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第九話 ダーメル王国の刺客

 新共暦1214 地の月3-5日目 リヴォース家の居間にて…。


 あの穴掘りの日から約1月が経過した。

 俺は学院から帰ってくるなり、毎日のように穴の先の蓋の確認を行っている。

 万が一、侵入者やモンスターなんかが居たら嫌だからな。

 なので、念の為に性質変化の魔法を使って、蓋の端を完全に地面と同化させている。この作業はエドガーにやらせた。

 更に念には念をで、エドガーに穴の硬質化処理を施させた。なので、外壁の南西に通じる長い穴は、近代的なコンクリートのトンネルのような状態になっている。

 俺がトンネルの確認をしていた時だ…。蓋の外で、木材や石材を置く音が聞こえてきたのだ。

 本格的に資材の運び込みが始まり、マーガの建造施設の建築が開始されたのだと分かった。

 聞こえる音も、人の声も、日に日に増えていっているようで何よりだ。

 これが、この約1月の出来事だ。

 そして今、俺は国王陛下の使者のミレイユさんと話し合いをしている。

 ミレイユさんの報告によれば、土台となる部分の工事は8割程終わっていると聞いた。

 うむ、かなり早いペースで工事が進んでいるようだ。


「――以上が、今回の訪問の主な伝達事項です」


 ん? 主な? って事は、他にも何か知らせるべき事が有ると言うのだろうか?


「有難うございます。主な…。と言う事は、他にも何かあるのでしょうか?」


 俺がそう聞くと、ミレイユさんは真剣な顔になり、俺の耳元に顔を近づけてきた。

 お願いです、反応してしまいますので、手短にお願いしますよ?


「隠密活動をしている者からの情報によりますと…。ダーメルの密偵と思しき人物を発見した。との報告を受けております」


 ミレイユさんは、俺の耳元で囁く様にそう言った。

 その後ミレイユさんは俺から離れ、椅子に腰掛ける。

 反応しかけた俺のアレが一瞬で沈静化し、深い思考の海に入り込もうとしていたが…。


「今の事はともかく、近い内にでも現場見学出来る様に取り計らいましょう」


 俺が考え込む前に、ミレイユさんが引き戻してくれた。

 現場見学は有り難いな、皆も連れて行けるか聞いてみるか。


「それは嬉しいですね。もし良かったら、俺の友人達も一緒に連れて行きたいのですが…」

「ええ。そう仰ると思いました。ご安心下さい、ご友人方も御一緒に行けるように取り計らいましょう」

「有難うございます!」

「いえいえ」


 ミレイユさんはニッコリと笑顔でそう言ってくれた。非常に気遣いの出来る女性である。

 この後は、俺とマルナでミレイユさんを見送る。

 見送ったら、俺は我が家の中庭の訓練施設に直行する。

 現在時間は午後2時頃である。

 今日は学院も休みなので、皆で戦闘訓練をする事にしている。

 そうそう、訓練施設に詰め込んであった土砂のブロックだが。アレは王国軍の方々が何処かに持って行ってくれた。

 ライアスが手配してくれた人達がやってくれた、穴掘りをした日の丁度次の週の休みの日の事だった。

 やって来た王国軍の人達曰く。「なんと上質な石材だ!」とか言っていたのが印象的だった。

 まぁ、何処に持って行ったかは想像出来るけどな。

 さて、今日も皆とミッチリ戦闘訓練だな!


