第六話 謁見の後に
ダインとカディウスが謁見の間を去った後…。
ルキリア国王、ガスクルード・ガルドス・ルキリア13世、ガルドスは笑みを浮かべていた。
面白い少年に会った、本当に11歳の少年なのだろか?
今彼の手元には、2枚の洋紙が握られている。
その洋紙には、巨大人型魔導戦闘兵器(マーガ)の完成予想図と、その運用方法が記載されている。
ガルドスは更に深い笑みを浮かべる。
マーガの運用方法が、この世界の為になるからである。
対モンスター用の人型兵器…。一体誰がこのような物を考え付くのか?
一人だけ居る…。それは今し方謁見に訪れた、齢11の少年――ダイン・リヴォースである。
少年は言った…。巨大な研究施設が必要になると! ならば、余が用意しようではないかと!
そしてガルドスは大臣に語りかける。
「ギルバードよ、お前はコレをどう思う」
大臣、ギルバード・クランドル。エルフにして、ルキリア王国の大臣を務める人物である。
今、国王陛下より2枚の洋紙を手渡された彼は、その洋紙を見て驚愕の表情を浮かべる。
一体どうやってこのような兵器を思いついたのか? 本当に11歳の少年なのか?
一人の人物としても非常に有能な彼は思考する。
どのように返答すれば良いのだろうか? と…。
洋紙に書かれた内容を見れば見る程、様々な場面で役に立つで有ろう事は分かる。
だがしかし、この兵器が敵対する国や大陸に渡ったらどうなるのか?
…それは想像に難くない、直ぐに答えに行き着く。
間違い無く、戦争になるであろう事は明白である。
下手をすれば、一方的に蹂躙される可能性も十分に有る。
だけれども…。この兵器をモンスターに対して使うならばどうか? それも想像に難くない。
今まで散って行った兵士達を思えば、必ずや完成させなければならない。
ならば、国王陛下への答えは決っている…。
「はい、対モンスターを想定するならば、非常に有効な兵器であると考えます。が、しかし…。敵対国家に渡れば…」
ギルバードがそこまで言ったところで、ガルドスから手で制される。
「それは分かっておる。先ずはこのルキリア内だけの秘匿事項とする。さて、次はお前だな、ビルベード」
ガルドスはギルバードから洋紙を受け取り、ビルベードと呼ばれたマルーノの男性に手渡す。
そのマルーノ男性は、名をビルベード・ルーイック言う。
31歳と言う若さで、国王の親衛隊の隊長を勤める人物である。
ガルドスからの信頼も厚く、王国軍の中でも非常に人気が高い。
あのディクスも、ビルベードの実力は認めている程である。
そして、彼は洋紙に目を通す…。
その2枚の洋紙には、王国軍の未来が書かれている。
巨大な人型の、騎士甲冑を着た兵器…。
コレが有れば、モンスターも、仮にダーメル王国が宣戦布告したとしても絶対的な有利が付く。
否! 寧ろ一方的に蹂躙すら出来てしまうだろう。
ならば、なんとしても開発してもらわねばならない。何年かかろうとも…。
彼はこういった兵器開発には疎いが、それでもその力を想像する事は出来る。
であるならば、国王陛下への返答は決っている。
「は!! 自分もこの兵器は非常に有用であると確信します!」
ビルベードは、ルキリア王国軍式の敬礼をしながらそう告げる。
右腕を一旦水平に素早く前に出し、肘から腕を胸に向けて水平に素早く曲げ、腰を約15度折る体勢である。
ガルドスはその敬礼を見て頷く。
「うむ。そうであるか! ならば来週にでも、リヴォース家に使いを出そう。今日の謁見はもう終わりであったな?」
ガルドスはギルバードを見てそう言った。
ギルバードは1枚の洋紙を懐から取り出し、この日の謁見の予定を確認する。
「…はい、本日の謁見は、先程の二人で終了でございます。この後は如何されましょうか?」
ガルドスは少し考える…。
