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第十一話 飛行船のお披露目

 新共暦1214年 地の月3-7日目


 この日、ダーメル王国の隠密部隊の9割が拘束され、ルキリア王国第13代国王、ガスクルード・ガルドス・ルキリアの下に連行される。

 ガルドスは、彼らを極刑に処する事無く、しばらくの間牢獄に入れる事を選ぶ。

 拘束されたダーメルの隠密部隊の面々も、安堵の表情をしていたと言う。

 イシュナが素早く行動を起こした事で、ルキリア王城から騎兵隊が出発し、拘束されたダーメルの隠密部隊を連行したのである。

 そしてイシュナは、この日を以って、ルキリア王国隠密部隊の隊長となった。

 イシュナはガルドスへの報告の際に、ソーンから受け取った短剣を献上しようとしたが、ガルドスから…。


「この短剣はお前が勝ち取った物だ! 今後はお前が使うと良かろう!」


 ガルドスからそう言われ、イシュナはソーンから受け取った短剣を装備する事にした。

 なんと、この短剣は通常の金属ではなく、ある特殊な金属で出来ている。

 魔粒子をふんだんに取り込んだ特殊金属――《ミスリル》である。

 ミスリルは、この世界の最高位金属としても知られているが、その採掘量は極少量である希少金属である。

 冒険者ギルドにも、ミスリルの採掘依頼が有るものの、依頼達成者の数は殆ど居ない状態である。

 そして、この金属の最大の特徴は、魔法の効果をレジスト出来る。

 つまり、昨夜ダインとミーナのエナジーハンドを防げたのも、この効果が有っての事である。

 だが、イシュナはこの効果をまだ知らない。彼女がこの武器の効果を知るのは、まだ当分先の事である。


 場所は変わって、ダーメル王国では…。

 ダインが大暴れした日から1週間後に、ソーン死亡の報告がなされる。

 本当は死亡していないが、ソーンからその様に報告するように厳命されている。

 なので、報告を行った隠密部隊の一人は壮大な嘘の報告を行った。

 伝説の黒い魔結晶を持った魔導士が現れたので、ソーンは一瞬で灰になり、武器のみが残ってしまい、それを形見として持ち帰ったと…。

 その報告を聞いたダーメル王国第8代ダーメル国王、ワイナル・フロンテ・ダーメルは、やる気を無くし不貞腐れてしまう。

 その様子を見ていた大臣、タークランム・クダーサスも、頭を抱えることとなる。

 ソーン亡き今は、事を起こす事が出来なくなると…。今は大人しくしている方が無難だと考え、ルキリア王国に手を出す事を諦める。


 その日から、邪魔が入らなくなったマーガ建造施設の建設工事は着々と進み。今ではその一角で、マーガの骨組みの製造が行われている。

 それと同時に、起動炉・魔粒子動力変換装置エクスターナル・エナジーエンジンExEeが、カディウス・サライアスの手によって完成する。

 ExEeが完成したことにより、飛行船の開発が急ピッチに進む。現段階の状態で、港層の一角に在る建造現場では、たびたび空中に浮く飛行船を目撃する事が出来る。


 そして…。

 新共暦1214年。海の月2-30日目。午前10時頃…。

 ついに、飛行船の初お披露目が行われることになる。