 ■■■


 時間は少し遡り…。新共暦1214 地の月3-2日目 ダーメル王国王城、謁見の間にて…。


 この日、ダーメル国王の下に一つの情報がもたらせる事になった。

 それは…。ルキリスの街の南西に、何かしらの施設が建造されている。との報せがもたらされた。

 報告を行ったのは、ダーメル王国の隠密部隊の隊長である、ソーン・ベラドと言うデモニックの男性である。

 背丈は2メートルを超え、非常に筋肉質な体付きをしているが、全ての行動がしなやかで、しかも隙が無い。

 精悍な顔付きで、髪は全て剃ってある。額には紫の魔結晶を備え、その体表は黒い。米神の部分からは、後ろに湾曲した黒い角を持つ。

 見るからに凶悪そうな風体をしている。

 そんなデモニックのソーンは、この国の大臣である、タークランム・クダーサスと言うマルーノの男から雇われている。

 ダーメル国王、ワイナル・フロンテ・ダーメルも、その事は知っている。

 そして今、ソーンが持ち帰った情報を、謁見の間にて報告を行っている。


「――以上が、拙者の調査した結果だ」


 ダーメル国王、ワイナルはその報告を聞くなり、悪巧みを始める。

 この男、ワイナルは非常に狡賢く残忍である。

 ついこの間まで、インパスア共和国と小競り合いをしていたが、ルキリア王国軍の加勢が有り、劣勢となってしまったので軍を引かせ、一時的に停戦状態を約束している。

 ルキリア王国軍の総指揮官が何か言っていたが、もう既に忘れている。

 そんな事よりも、ルキリア王国がまた何かを始めようとしているのを邪魔したくなり、今彼の頭の中は悪巧みで一杯なのだ。


「そうかそうか。ご苦労であったぞよ。もう下がってよい」


 どこか耳につく憎たらしくいやらしい声でそう言って、ソーンをこの場から引かせる。

 ソーンがその場から何処かに一瞬で移動したのを確認すると、ワイナルは大臣であるタークランムに首だけ向ける。


「タークランムよ、貴様も何か企んでいるのではないか?」


 ワイナルの言葉に、タークランムも頷く。

 二人は厭らしい目付きをしながら頷き合う。


「勿論で御座います、国王陛下。この私目にお任せ下さいませ」

「宜しい。では任せたぞよ」

「御意に御座います」


 この後タークランムは自室へと戻る。

 自室には既に、ソーンが執務机の上で胡坐をかいてふんぞり返っていた。


「おう、大臣さんよ。王様との悪巧みは終わったのか?」


 タークランムは顔を真っ赤にして、今にも怒り出しそうな顔をしている。

 だが、悪巧みを忘れる前に、この男に次の活動をしてもらわねばならない。

 沸騰しそうな感情を押し殺し、タークランムはゆっくりと口を開く。


「ゴホン! ソーンよ、先ずはそこから降りるのだ」


 ソーンは面倒臭そうに、非常にゆっくりとした動作で机から降りる。

 その際に、机の上に積み上げられていた書類の山を幾つも壊すが、ソーンはそんな事を気にする様子は全く無い。

 それを見ていたタークランムはさもありなん、大声を出して怒鳴ってしまった。


「き、貴様! これを誰が片付けるのだ!」

「知らん、テメーでやれよ。怒る時間があんならよ、さっさと仕事を寄こせ。その為に戻ってきたんだろうが」


 タークランムは床に散らばった書類をせっせと集めながら、今回の仕事内容を話す。

 それをソーンは面倒臭そうに聞いている。


「今回の内容はな、その建設現場で何人か人を殺して来い」

「相変わらず安っぽい事しか考えてないのか?」

「気が乗らんのなら、破壊工作でも構わんから、さっさと準備をしていって来い!」

「あ~あ~、わーったよ。隠密部隊の連中を借りるぞ」

「好きにしろ!」


 タークランムがそう言った時には、ソーンの姿はその場には無かった。

 ソーンは思う、何故こんな馬鹿が、この王国を指揮っているのかと…。

 彼は天井裏を移動しながら、そんな事を考えるのだった。


 ソーンが隠密部隊を放ってから2日目の事だ。

 ルキリアの隠密部隊と交戦状態に入ったと報せが、彼の下に齎される。

 しかも、相手は全てビーステイルだと言っていた。


(隠密部隊にビーステイルか…。面白事を考える王様じゃねーか! ダーメルのアホ共が死ねば、絶対寝返ってやるんだけどよ…)