あの少年、ダインを守らねばならない。
もしかすると、ダーメル王国の密偵が潜んでいるかもしれない。
そうなると、ダインが危険に晒されてしまう。
密偵の排除は行っているが、完全とは言い難い。
完璧にこなしているつもりでも、必ず何処かに抜け道が出来てしまうのは世の習わしである。
だが、一人の人物に的を絞るならば、密偵や暗殺者の排除の成功率は上昇する。
ならば、自分が抱えるアノ者に、ダインの警護を任せるしかない。
ガルドスはそう判断する。
ならば、一旦自室に戻り、アノ者を呼び付けなければならなくなる。
「うむ、余は自室に戻る。お前達も下がるが良い」
『御意!』
ガルドスが自室に去った後に、ギルバードとビルベードも自分達の持ち場に戻って行く。
ガルドスは自室に戻り、特殊な音波を出す事が出来る、大人の親指程の大きさの笛を鳴らす。
その笛には音色は無く、全くの無音に聞こえてしまうかもしれない。
だが、ある種族にだけは聞き取れる事が出来る。
その種族とは―――ビーステイルである。
ガルドスが、一定のリズムでその笛に息を吹き込むと、一つの黒い影が、ガルドスの目の前に現れ、そして跪く。
その者は、黒く長い髪を腰の辺りまで伸ばし。その頭部には、茶色の猫の耳が付いている。
服装は忍者を思わせる黒装束で、腰には2本の短剣を備えている。
腰と背骨の付け根辺りから、茶色の長い尻尾が見えている。
その者が顔を上げる…。その顔は非常に美しく、見る者を釘付けにしてしまうだろう。
瞳の色は赤く、目付きはパッチリとしているが、その端は少し鋭くなっている。
そう、その者は猫型のビーステイルの女性である。
ガルドスは一度頷き、その姿を確認すると、彼女に一つの命令を下す。
「うむ。イシュナ・スダルよ、お前に勅命を下す! ダイン・リヴォースと言う少年の警護を、一生の仕事とする!」
イシュナ・スダル――その名が、このビーステイルの女性の名前である。
彼女は思う…。
ビーステイルはここ数千年、他の種族から迫害を受けている。
…だが、この国だけは違う。
この国では、表立っての仕事は無いとは言え、酷い仕打ちや、奴隷のような扱いはされないのだ。
こうして、国の為に使ってくれる。
3代前の王から、このような体制を作ってくれたと同族から聞いた事がある。
彼女は今、そのような事を考えている。
そしてついに! 彼女は勅命を受けた。要人警護である。
この王城のビーステイルは、主に隠密としての役割を担っている。
彼女達の訓練は幼い頃から成される。
過酷な訓練では無いにしろ、それでも毎日クタクタになるまで訓練は続く。
その成果が今試される時である。
彼女は嬉しさの余り、その目に涙を溜め込む。
獣である自分達を、人として扱ってくれる国王陛下に感謝している…。そう言う涙である。
「御意! 謹んで、その任に就かせて頂きます!」
彼女がそう言うと、ガルドスは深く頷く。
そして、懐にしまっておいた1枚の用紙を取り出し、イシュナに手渡す。
「うむ。宜しく頼む! これが、その少年の住所だ。くれぐれも無くすでないぞ」
「御意!!」
イシュナは、リヴォース家の位置の書かれた1枚の洋紙を、跪いたまま両手で恭しく受け取る。
今も彼女の目頭には、涙が溜め込まれている。
泣きたいが泣けない、彼女の目は今も潤んでいる。
ガルドスはその目を見てこう言った。
「お前達も人である。泣きたい時は泣くが良い」
「!!」
その言葉を聞いたイシュナは涙を零す。
止めど無く涙が溢れ出す…。
「イシュナよ、今はそれで良い。十分に泣いたなら、本日よりリヴォース家の警護を開始せよ」
「御意!!!」
その後、イシュナは1時間近く泣いていた。
声は出さず、涙を拭いながら…。
■■■
あぁ~、緊張したぁ~!
いやね、王様だよ? 国王陛下だよ?