 港層第12番格納庫から、1隻の船が海に出る。

 その船は変わった形をしている。この世界の人々が見慣れたそれとは大きく違う点は1つ。

 船の上甲板の上に、巨大な布で出来た風船のような楕円形の巨大な物体がくっ付いている。

 一見無駄のように見えるそれの内部には、ExEeで生成された動力エネルギーを各部に送る為の管や、大量の紋記号が掘り込まれた鉄板が詰まっている。

 今現在、港層には多くの見物人が押し寄せている。

 ルキリスの街に住んでいる者が大半ではあるが、他の大陸の者も僅かながらに混ざっている。

 喧騒の中、1人の人物の声が港層の一角に響き渡る。


「お集まりの皆様! これより、飛行船の上昇を開始します!」


 その声の主はカディウス・サライアスである。彼は今、飛行船の船橋に備え付けられた、紋記号魔法で作られた拡声器を使用したのである。

 この発明の原案はやはりダインである。カディウスは思う…。あの少年は本当にこの世界の者なのだろうかと…。

 だがしかし、今はそんな事を考えている場合では無い。カディウスは思考を切り替え、飛行船の上昇を命じる。


「これより、飛行船の上昇を開始する! 各部位への魔粒子注入量を上げよ!」


 カディウスが船橋の伝声管で、各部位の作業員へ命令を下す。

 ExEeが魔粒子を各管を通して送り始め、各部位に設置されたプロペラを回転させ始める。

 そして、右舷と左舷に2つずつ取り付けられた、筒状をした大型の推進装置から大量の風が発生する。

 風が発生した事で、海水が波を打ち始める。それと同時に、飛行船の船体が海面より持ち上がり始める。

 港層の波打ち際では、多くのルキリア兵士達により、対物理障壁が展開されているので。波の影響で、見物客の心配をすることは無い。

 船体が海面より離れ始めた事で、回りの喧騒はより大きくなる。

 飛行船は尚も上昇を続け、海面から20メートル程浮いた時点で水平方向に移動を始める。

 カディウスは船橋の中で伝声官を使って、様々な命令を各部位の作業員に下す。


「船体の水平移動を開始! 続いて、旋回移動を開始する! その後、更に上昇を試みる!」


 カディウスの命令が各部位の作業員に伝わり、飛行船が旋回移動を始める。

 旋回し、元の位置に戻った所で、更に上昇が始まる。

 巨大な4本の推進装置から、大量の風が真下に向かって巻き起こり、飛行船が更に上昇を開始する。

 今度は、海面から50メートルの位置まで上昇した。

 その位置で、カディウスは先程と同じ動きをするように命令を下す。

 飛行船は先程と同じ動きを難なくこなし、元の位置に戻ってくる。

 その後は下降を命じ、海面に着水する。

 着水も無事に終わり、飛行船の乗組員は歓喜の声を上げる。

 カディウスも静かに歓喜する。

 お披露目が成功した事を、誰よりも早くダインに伝えなければならないと、カディウスはそう思う。

 この後、飛行船は再び格納庫に収められ、量産体勢に入る事が発表された。

 同日、ルキリア王国第13代国王、ガスクルード・ガルドス・ルキリアの発表により、この世界の全ての大陸に紋記号魔法が広められる事となった。


 ■■■


 ウヒョー! 飛行船が飛んだ! 何か感動だね!

