第十話 家に帰るまでが演習です!
エピタルの森偏 最終エピソードです。
今回からミーナ周りの話が始まります。
俺の名前はライアス・リヴォース、現在二児の父である。
これから話すのは、ダイン達が野外演習に出発した日から丁度2日経った日の出来事である。
娘のミルフィーナが、同級生に殴られてしまった。
原因は…。娘が話してくれた。
「何故殴られたんだ?」
「わたしは何もしてないよ…。わたしとアイシャさんで、魔力球で遊んでいたら、男子に絡まれたの…」
娘は終始涙目だった。
無理も無いだろう、まだ6歳だ。
殴られ、頬を赤くしている。
俺はその男子生徒が許せなかった。
だが、大人の力で子供を押さえつける訳にもいかず、俺は苦悩する。
駄目だな…。先ずは詳しい理由を聞かなくては。
「何故絡まれたんだ?」
「えっとね…。わたしとアイシャさんだけズルイって言われたの…。だからね、二人で教えるよ? って言ったら、生意気だ! って言われて打たれたの…」
「そうか…。明日は学院を休むか?」
「休まない、アイシャさんとお話したいし」
「分かった」
娘は笑いながらそう言っていた。
俺は歯痒かった、娘の為に何もしてやれない。
息子ならどうだ? ダインなら何か閃くんじゃないのか? そう考えもした…。
だが、息子は野外演習の真っ只中だ、頼る訳には行かない。
しかし、何故魔法を使わなかった? 弱めの障壁なら、怪我を回避出来た筈だ。
「何故、障壁を使わなかったんだ? 弱めに展開すれば、怪我もしなかっただろう?」
「えっとね、その事なんだけど…。兄さんに言われてるの、外でわたし達の魔法はあまり見せちゃいけないって」
「そうだったのか…。でも何故避けなかったんだ? 避けれたんじゃないのか?」
「うん…。避けれたと思うよ…。でもそこで避けたら、余計に拗れると思ったの…」
「分かった…。今日はもう疲れてるだろうから、早めに寝なさい」
「うん、父さん、おやすみなさい…」
「ああ、おやすみ」
そう言って、ミーナは自室に戻って行った。
やはり、ダインに似てとても賢い子だ。
事が拗れるのを見越して、わざと殴られるとはな…。
ダインもそうだ。
あの子もとても賢い、とても10歳とは思えない程だ。
俺と妻のマルナは、これと言って特別な教育を施した訳でもない。
寧ろ溺愛している。
息子は6歳の頃から既に武器の訓練も開始している。
その訓練も強要するものではなく、無理の無い様に訓練手順を考えて行っている。
最近では、娘のミーナも武器の訓練を始めている。
二人共、とても成長が早い、いや…。早すぎると感じる。
何故二人共こんなに才能豊かなのか? 俺には分からない。
ミーナに文字や計算、魔法を教えているのはダインだ。
ダインの教え方は非常に効率が良く、無駄が無い。
その教えの中に、先程の魔法の使用を禁じた事柄も含まれるのだろう。
あえて普通に見せる事で、周りと協調性を取る…。
とても少年少女に出来る事ではない。
だがしかし、ダインがこの事を知ったら何と言うだろうか? いてもたってもいられなくなり飛び出すだろうか? 仕返しに、娘を殴った生徒を制裁しようとするのだろうか?
…分からない。
今日は野外演習の4日目だ、帰ってきたら何と話そうか…。
マルナとも相談しないといけないな。
しかし、コブラヒドラはどうなったのか…。それも気がかりではあるが…。
ダインの事だ、きっと何事も無かったかのように帰ってくるだろう。
■■■
さて、野外演習も最終日だ。
昨日は質問攻めで、俺達4人はぐったりだった。
これも青春の1ページになるのなら、良しとしておこう。
昨日の質問攻めが終わった後、俺達はシルフレッド教官に呼び出され、何処に行っていたのかを話さなければならなくなった。
「夕食後で悪いが、何処に行っていたかを詳しく話してもらうぞ」
俺達は正直に答えた。
妖精の住処に行って、妖精結晶を貰った事を全て。
妖精結晶も見せろ! と言われたので、俺は懐から妖精結晶を取り出し、教官に見せた。
そしたら…。
「お前達、これがどういった物か知っているか?」
俺達は首を傾げる。
まぁ、俺の見立てでは、何かしらのエネルギー結晶体じゃないかと推測してはいるがね。
「これはな、王国軍が秘密裏に、妖精から定期的に入手している代物だ。コイツはな、魔法の効果を数倍に高める物だ」
なるほど、そんな効果が有るのか。
それで、魔法の威力が少し強くなったんだな。
だがしかし、本当にその効果だけとは思えんがね。
その後も色々質問されたので、正直に答えた。
教官は驚きの表情を浮かべていたが、知ったこっちゃ無い。
取り敢えず、この事は他言無用になったのが幸いだった。
そして今現在、俺達は何故か王国軍に囲まれている。
いやね、悪い事はしてないんだよ? ホントだよ?
