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恋、ブルー

作者: 髙橋祐貴斗

校舎裏の蓮の花が咲いたから見に行こうと言い出したときには、雨だというのにずいぶん酔狂な話だと思った。



お昼から雨の予報だった土曜日、大半の生徒は降り出す前にとっとと帰宅し、それ以外の部活生は校舎内でそれぞれの活動に打ち込んでいた。

私達がいる美術室を含む西校舎は、『校舎』と名前がついているものの、あるのは1階の美術室と2階の技術室のみで、おざなりに屋根のついた渡り廊下で隣の校舎と繋がっているだけの離れ小島だった。

昔、技術室で活動していたという工作部は、入部者がいないことから廃部になって、現在利用するものはおらず、状況的に似たり寄ったりの美術部が利用する美術室には私と洋一の二人しかいないという有様だった。


だから、この西校舎の裏に小さな池があることを知らない生徒は、結構多い。


何でそんなところに池があるのかははっきり知らないが、どうやら昔、西校舎ができる前、ここに小さな中庭を作り、生徒の憩いの場にしようとした名残らしい。

その後生徒の増加に伴って、この西校舎が建て増しされ、生徒の数が減った今でも校舎を取り壊す話は無く…結局謎めいた池がひとつ残ることになった。


まだ晴れているのなら、美術部員にとっては恰好のスケッチ風景になったかもしれないが、生憎の雨である。

まぁ、こいつの不可解な言動はいつものことだから、呆れながらも持ってきていた折り畳み傘を取り出した。


しかし、洋一はそれを首を振って押し止めた。

まさか濡れに行く気ではないだろうかと訝しむ私に、誰かが置きっぱなしにしていた小さなビニール傘を二本取り出して見せた。

傘なら持っていると言ったが、透明のビニール傘だから良いのだと、嬉々として外へと向かう。



「ビニールだと空が見えて良いでしょ?」

様々な音を飲み込むように、静かに降り続ける雨空を見上げて洋一は笑った。

なるほど確かに、視界が広いと、見える景色が違う。

黒く濡れた地面だけでなく、頭上に広がる青々とした若葉が、雨を受けて一層鮮やかだ。

葉先を伝って落ちて来る雨粒が、パタパタと大きな音をたてて面白い。


まるでここだけ時間の流れが違うようだ。

「こっちこっち」

つい、いつもと違う空気に見惚れていると、洋一が池の傍でこちらを手まねいた。

池には蓮の他にも様々な水草が浮いていた。しかし、誰かが手入れでもしているのか、水はそれほど濁ってはいなかった。

雨粒に大小様々な波紋が広がり、僅かに浮草が揺れる。


水溜まりを避けて、頼りない足場を洋一のいる地点まで向かった。僅かな足場は、二つの傘が並ぶには少し狭く、このためにわざわざ小さなビニール傘を選んだのだろうと納得がいった。待ってましたという笑顔で、洋一はすっと指を伸ばした。


一輪。


先程は他の植物で見えなかった位置に、大輪の蓮が一輪、静かに咲き誇っていた。

水面を掻き乱す雨粒と、ゆらゆらと揺れる緑鮮やかな浮草、薄紅の花弁は雨のなか一層美しく見えた。


ほぅ、と息を呑んだ。


「ね、綺麗でしょ?」

自慢げに言った言葉に素直に頷く。これは、綺麗だ。


ビニール傘を打つ雨粒だけが、暫し校舎裏に満ちた。

降り続ける雨と濡れる足元を気遣って、傘を寄せていくうちに、不意に互いの手が触れた。


僅かに躊躇いながら、しかし、しっかりと手を取られて、静かな驚きに顔を見上げたが、照れたように見える笑顔を見て、胸に穏やかな温かさが満ちた。

雨の音に紛れて、そっと指を絡める。

握りなおした手に、互いの温もりが心地よかった。


友人から某曲のイメージで、というリクエストに答えて。

わかった人は是非お友達になってください。いや、なりましょう!

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