 彼は部下の報せを聞いた瞬間にそう考える。

 迫害を受けているビーステイルを隠密部隊として扱う…。否! 人として扱っていると言った方が正しいだろう。

 ソーンの頭の中では、そんな考えが過ぎる。

 だが…。今はダーメル王国に雇われている身であるので、ルキリア王国の邪魔をしなくてはならない。

 面白く無いが、金額分の仕事はこなさなければ、ダーメル王国から狙われてしまう。

 そうなっては更に面白くない、ソーンは仕方なく…。


「報告は以上だな、相手は殺すなよ」


 報告を持ってきた部下は、跪いたまま反論をする。


「ソーン様! 相手はビーステイル。魔獣なのですぞ!」

「良いから殺すんじゃねーよ! 依頼は殺しじゃねー、ぶっ壊しだ。その意味を履き違えるなっつーこった」


 ソーンは少し苛立ちながら、胡坐をかいていた姿勢から一瞬で立ち上がりそう言った。

 それを聞いた部下は、その形相を見るなり萎縮してしまう。


「りょ、了解!」

「わーったらさっさと行け!」


 ソーンは再び胡坐を組み、地面へと腰を下ろしながら手をヒラヒラさせそう言う、

 部下もその様子を見るなり安堵の表情を浮かべ、命令を肯定する声を上げる。


「はっ!!」


(まーしかし。ビーステイルとは一戦交えてみてーな。どんな強さがあるのか楽しみだぜ!)


 ソーンはそんな事を考えながら、ルキリアの街が見える小高い山の頂上で胡坐をかいてふんぞり返っている。

 殺しは無し、だが破壊工作はする。

 その為には、一番警備が手薄になる夜に仕掛けるしかない。

 彼は思考する、何時もの面倒臭がりな頭から、仕事をこなす為の頭に切り替えるのだった。


 ■■■


 新共暦1214 地の月3-3日目 午前6時 ルキリア王国王城、ガルドスの自室にて…。


 ガルドスが目を覚ますと、イシュナが跪いて待機していた。

 彼は何故? と思うが、ベットに横になったまま彼女に問う事にする。


「イシュナよ、朝早くに何用か?」


 イシュナは跪いたまま、その問いに答える。


「はい! 至急のご報告が御座います!」

「申してみよ」

「昨日の深夜に、他国の隠密部隊と思しき者達と交戦致しました」


 ガルドスはその報告を聞いた途端に跳ね起きる。

 そしてそのままイシュナに報告の続きを促す。


「して、状況はどうなっている?」 

「幸い死者は出ておりませんが、怪我人が多数出ております。こちらの隠密部隊の実動員数を減らすのが目的のように思えます」

「そうか…。この時期に仕掛けてくる相手は一人しか居らんな…。建造施設周辺の警備を強めよ、今はそれで良い」

「御意!」


 ガルドスはイシュナにそう伝えると、イシュナはすぐさま動き出す。

 天井裏を伝って、ルキリアの隠密部隊の待機所へと向かう。

 イシュナは待機所にて、先程のガルドスの命令を伝える。

 命令を聞いた多くのビーステイルが動き出し、建物の影に隠れ、人目に付かぬ様に建設現場に向かう。

 イシュナは深夜の警護任務があるので、この時間は休息するようにしているので、今は休むしかない。

 彼女は自分の寝台に入り、深夜の警護任務に備える。


 イシュナが去った後、ガルドスは思考する。

 マーガの建造施設が狙われている、下手をすれば死人が出るかもしれない。

 だが…。イシュナの報告では、死人は一人も出ていないと言う。

 仕掛けてきたのは間違いなくダーメル王国であろう事は既に察しが付くが、やり口が少し綺麗である。

 何時もならば、最初に仕掛けてきた時点で、何名かが見せしめに殺されるが、今回はそんな事が起こっていない。

 もしかすると、ダーメル国王を出し抜こうとする何者かが、この事件に関わっているのではないのだろか?

 ガルドスはそう考えている。

 事実そうであるが、今のガルドスはそれを知らない。


 ■■■


 時は戻って 新共暦1214 地の月3-5日目 23時過ぎ頃…。


 リヴォース家の警護任務をしていたイシュナが、とりわけ強い気配を察知した。

 相手もこちらの気配を察知したようで、こちらに向かって来ている。

 リヴォース家を守るのが仕事であるが、強い気配を感じ取り、それを危険と見なし距離を取る事にした。

 その者から距離を取る事によって、リヴォース家の位置を悟られまいとする算段である。

 イシュナはなるべく開けた場所を選ぶように移動する。相手もイシュナの後を追うように付いてきている。

 そしてイシュナは、子供達が遊ぶ為の広場へと着地する。


(子供達には悪いが…。これも任務の為だ、許せ!)