逆らったらどうなるか分からないんだよ?
これで緊張しない人はかなりの大物だね!
まぁ、それは良いとして…。
研究施設の建造を確約してくれたまでは良いが…。何処に作るかが問題となる。
俺の中では、我が家の中庭から南西に向かって穴を掘り、西門と南門を挟んだ外壁の外に作って貰おうかと今考えた。
何故南西なのか? と言うのは、俺の家から近いからである。
北西と北東だと港層が在り、南東だと遠くなる。そう言う理由からだ。
後はどうやって、使者の人と国王陛下を納得なせるかだが…。そこはまた後で考えようと思う。
穴を掘る必要が何処にあるのか? それは、秘密の抜け穴に決ってるじゃないか!
ん? 今は何処にいるかって? 馬車に揺られてるよ。
カディウスさんは俺の前で、マーガの設計図を食い入るよう見つめてるけどね。
あ、顔を上げた。
「ダイン君、これはとんでもない事になるぞ! いや、それ以上だ! 何時からこの設計をやっていたんだ?」
「俺が5歳位の時からですよ、毎日少しずつ設計を進めていたんです」
「そうだったのか…。もしかすると、飛行船の設計は、この兵器のついでだったのか?」
「いえ、ついでではありませんよ。マーガはとても複雑ですからね。完成させるには、様々な角度からあらゆる結果を収集しなくてなりませんから。その為に飛行船を設計したんです」
「まったく…。呆れた才能だよ。だが、確かに相応の技術が必要になるだろう。先ずは飛行船の完成だな」
「ですね!」
俺とカディウスさんは楽しく会話しながら馬車に揺られる事しばし…。
我が家に到着する。
カディウスさんは、そのまま港層に移動すると言っていた。
そのついでに、明日は我が家でパーティーをする事を伝えてある。
俺が玄関を開けると、マルナとミーナが出迎えてくれた。
マルナは昼食の準備が出来てるから一緒に食べるように言って来たので、少し遅い昼食となる。
ミーナはお腹が減っていたようで、ビックベアーのミートパイにがっついていた。
ビックベアーの肉は、独特の臭みが有るものの、調理法によっては非常に美味しく頂ける。
このミートパイは、その風味を和らげる為のハーブが入っている。
臭みが解消され、非常に濃厚な味わいのするそのパイは、俺も大好物である。
う~む、味的にはチーズに似ているが、肉なので少し不思議だが、異世界なので気にしてはいけない。そういう食材である。
因みに、ビックベアーは単体ランク2のモンスターである。
俺はこの昼食の席で、中庭に穴を掘って良いのかを聞いてみた。
すると、あっさり許しが出たので、我が家の屋根に上り、南西の方角を確かめ、中庭の訓練施設にぶつからない様に穴を掘る事にした。
先ずは方向を地面に書き込む、そして…。
うむ! 穴を掘る道具が無い! 今日は諦めよう…。
今日はマーガの設計図を弄る事にする。
俺は自室に戻り、机の上に設計図を広げる。
こんな事もあろうかと、常に予備は用意してあるのだ! これも前世の知恵である。
さて、どこをどう弄れば良いものか…?
あ! 魔粒子を動作エネルギーに変換する機構の名前を考えてなかったな…。
カディウスさんが考える前に決めておこう!
外的なエネルギーを取り込んで、紋記号魔法を用いて動作エネルギーに変えるのだから…。
これだな。魔粒子動力変換装置と名付けよう! 以後、ExEeと呼称する。
とは言うものの、まだ紋記号円の状態だからな…。
俺はそう思って、机の下に有る書類箱から、ExEeの紋記号円を取り出す。
円の数は13個だ、これをどうにかして小さく纏め……。
あ! 円になってるのだから、球体にしてしまえば良いじゃないか!