それはさて置き、早馬が王城に到着して早々に出陣が決定したらしく、王国軍が来ている状態だ。
その指揮を執るのは、俺の爺ちゃん、ディクス・グルガンだった。
俺は今、ディクス爺ちゃんに事の成り行きを全て話し終えて、楽しい会話をしている真っ最中だ。
「ほぉ! 流石はダインじゃ! 儂が見込んだだけの事はあるのぉ!」
爺ちゃんは俺の頭をガシガシと撫でながらそう言っている。
ちょっと痛いよ?
「痛いよ爺ちゃん。いや、それより早かったね」
「そうじゃろう! 儂が指揮を執ればこんなもんじゃよ! フハハハ!」
フハハハ! って…。ちょっと悪者っぽいが…。気にしてはいけないな。
だけど、この爺ちゃん本当に元気が宜しい!
もう50は過ぎているだろうに、未だ現役でバリバリ働いている。
俺も見習いたいものだ。
爺ちゃんと話をしていた頃、丁度キャンプの片付けも終わったようだった。
王国軍の兵士さん達も手伝ってくれたお陰で早く終わったようだ。
言い忘れていたが、マーク、リディス、シンシアの3人も俺と一緒に爺ちゃんと会話している。
皆爺ちゃんのお気に入りだ、会話も弾もう。
気になったので聞いてみた事がある、それはライアスが居ない事だ。
ディクス爺ちゃん曰く、報告が届いた時には、既にライアスは帰宅していたそうだ。
キャンプの片付けが終わり、俺達も自分達の寝台付きの豪華な馬車に移動する。
その途中で、2日目の朝に助けた先輩達が現れた。
「あの時はありがとう! この事は一生忘れないわ!」
などと口々に言って足早に去って言った。
あ…。また名前聞くの忘れた…。
まぁしかし、あのマルーノの女性は非常に美人である。
胸も尻もデカイ、俺がマジマジと見ていると…。
「ダイン君! 何処見てるの!」
何時ものリディスの声じゃない…。
ちょっと怖いよ? どうしちゃったのかなぁ?
少~しだけ、エロい目で見てたけど、本当に少しだけだよ?
「え? いや…。何も…」
「早く乗るよ~。わたし疲れちゃったよ~」
「ダイン、急げ」
「お、おう」
ありがとう二人共! 流石は親友! 恩に着るぜ!
俺達は馬車に乗り込む。
さっきの件は有耶無耶になったようで何よりだ。
さてと、これから暇な時間が続くな…。
その後、俺達は王国軍の護衛を脇に添え、大行列と化した一行が、エピタルの森から出発した。
道中は暇かと思えば会話が弾んだ。
初めてゴブリンと戦って、女生徒を救助した時の事や、2日目の訓練の事、3日目のソフィとの出会いと妖精の住処の事、その直後にコブラヒドラと戦った事、4日目には王国軍が救援に来たが無駄足だった事等、色々と話が盛り上がり、時間があっという間に過ぎて行った。
しかし、この場にダストンが居ないのが本当に残念だ、絶対に労ってやろう。
昼食等を挟みながら、夕刻前にはルキリスの街に到着した。
学園の前で停車し、俺達も馬車を降りる。
因みにこの場で解散となっている、先輩達は足早に帰宅している。
するとそこに、俺達の親友であるダストンが待っていてくれた。鍛冶の修行は良いのだろうか?
少し心配になったが…。
「おかえり! 皆! 今日は特別に、鍛冶の修行は早めに終わって、皆を迎えに来たんだ! でも、なんで王国軍の兵士達が居るの?」
だよね~、そう思うよね~。
その事も含め、俺達はしばらく正門前で会話していた。
そして明日は、俺の家に集まってパーティーをしようと言う事になった。
題して、無事におかえりパーティーだ!
俺達はこの場で解散し、帰路についた。
俺とリディスは同じ方向なので一緒に帰る。
マーク、シンシア、ダストンは3人で同じ方角に帰って行く。
俺達は、お互いが見えなくなるまで何度も振り向きながら手を振った。
青春の1ページだな、本当に良い思い出が出来た。
俺とリディスは今、帰りながら雑談をしている。勿論マラソンしながらだ。
「ねぇダイン君、明日のパーティーのお料理、あたしも手伝って良いかな?」
うひょー! 期せずして、リディスの手料理が食べられるぞ!
ん? 待てよ? リディスって料理出来たっけ?
「構わないよ、ところでリディスは料理出来るの?」
「うん、少しならお母さんに習ったから、きっと大丈夫!」
何故ガッツポーズなんだ? しかも顔が少~し引きつってないか?
