第十五話 戦いの後に…
少しグロイ表現が御座います。苦手な方はご注意下さいませ。
ドラゴンの正体は、ダーメル王国国王ワイナルである事が判明した訳だが…。
何故人がドラゴンに変化していたのか? それを聞かなくてはならない。
今も荒い息を吐いているワイナルには悪いが、事情を聞かないとな。
「で、その国王ワイナルが、なんでドラゴンなんかになったんだ?」
ワイナルは俺の言葉を聞いた後、荒い息のまま、語り始めた。
ワイナルの話が始まった頃、ノヴァ氏もマーガから降りてきて一緒に聞く事になった。
ノヴァ氏の話曰く、人型生物が変身するのは初めて見聞きしたと言っていた。今まで、コックピットの中で1人色々考え事をしていたらしい。
ノヴァ氏が駆けつけてからしばらく経つと、今度はルキリア王国軍や冒険者も集まり始めていた。
ルキリア王国軍の中には、ディクス爺ちゃん、俺とミーナの父であるライアス、リディスとフィリップの父親であるジョージさん、アイシャのご両親が皆一堂に会していた。
皆さん無事なようで何よりである。やたらと興味深そうに、マーガを眺めている兵士さんや冒険者の方々も居たが、今はワイナルの話しを聞かなくてはならない。
ディクス爺ちゃんは面識があったのか「おお! ワイナル様では御座いませぬか!?」と言っていた。ワイナルも荒い息で答えていた。
役者が揃ったところで、ワイナルの話は重要な部分に差し掛かった…。
■■■
新共暦1214年。海の月3-7日目 午前11時頃…。ダーメル王国王城、謁見の間にて…。
この日のワイナルは非常に機嫌が良かった。隣で彼の脇に立つ大臣のタークランムもホッとしている。何故機嫌が良いのか? …それは偶々である。
日頃から気分屋で知られるワイナルは、こうして朝から機嫌が良い日もあったりする。こう言う日に謁見に訪れた者は幸せである。
そんな日に、彼に悲劇の元を持って来た者が現れる…。
「お初にお目に掛かります、ワイナル国王陛下。私の顔は余にも醜いので、被り物を外せない御無礼をご容赦頂きたく存じ上げます」
そう言って謁見の間に入ってきたのは、誰がどう見ても怪しい風体の老人であった。
果たして本当に老人なのだろうか? 確かに声は掠れ、茶色の皮のフード付きマントを羽織っていて、頭には深くフードを被っていて表情は読み取れないが、皺くちゃの口元から顎下は見ることが出来た。
この日のワイナルは非常に機嫌が良いので、老人のフードの事は一切気にする様子は無かった。
「して、その方はどうして謁見に来た? 今日は気分が良いのでな、麻呂に叶えられる望みなら何でも聞いてやるぞよ? ところで…。名をなんと申す?」
ワイナルはそう言った。
それを聞いた怪しい老人は、一瞬思案するように顔を下げるが、直ぐに口元を怪しい笑みへと変え、これに答える。
「私の名は…。デロスと申します。本日は国王陛下にこのような品を献上したく、参上仕りました」
デロスと名乗った怪しい老人は、コートのように着込んでいるマントの懐から、虹色をした大人の拳大程の大きさをした球体を取り出し、それをワイナルに両手で献上の姿勢を取る。
「ほぉ! それは美しき宝玉ではないか。大臣よ、取って参れ」
「御意」
ワイナルはその虹色をした球体を宝玉と決め付け、彼の右隣に立つタークランムに振り向き、取って来るように指示を出す。
タークランムも何の疑いも無いままに、デロスの元に向う。
「デロスとやら、この宝玉は国王陛下への献上品と言うが、どのような品であるのだ?」
タークランムはそうデロスに聞いた。
それを聞いたデロスの口元が、醜悪な笑みに染まっているが、今のタークランムの目線からは確認出来ないでた。
「大臣殿…。少し邪魔ですな、あなたには眠ってもらいましょう」
デロスのその言葉を聞いたタークランムは、訝しげな表情を取らざるを得ないが…。
「貴様! 何を言って……」
一瞬の出来事であった。
タークランムが何かを言い掛けるその間に、デロスは何かを行ったのである。