 イシュナが短剣を両手に構え、後を追ってきた者と対峙する。

 相手は黒いデモニックの男だった。服装は紫色の装束と、皮の肩当だけの軽装備である。

 大柄でありながら、非常にしなやかな動きをするその男も、イシュナから少し間合いを離し、短剣を両手に構える。

 その男はソーンである。

 ソーンもイシュナの気配を察知し、興味を持ったので後を付回したのだ。

 そして、徐に彼女に語りかける。


「ほぉー。ビーステイルにも美人が居るもんだな~。殺しはしないが、ちょっと付き合ってもらうぜ!」


 ソーンがそう言った瞬間、彼は身体強化の魔法を行使し、イシュナへと一気に迫る。

 イシュナも、ビーステイルとしての身体能力の高さを活かし、その攻撃を辛うじてガードする。


 ギン!


 と甲高い金属音が、夜の広場に木霊する。

 そして、お互いの刃がぶつかった状態で睨み合いながら会話が始まる。


「くっ! 身体強化か!?」

「ご名答! 良く防げたな、感心したぜ!」


 睨み合っていたが、ソーンは自信の鍛え上げられた武技を防がれた事に歓喜し、その表情を笑みに変える。


「戯言を!」


 イシュナはそう言って、更に鋭い目付きでソーンを睨みつける。


「まー、そうツンケンしなさんな。取り敢えず名乗らせて貰うぜ、拙者はソーンだ。宜しくな」

「敵に名乗るなど…。笑止!」


 イシュナが両手の短剣を左右に素早く振り、ソーンの短剣を弾く。

 弾いた瞬間に、イシュナは素早く間合いを離す。

 ソーンはその場に突っ立ったままだったのが不気味に見えてしまう。

 そして彼はその場でイシュナに語り掛ける。


「おー! 良い腕前してるじゃねーか! 魔結晶が無いのが本当に残念だな!」

「知ったことか! 早く失せろ!」

「おーおー! 威勢の良いこった。拙者は今回の任務では殺しはしない。だが…。邪魔するのなら怪我はしてもらうぜ?」

「殺しはしない…。だと?」

「そーだ、拙者の気分で色々と決まりが変わる。今回は殺しはしないと決めたからな」

「ならば、一体何を企んでいる!?」

「ぶっ壊す事だけだ企んでいる。ま、これ以上は言えん。もう飽きたので拙者は帰る。さらばだ!」

「おい! 待て!」


 イシュナがそう言った時には、ソーンの姿は既に無くなっていた。

 今、彼女の思考は混乱している。何故殺しをしないのかと、何を壊すと言っているのかと…。

 イシュナはこの事を、ガルドスに伝える事を決め、リヴォース家の警護へと戻るのだった。


 翌日の早朝。イシュナはまたしてもガルドスの自室のベットの前で、跪きながら待機していた。

 もしメイドが来たら、その場で素早く姿を隠せば済む事である。と、イシュナは考えている。

 イシュナがその姿勢のままで待つ事数分…。ガルドスが目を覚ます。

 ガルドスが横を向くと同時に、イシュナは報告をする。


「国王陛下、おはよう御座います。早速ですが、ご報告に参りました」


 ガルドスは(あ~、またしてもこの展開か…)等と思っているが、イシュナの報告を聞く事にする。


「うむ、申してみよ」


 イシュナはその言葉を聞くと、跪いたまま報告を始める。


「はっ! 昨夜――」


 彼女は昨夜の出来事を事細かに説明した。

 それを聞くガルドスの表情も真剣そのものである。

 それから数分後…。イシュナの報告が終わる。

 ガルドスは深く思考する…。

 このまま建設工事を進めても良いのか? それとも一旦中止すべきか…。

 そしてガルドスは一つの案を思い浮かべる。


「イシュナよ。相手が殺しをしないのであれば、建造中の施設を徹底して防衛せよ! 決して部隊員が死ぬ事のない様に、適度に距離を取りつつ、牽制合戦をするがよかろう!」


 その言葉を聞いたイシュナは跪いたまま大きく頷き、了解の言葉を述べる。


「御意!」


 そして彼女は、何時もの様に天井裏から部隊員にその作戦内容を報せに行く。

 だがしかし、次の日にはとんでもない事が起こってしまうのを、今の二人は知らない…。

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