俺はExEeを球体に出来ないかを研究する事にした。
因みに、ミーナはアイシャのお宅にお邪魔しに行くと言っていたので、今は家に居ない。
だとすると、エドガーも一緒だろうな。仲良くやって欲しいものである。
俺はひたすら球体に出来ないかを模索し始める事しばし…。
いつの間にか夕刻前になっていた。
ふむ、今日の成果はまったく出なかったな。
今度はカディウスさんも巻き込んで、一緒に考えよう。
この日の夕食時に、ライアスにも、中庭に穴を掘って良いかを聞いたら、あっさり許しが貰えた。
その時に、今日の謁見の内容を聞かれたので、詳しく説明すると、何時もの様に固まっていた。
城内の噂で聞かなかったのか? と質問したところ。
俺とカディウスさんが謁見した事は知れ渡っていたが、その内容は完全に伏せられていたらしい。
それもそうだと思う、マーガの情報がもし他国に漏れでもしたら、王城が危ないだろうからな。懸命な判断だと思う。
あぁ! この家も危なくなるのか…。ちょっと待てよ? この家って誰かに守らせた方が良いんじゃないのか?
いや待て…。この家の総合戦闘能力は非常に高い。そこにノコノコやってくるのは、この家の事情を知らない馬鹿だけだろう。
ふむ、考えてみれば、この家に警護は必要ないのかもしれないな。
俺はそんな事を考えながら、今日は就寝した。
翌日、俺の家では『無事におかえりパーティー』が開催された。
去年と同じく、俺とマルナで料理とお菓子を作っていると、今回はリディス、マーク、シンシア、ダストン、フィリップ、ゴードンの6人が一斉に現れた。
いや~、皆一斉にとは流石に驚いたね。
リディスは俺の手伝いがしたいだけだろうから良しとして、まさかマークが現れるとは意外だった。
本人に聞いてみたところ…。
「昨日はガッツリ寝たからな!」
だそうだ。
他の皆も、同じような意見だった。
ゴードンに関しては、フィリップが知らせていてくれたみたいで、途中で合流したそうだ。
しかし、皆をそのまま待たせるのも忍びないので、訓練施設を解放する事にした。
リディスは俺とマルナの手伝いをする。
さてさて、料理の腕は…!! 上がってない…。
何故にジャガイモの皮を剥いたら、ジャガイモの形が長方形になるのだろうか? 非常に疑問である。
仕方が無いので、去年同様にお菓子の飾りつけをやらせてみる。
うむ! やはりデザイン力があるのだろう、素晴らしい飾りつけである。
しばらくすると、ミーナとライアスが起きてきた。
ミーナは訓練施設に直行すると言っていた。
ライアスも、皆の成長具合を見たいと言っていたので、そのまま訓練施設に直行していた。
その直ぐ後に、アイシャとエドガーがやってきた。
俺は二人に、ミーナは訓練施設に居る事を伝えると、二人共訓練施設に直行した。
そして、料理もお菓子も出来上がったので、俺とリディスは訓練施設に皆を呼びに行く事にした。
訓練施設に入ると、そこにはミーナとフィリップの組み手が行われている最中だった。
今日は魔法有りで組み手をしているようだった。
魔法有りのミーナはどんでもなく強い。あのフィリップと互角に渡り合っている。
俺とリディスがしばらく見ていると、決着が付いた様だった。
「ふぅ~! フィリップさん! ありがとう御座いました!」
ミーナの今日の武器は、木製のロングソードを二刀流である。
マジでどんだけ才能有るんだよ…。
ミーナは武器を逆手に持ちながら、フィリップに一礼する。
「うん! 魔法有りのミーナちゃんは凄く強いね! 今日もやっぱり引き分けだったよ」
フィリップも武器を逆手に持ち、ミーナに対して一礼する。
フィリップの武器は木製のロングソード1本だけだ。
マルナ仕込の抜剣術である。盾は持たない。
一振り一振りが高速の剣術である。俺には見えないね。
二人の戦闘を見ていたアイシャはミーナに見惚れている。
エドガーは開いた口が塞がらない様子である。無理も無かろう。
俺は皆に、料理とお菓子の準備が出来た事を伝え、今年のパーティーが始まる。
次の話までパーティーが続きます。