何だか色々不安になってきたぞ…。
「そ、そうなんだ…。あ! だったら俺が教えるよ! 教えながら一緒に作ろう! うん! それが良い!」
「ありがとう! 嬉しいなぁ、ダイン君と一緒になんて」
顔を真っ赤にしながら言うその姿は非常に可愛いく、今すぐ抱き締めたいが、俺達はまだ10歳だ。まだまだ我慢しなくてならない。
そんな感じで雑談しながら、俺の家の前にたどり着き、リディスに挨拶をし、俺は玄関を開ける。
すると、ミーナが抱きついてきた、しかもメッチャ涙目だ。
一体どうしたんだ? んあ? なんで頬を手で隠してるんだ?
「なぁミーナ、その頬はどうしたんだ?」
「えっとね…」
「その事なら、私が話すわよ。それよりも、おかえりなさい、ダイン」
「あ、うん。ただいま、母さん。父さんはまだ仕事?」
「そうね、もうじき帰ってくるんじゃないかしら? それよりも早く荷物を置いて来たらどう?」
「そうだね。ミーナ、今は離れてくれ、動けないよ」
「うん…。ひっく…。うえぇぇぇぇぇん!」
突然ミーナが泣き出してしまった。
一体何が起きたんだ?
いや待てよ…。頬に…。まさか!? 殴られたのか?
「母さん、ミーナをよろしく。俺は荷物を置いてくるから」
「ええ、分かったわ。ミーナ、こっちに来なさい」
マルナはミーナに優しく声を掛け、ミーナを宥めている。
俺からミーナが離れ、今度はマルナにしがみ付きながら大泣きしている。
俺は急ぎ自室に戻り、荷物を置き、着替えを済ませ、居間に向かう。
丁度ライアスも帰宅したようだった。
食事前に話をしようと言う事になり、家族会議が始まった。
俺達は居間で何時もの定位置の椅子に腰掛けると、ライアスが最初に口を開いた。
「ダイン、率直に言おう。ミーナが同級生の男子に殴られたそうだ」
「やっぱりか…。そうじゃないかと思ったけど…。理由は?」
「それは私が言うわ。ミーナの話によるとね、男子生徒から絡まれたそうよ。魔力球の生成が上手くいってるミーナに突っかかって来たそうよ」
それが原因か…。確かに魔力球生成にはコツがいる。
だけどコツさえ掴めば、魔結晶を持つ者なら誰にだって出来る筈だ。
ミーナは教えようとしなかったのか? ミーナならコツを教えることが絶対に出来る筈だし、アイシャも一緒なら尚更だ。
「ミーナは、その男子生徒にコツを教えようとしなかったのか?」
「したよ…。そしたらね、生意気だって…」
イカン、これ以上はミーナに聞かない方が良いな。
もう既に泣き出しそうだ。
「父さん、その男子生徒は今どうしてる?」
「ああ、知り合いの教師に頼んで色々取り計らってもらってな、今は自宅謹慎になっているそうだ。女子に怪我をさせるとは許せないと言っていたな」
「分かった、ありがとう。それよりもさ! 俺の野外演習の話でも聞いて、パァーっと盛り上がろうよ!」
「兄さん! わたしも聞きたい!」
俺がそう言うと、ミーナの暗かった顔がパァっと明るくなった。
「そうだろう? 色々有るぞ!」
その後は楽しく会話が弾んだ。
ミーナの頬を見せて貰ったが、もう殆ど赤みも引いていたようで一安心だ。
しっかし、許せんなその男子生徒! 絶対に謝罪させてやる!
この日の夕食は魚のムニエルだった。
マルナの魚料理はどれも絶品である。
この時に、明日この家で、無事におかえりパーティーをする話をしたら、マルナが意気揚々と明日の仕込みを始めた。とても嬉しそうだった。
食事後、俺は楽しい気分のまま自室に戻り、妖精結晶を取り出し机の上に置いて眺めていた。
コンコン。
「兄さん、入って良い?」
ミーナが俺の部屋にやってきた。
俺は了解を出し、ミーナをエナジーハンドの上に乗せ、一緒に妖精結晶を見つめる。
「凄く綺麗だね! これって拾ったの? 貰ったの?」
相変わらず色々知りたい性分のようだ。
俺は妖精結晶を手に入れるまでの話を、もう一度ミーナに離して聞かせた。
ミーナもご満悦の様である。
「わたしも、野外演習に行けるかな?」
「ミーナの実力なら、間違い無く行けるだろうな」
その後も、眠くなるまで兄妹の会話が続いた。
「ふぁ…。もう寝るね。兄さんおやすみ~」
「ああ、おやすみ、ミーナ。明日のパーティー為にゆっくり休めよ」
「うん!」
さて、明日はパーティーだ。
俺も今日は何もせずに眠るとしよう。
おっと、その前に妖精結晶をベットの下に隠しておかねば。