瞬きする程の間に、タークランムを始め、謁見の間に居た国王ワイナル以外の人物を全て気絶させていたのである。
そして、その一瞬の行為が終わると同時に、デロスは醜悪な笑みを浮かべたまま、ワイナルの目の前に佇んでいた。
「皆の者!! 一体何が起きたのだ!? 衛兵!! 衛兵!!!」
ワイナルは四方や何が起こっているのかも分からず、ただただ慌てるばかりである。
偶々機嫌が良かったこの日の最初の謁見で、まさか人生最大の危機が訪れようとは…。彼も想像していなかったであろう。
ワイナルはデロスを見上げる。すると、そのフードの下から、緑色に光る左目と紫に光る右目が目に入った。
ワイナルは思う、四方やこの者は人では無いと…。
だから彼は、生まれて初めて自分から攻撃を仕掛ける事を決意する。
幼き頃に習って以来、まともに行使した事の無い攻撃魔法を放つ。だがしかし、その攻撃魔法は発動はおろか、魔粒子の収束すらも出来なかったのである。
そう、デロスが魔粒子の収束自体を解除したのである。そして、ゆっくりとワイナルに更に近付きながら話し掛ける。
「国王陛下…。いけませんなぁ、その様に暴れられては…」
「麻呂が…。麻呂が一体何をした!? 何が望みだ!?」
デロスの顔は影になっており、緑と紫に光る瞳以外には、皺くちゃの口元しか窺い知る事が出来ない。
ワイナルは顔中を汁塗れにし、国王としての威厳を捨て、懇願するような表情をしている。
それを楽しげに見つめるように見えるデロスは、更にワイナルを追い詰める行動を取る。
「ふごぉ!!!???」
一瞬の出来事であった。
デロスはその左手に持つ、虹色の球体をワイナルの口から無理やり体内に押し込めたのである。
「ヒャーーーッハッハッハ!! さ~て、どんな化け物になってくれるのか、非常に楽しみですねぇ! ほぉ~ら王様、誰を倒したいですか? 何をしたいですか? どんなモノになってみたいですか? 今なら…。望みのままの姿に成れますよ!!」
デロスは本性を現したかのように醜悪な笑い声を上げ、ワイナルにそう言う。
ワイナルは何がなんだか良く分からないが、そう言われ、この世界で最も強い生物の姿を思い浮かべる。
――ドラゴンである。
そして、何がしたいか? それは…。長年仲が悪かったルキリア王国に一泡吹かせてやりたいと、子供じみた考えを浮かべてしまう。
虹色の球体は、ワイナルの胃の中で更なる変質を開始する。
周囲の魔粒子を急激に収束し、足りないエネルギーをデロス以外の、謁見の間にいた生物から集め始める。
そのエネルギーとは何なのか? それは体内魔力である。
体内魔力を限界まで吸い尽くされた生物は次々と死に絶えていく。死んだ生物は更に魔粒子化させ、足りないエネルギーを更に補う。
「うんごぶほむううううーーーー!!!????」
もはや声に成らない謎の呻き声を上げるワイナルを、デロスは楽しそうに見つめている。
そしてエネルギーを収束し終えたワイナルの体内に有る虹色の球体から、想像を絶するエネルギーの濁流が噴出し、ワイナルの全身を包み込む。
ワイナルの全身を包み込んだ膨大なエネルギーは、ワイナルの頭の中にあるドラゴンの姿へと変貌を始め、やがては一体のドラゴンが顕現する。
それをみたデロスは、口元を更に醜悪なものへと変え、高らかに笑い声を上げる。
「ヒャーーーーーーーーッハッハッハッハッハ!!!! 実験成功!! 後は、この試作品の完成度を見てみますかね」
デロスはそう言い残し、その場から姿を消す。
後に残ったのは…。ドラゴンと化したワイナルだけである。ワイナルの記憶は、この時を境に虚ろなものへと変わっていくのである。
その後ドラゴンは、ダーメル王城を破壊し、そのままダーメル王国を蹂躙しつつ、辺りのモンスターを呼びつけながら、ルキリアを目指して侵攻を開始したのである。
■■■
一方デロスはというと…。
ドラゴンと化したワイナルがルキリア王国の南西付近で、ダインの乗る巨大人型魔導戦闘兵器(マーガ)と戦闘を繰り広げているところを驚きの表情で、木陰に隠れて見物していた。
