「ちょっと、ディーン」


 短いやりとりの間にさりげなくじいさんの名前が明らかになったような気もしたが、それには誰も触れないまま水晶玉へとふしくれだった手が置かれた。


******


 水晶玉から黒いもやが噴き出し、黒づくめを覆い隠していく。それはまがまがしく、いまだ誰も見ぬ魔王とはこのようなものかと思わせる光景だった。じいさんと若い戦士は飛び退き、その後ろで幾人かの冒険者が各々の武器を構えた。やはり危害を加えないというのは嘘だったのか?もしかして、各地の魔物の活性化はこいつの仕業だったのでは―――


「お待たせいたしました。黒魔法No.233、叩いて被って(エンドレス)ジャンケンポン(・ファイア)でございます。……おや、皆様どうなさいました?」


 もやが晴れると、そこには魔王の姿……なんてものはなく、相変わらず黒づくめが立っていた。ただし、水晶玉ではなく、なにやら武器と防具のようなものを抱え込んでいたが。


「あー、すまん。黒魔法……なんだって?」

「黒魔法No.233、叩いて被って(エンドレス)ジャンケンポン(・ファイア)でございます」

「それは、あんたが持ってるそれの事か?」

「はい。もちろん性能につきましても、ご説明させていただきます。あ、でもちょっと重いので先に受け取っていただけます?」


 武器を若い方に、防具をじいさんに渡すと、黒づくめは黒魔法No.233とやらの性能を語り出した。


「こちら、武器と防具のセットからなる黒魔法でございます。まずこちらの蛇腹状の武器。こちらはオリハルコン製で打ち砕けぬものはないと言われております。一方こちらの風精霊の加護を受けた頭防具、全ての攻撃を受け流す逸品です。いずれ劣らぬ名品でございまして、雌雄を決するにはうってつけとなっております」


 ちょっと待て。打ち砕けぬもののない武器に、攻撃を受けない防具?なんだかおかしくないか?その2つがぶつかり合ったらどうなるんだ?

 いや、そうじゃない。突っ込むべき点はそこじゃなかった。雌雄を決するのにうってつけって、思いっきり私闘を推奨してるんじゃないか。幾分か冷静になったらしいじいさんはともかく、どうにも抑えの利かなさそうな若いのにそんな武器を与えたらまずいだろう。


 しかし、そんな俺の心配は杞憂に終わったようだった。

 2人は、興味深そうに自分と相手の装備品を見比べるばかりで、それを構えるようなことはしなかった。


「オリハルコン製……」

「風精霊の加護か……」


 そうつぶやくのを聞いて、遅ればせながら俺もある考えに至った。あの黒づくめ、もしかしてこれを狙ってやがったのか?


「そうか、魔羽嵐の攻撃属性は風。加えてその体は硬い針状の毛に覆われており、並の武器じゃなかなかダメージが入らない……」

「どうしたの?いきなりぶつぶつ言い出して。風邪?早退する?」

「うるさいな。今いい所なんだよ。今、あの黒づくめの真意を解説しようとしてる所だから」

「そうなの?あの女の子、そんなに深い考えとかなさそうに見えるけど」

「わかってないな、お前」


 つまりこうだ。どうやってかはわからないが、あの黒づくめは2人が魔羽嵐の依頼を取り合っていることを知った。このままでは乱闘になり、2人はギルドの規定により罰せられてしまう。黒づくめは何とかしてやろうと思い立ち、黒魔法とやらを使って、互いに協力したほうが得だと思えるような装備を出してやったのだ。


 2人とも、思う事は同じようだった。若い戦士は少々気まずそうなそぶりを見せながらも、目の前の歴戦の冒険者に向き直る。年長の戦士も、それを揶揄することなく、前途有望な若者のまなざしを正面から受けとめた。


「じいさんよお。あんた達たしか、攻撃力の高い特攻役を募集してなかったか?」

「おお、そうだな。そういうお前さんこそ、魔羽嵐の暴風攻撃を耐えられる壁役がほしいんじゃなかったか?」

「ふん……俺、ファズってんだ」

「ワシはディーンじゃ、ファズ。……決まりじゃな」


 おお。と、どこからともなく感嘆の声が上がった。拍手の音も聞こえてくる。ギルド内の誰もが、彼らの和解を祝福していた。互いのパーティメンバーも、「どうも」「よろしくね」などと挨拶を交わしている。


 俺はその様子を静かに見守っている黒づくめに歩み寄った。労をねぎらってやろうと思ったのだ。


「あんた、すごいな。一時はどうなるかと思ったが、やるじゃないか。冒険者のケンカを止めるなんて、なかなかできることじゃないぞ」


 声をかけると、黒づくめはこちらに顔を向け、首を傾げた。

 さしずめ誰だこいつとでも思ってるんだろう。俺もこいつが現れた時、同じ事を思ったからな。


「いきなりすまなかった。俺はこのギルドの職員だ。助かったよ、正直俺じゃあの騒ぎを止められなかったからな」

「これはこれは、こちらの職員の方でしたか。わたくし黒魔法協会から参りました。どうぞクローネとお呼びください」


 黒づくめ――クローネは相変わらずの低姿勢で名乗り、頭を下げた。こちらもつられて、これはご丁寧にどうも、と会釈を返す。接客業の性というやつだ。


「ところで、騒ぎを止めるとは?」

「あんたが対魔羽嵐の装備を出してくれたおかげで、私闘は未然に防がれた。礼を言わせてくれ」

「はあ。魔羽嵐、ですか」


 彼女はいまいちピンと来ていない様子で、俺の言葉を復唱した。その声には何かを含むような色は感じられない。ん?こいつまさか本当に何も考えず黒魔法ってのを使ってみせたただけか?いやいや、まさかそんな……


「わたくしは負の力を頂きつつ黒魔法を世に広めたいだけですので、マウアラシとやらにはかけらも興味などありませんが」

「まじかよ」


 こうして、ギルドの平和は取り戻された。

 その後色々あって、この黒づくめによって魔王も倒されるのだが……それはまた別の話である。

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