 俺の思い付きで始まった壮大な計画の第一弾が、この日完了した事になる。

 俺は今、エナジーハンドを8個出し、友達メンバー全員を空に上げている。

 俺は勿論エナジーフロートで浮いている。ミーナもエナジーハンドを出して、エドガーとアイシャを持ち上げている。

 飛行船の上昇を見ていた皆の顔は、一様に驚きに染まっていた。

 ダストンなんかは、身を乗り出して見ていたほどだ。

 思い出せば、長い道のりだったように思える。


 実はここ一月程で、マーガの骨組み部分が完成した。

 マーガ建造施設も、主要な部部の工事は既に完了している。

 かなり巨大な建物なので、完全完成にはもう少し時間が掛かるとミレイユさんも言っていた。まぁ、そこはじっくり待てば良いだけの話である。

 その骨組み部分の名称だが、紋記号内骨格スペルインフレームSIFと名付けた。

 素材は普通の鋼鉄だが、ミレイユさんが寄越してくれた、腕利きの黄の魔結晶の作業員の人達のお陰で、かなりの強度を誇る金属に変質している。

 変質する前に、俺がその鋼鉄に紋記号を書き込んだわけだ。

 試しに、間接部部の駆動実験を行ってみたが、俺と俺の友人メンバーか、カディウスさんしかまともに動かす事が出来なかった。

 現段階では、高額な欠陥品でしかないので、新たに制御装置を設ける必要性が出てきている。

 その構想は有るものの、どういった紋記号円を製作して良いのやら全く検討が付かない。

 なので、取り敢えず初号機だけでも先に組み上げて、問題部分を消化していく形を執ろうと思っている。

 間接部分を動かす時の笑い話も幾つか有るが、それはまたの機会に話そう。


 飛行船が海に着水し、格納庫へ向うのを確認した後。俺とミーナは皆を我が家の中庭にゆっくりと下ろす。

 その時に、俺は皆に感想を聞いた。

 リディスとシンシアは、飛行船に乗って色々な国を見学したいと言っていた。一番現実的な意見だと思う。

 マークとフィリップとゴードンは、戦闘に利用できないのかと聞いてきたので、将来的にはその方向も考えていると答えておいた。

 実際、俺も飛行船を利用して、将来的にはマーガの運搬なども考えている。空中からの奇襲は実に有個的に働くからな。

 アイシャは魔粒子の新たな振る舞いを見たと興奮していた。この子は何時もこんな感じだな。

 エドガーは最近こういった技術に興味を示している。今もダストンと熱の入った会話を繰り広げている。

 個人的には、エドガーは将来的に技術関連の方向へシフトしてもらいたいと考えていたから丁度良い。

 ミーナは、飛行船を操縦してみたいと言っていた。マーガのSIFの間接を動かした時に、一番はしゃいでいたのは他ならぬミーナである。

 この日はこんな感じでお開きになった。


 飛行船の初お披露目があった日から一月程経過した。

 今日は学院だったので、昼の3時頃に帰宅したのだが。帰り着くとカディウスさんが来ていた。

 何故来ていたのか気になったので聞いてみたら、マーガ建造施設に有る秘密の抜け穴の付近に、超広大な紋記号魔法空間を作ったと言っていた。

 俺も早く見てみたいので、荷物を自室の机の上に素早く置き、カディウスさんと一緒に秘密の抜け穴を通り、マーガ建造施設に入る。

 因みにミーナはアイシャ宅にお邪魔している。

 秘密の抜け穴を出ると、縦横30メートル程の巨大な扉が地面に用意してあった。

 現在、マーガ建造施設は縦横約150メートル程の広大な面積を誇っている。

 その中でも、まだ手の付けられていない秘密の抜け穴付近は、大きな遊び場となっている。

 そこに目を付けたカディウスさんが、ついに完成した上位互換の空間紋記号円を使って、広大な空間を作ってくれていた。

 どうやって作ったのか? と言うと。

 ExEeの応用で、幾つかの球体となった紋記号円を先に用意しておき、空間を作る場所に最後に設置するらしい。

 と言うか、その球体の中には幾つの紋記号円が入っているのか? 非常に気になるが、今は空間の確認が最優先である。


「ダイン君。すまないが、まだ扉を開閉装置を取り付けていないので、身体強化を利用して力技で扉を開けてもらいたい」


 ふむ、言われてみれば、確かに開け閉めする装置が見当たらない。

 多分、ここ数日、俺がマーガ建造施設に入っていない間に作ったのだろう。

 がしかし、カディウスさんらしからぬ言葉だな。まさか力技とくるとは思わなかったよ。


「了解です、それでは左側を空けますね」

「うむ、宜しく頼む。私は右側を空けよう」


 そして、俺とカディウスさんで扉を開けると…。

 マジでビビったね。

 そこに広がるのは、恐らく妖精の住処並に広大な空間だった。もうどの位広いのかも判らない程だ。

 ん? もしかして、この空間を利用すれば、上の建物はほぼ張りぼてに出来るんじゃないのか?