(な!? アレは…。巨大人型魔導戦闘兵器ですか!? 何故…。この星は一度完全に…)
否…。っとデロスは一度首を振る。そして、ドラゴンと巨大人型魔導戦闘兵器との戦闘を食い入るように見つめている。
そもそも【マキナ・ギアス】とは一体なんなのか? それは遥かな太古、このティーズが文明の絶頂期にあった頃に存在した、巨大人型魔導戦闘兵器の事である。
だが、その事を知る人物は、今現在のティーズでは限られている。デロスもその事を知る人物の一人ではあるのだが…。彼の場合は事情がいささか複雑である。
(実験体であるアレでは、絶対にマキナ・ギアスを倒す事は不可能でしょうが…。しかし、あの機体を動かしているのは初心者なのでしょうかね? 動きがまるで子供の遊びではありませんか。もしかしたら、アレでも勝機は有るかも知れませんね)
確かに動かしているのは、今日初めてマーガでの実戦を経験するダインである。動きが多少ぎこちないのは致し方あるまい。
そうしてデロスが、しばらくその戦闘の様子を見物していると。轟音と共に、白い破壊力を内包した巨大な球体がドラゴンの頭部を襲うのを目撃する。
デロスは何事かと思い、辺りを見回すと…。
なんと、巨大人型魔導戦闘兵器の胸部の上部に白く輝くオーラを纏った人物が降臨している事に気付いた。
その人物を見るなりデロスは驚愕し、思わず声を出しそうになる。
(危ない危ない…。思わず大声で叫びそうになりましたね。しかし、奴がこの時代に居るという事は、少なく見積もっても、あの当時の人物が後2~3人は居るという事になりますね…。実に厄介過ぎます…。だとすれば…。もっと入念に計画を進める必要が出てきましたね。それに、奴が出てきた以上、アレには既に勝機が有りません。ここは一旦隠れ家の孤島に帰るとしますか…)
デロスはそう思考し、戦闘のドサクサに紛れ踵を返し、その場を去っていくのであった。
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ワイナルの話しを聞き終わったが…。そのデロスって奴が黒幕なのか? もしかしたら、ノヴァ氏は知っているのかも知れないが、どうだろう…。
俺はそっとノヴァ氏の方を見てみた。すると、彼は驚愕の表情をしていた。やはり何か事情を知っているのだろう。
いや、それはそうと、ワイナルの吐き出した不思議物体が非常に臭うのだが…。どうしよう?
俺が燃やそうとも思ったが、今日の分の体内魔力は既に底を尽き掛けているので、他の人物にお願いしよう。そうだな…。
「ゴードン君、君がこの不思議物体を燃やしたまえ」
やはりこういう時はゴードンが一番だろう、そう思い彼にお願いしてみた。
「了解ですぅ! 自分がこの不思議物体を焼却するのでありますぅ!」
ゴードンは大きく頷き、元々細い目を更に細くし、真剣な表情で火属性の攻撃魔法を弱めに行使し、まだ僅かに蠢いている不思議物体の焼却を開始した。こう言う時でも語尾が上がるのは、もはやキャラクターとしか言い様が無いな。
実は心なしか、辺りには微風が吹いているのだが、それはは恐らく俺の友人メンバーの女性陣の誰かが、風属性の攻撃魔法を微弱に行使して起こしている微風であろう。約1年前のゴブリン異臭事件を忘れてはならない。
あの臭いに非常に近い、なんとも言えない異臭が漂ってきていたのだ。
「もしかして…。誰か風を起こしてないか?」
と、俺が何の気なしに呟いてみたら…。
「あたしが風を出してたんだよ」
と、リディスがそう発言してくれた。
やはりか…。まぁ、臭いししな!
「有難うリディス。助かったよ」
「うん。やっぱりこの臭いは耐えられないし…」
「わたしも同感だわぁ」
俺がリディスに礼を言うと、リディスは少し困ったように笑ってそう言ってくれた。
それに続いてシンシアも同感したように言葉を続けた。
さて、不思議物体の焼却が進む一方で、ノヴァ氏が口を開く。
「デロス…。まさか生きていたのか…」
え!? 今なんて言いました? 生きていた? どう言う事?