 上のなんちゃって建造施設は仮の姿で、ここに本当のマーガ建造施設を作れば…。


「カディウスさん。ここにマーガの建造設備を移動させれば、今まで以上に捗るのでは?」

「ああ、君がそう言うと思ってな。既にミレイユ氏とも話しは付いているのだ」


 流石はカディウスさんだ、抜かりが無い。

 後は、この扉の開閉装置のみだが…。それはどうするんだろう?


「この扉の開閉装置はどうやって作るんですか?」

「ふふ…。それには既に手を打ってある」


 カディウスさんはそう言って、懐から1枚の用紙を俺に手渡してくれた。

 どれどれ…。と俺はその洋紙に眼を通して見ると…。

 なんとそこには、浮遊紋記号魔法と書かれている紋記号円の設計図があった。

 俺も紋記号魔法の勉強は日々の日課となっているので、そこに書かれた内容はほぼ理解できる。

 カディウスさん程でもないにしろ、空間紋記号もある程度読み解く事が出来るまでにはなっている。

 余談だが、俺とカディウスさんとでは、得意とする紋記号が違っている。

 俺の専門は、動作エネルギーとか、駆動関連。カディウスさんの専門は空間関連とか付与効果関連だ。

 話を戻すが、そこに書かれた内容を纏めるとこうなる…。

 要は俺のエナジーフロートを、紋記号魔法的に再現しているのだ。

 起動紋記号は体内魔力流入タイプで、その消費量も極僅かで済むように設計してある優れものだった。

 流石は古代文献を1人で翻訳しただけの事はあるな、天才とはこう言う人の事を言うのかもしれない。


「ふっ…。その顔は、そこに書かれた内容が理解できた。と言う顔だな」

「はい…。まさか、エナジーフロートを紋記号魔法で再現できるとは思いませんでしたからね」

「私自信も驚いているよ。まさか、紋記号魔法にここまでの振る舞いが出来るとは考えもしていなかったからな」

「完成は何時頃ですか?」

「うむ。来週末までには完成するだろう」

「流石です!」


 そう言うと、カディウスさんは静かに喜んでいた。

 その後に、この球状に門記号魔法を纏める技術を、紋記号魔法球と命名するとカディウスさんが言っていた。

 以後、俺も紋記号魔法球と呼ぶ事にした。


 そしてそれから7日程経った頃。

 ついに開閉装置が完成し、マーガの建造設備一式が広大な紋記号魔法空間の中に運び込まれた。

 俺はその一部始終を見ていなかったが、滞りなく完了したとミレイユさんから報告を頂いた。

 俺も見てみたかったので、友達メンバーを全員引き連れて、マーガ建造施設へと足を運んだ。勿論秘密の抜け穴からだけどな。

 巨大な門の前まで辿り着いたら、早速開閉装置を起動させる。

 俺が起動させると、勢い余って扉が飛んでいくかもしれないので、リディスとシンシアに任せた。


「この丸いのに体内魔力を少し流すだけで良いのよね?」

「んじゃ、わたしはこっちにするかね~」

「ああ、頼むよ」


 リディスが右、シンシアが左に備え付けられた紋記号魔法球に体内魔力を流し込むと。その両方の扉が、早過ぎず遅過ぎずの速度で開く。扉が完全に開くまで約30秒程掛かる。

 扉が開ききる前に目に入ったのは、いつの間にか用意された坂道だった。多分、黄の魔結晶の職人さん達が頑張って作ったのだろう。敬礼したい。

 扉が完全に開き、俺達は坂道を下り、マーガの製作現場に足を踏み入れる。

 既に1機がほぼ完全な形を成そうとしている。

 その姿を見て、俺はワクワクした気持ちになっていた。

 周りの皆も同じ様子だったが、リディスは少し心配そうな顔をしていた。

 その顔の意味を俺は知っている。今年の野外演習の時に、妖精老人に俺の将来の生死を聞いているからだ。

 俺はそっと、リディスの手を握る。

 リディスは俺に手を握られて顔を赤らめている。


「心配しなくても大丈夫さ」

「うん…。信じてるね」


 と小さくお互いに囁きあった。

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