「ノヴァさん、生きていたのか…? と言うのは、一体どう言う事ですか?」
俺はすかさずその吐きに反応して聞き返した。
周りに居る主要人物の方々も興味津々である。
「ああ、話せば長くなる。先ずは場所を移そう。それに…。この人物はもう長くは持たないだろう。丁重に葬ってあげなくてはな…。誰か頼める者は…」
そう言うノヴァ氏の言葉に、ディクス爺ちゃんが反応し挙手していた。
「では儂がその役目を担おう、ノヴァ殿…。と言ったか? よろしいか?」
「ああ、辛い役目を押し付けたようで済まない…」
「何と言う事は無い…。と言いたい所じゃが…。ワイナル様、お加減は如何か?」
ノヴァ氏とディクス爺ちゃんは、お互いに神妙な顔付きでそんな会話をしていた。
そして、爺ちゃんはワイナルに体の調子を聞く。
ワイナルは苦悶の表情を浮かべ、みるみる体が老化を始めている。
ファンタジー系やSF系の物語でよく見る、あの急激な老化現象が今目の前で起こっているのだ。
肥満なその体が一気に痩せ細り、臍の部分に有る赤の魔結晶から段々とその色と輝きが薄れていくのが見て取れる。
そしてワイナルは、最後の力を振り絞るようにディクス爺ちゃんとノヴァ氏を交互に見つめ、そして…。
「ゴホ! ゴホ! 麻呂は…。もうすぐこの世から去る…。自分の死期位は悟っている…。つもりで………」
ワイナルはそこまで言って、ついに息を引き取った。
悪の親玉の様な人物だと色々な人から聞いていたが、いざその人物が目の前で息を引き取ると、なんとも言えない気分になってしまった。
そして、俺はこの日、この世界の人類の死を目の当たりにした事になる。
俺の友人メンバーもなんとも言えない顔をしている。俺にも痛いほどその気持ちが伝わってくる。
丁度その頃、ゴードンが不思議物体の焼却を終えていた。
焼却後の灰は、リディスの微弱風属性攻撃魔法にて払う事にした。
黒い灰がヒラヒラと宙を舞い、言い様の無い虚しさが辺りを包む。
そして、ディクス爺ちゃんがワイナルに重々しい雰囲気で近付く。
「ワイナル様…。どうか来世では、良き人生を歩んでくだされ…」
ディクス爺ちゃんはそう言った後、部下に布を用意させ、息を引き取ったワイナルを包んでいた。
その後、ワイナルは丁重に火葬されるとライアスが言っていた。
事後処理は大人達に任せる事になり、俺達子供10人とノヴァ氏、後は何故か付いて来ていた冒険者の方々と一緒に引き上げる事になった。
辺りにはまだ、数は少ないものの、それなりのランクのモンスターが蔓延っているらしく、ルキリア王国軍の半数は周囲の警戒を続けるらしい。
後の半数はルキリア国王への報告に向かう手筈になっているとの事。その報告班には、アイシャの父であるアイク・マルトーさんも居た。
瞳の色はアイシャと同じく金で、切れ長の鋭い目付きをしている。紫の髪の毛をザンバラにしている。見た目はエルフの勇者っぽい感じだ。職業は魔法部隊隊長なんだけどね。
しかし、この正解のエルフの方々は皆美形過ぎる。羨ましいものがあるな。
まぁ、俺の個人的な感想はともかく。今は大人数で移動中である。
移動中も俺達は注目の的だった。
なんと言ってもマーガを引き連れて移動しているのだ、無理もなかろう。
ズシン! ズシン! と、かなりの重量を有するマーガの足音を辺りに響かせている。
操縦しているのはマークである。移動する時に誰がマーガを動かすのか? で色々話し合った結果、元気一杯のマークが操縦する事になった訳である。
俺は疲労困憊なので、マークの操縦するマーガの肩に乗っている。
決してサボっている訳ではないのだ、きちんとドッグに収めるまでが出動であるので、そこまでは付き合わないといけない。
俺はケジメの有る大人なのだ、こういう事は最後までちゃんとしたいものである。見た目は少年なんだけどね。
しばらく皆さんと一緒に歩いていたが、王城に出向く事になっているので、俺とマークは一足先にマーガ研究施設まで走ることにした。
皆さんの了承も頂いているので、遠慮無くマークに全速力で走るように伝える。
「おっしゃーーー! 全速力で戻るぜ!」
と、やたらと気合を入れるマーク。
「マーク、そんなに力まなくても…」
俺が言葉を最後まで言い切る前に、マークはマーガを全速力で走らせ始めた。
集団で移動してる人達を大きく離し、かなりの速度で掛けるマーガ。俺はしばらく豪風に耐えながら、マーガの肩に必死に掴まっていた。
途中でやっとマークが気が付いてくれて、俺をマーガの掌に乗せ、速度を少しだけ緩めて走ってくれたのは良い思い出である。
次回は恐らく、色々な説明を行う回となります。




