第九話 皆を守れ!
エピタルの森偏 その5です。
またしても、エピソード後半に三人称視点を試みました。
さて、トロール達と戦った後を確認しに来た訳だが…。
今俺の頭の中は、クエスチョンマークだらけになっている。
何故かと言うと、まったく時間が経っている様子が無いからだ。
皆も同じ様子だ、マークなんかは立ったまま固まってしまっている。
「ねぇ…。これって、時間が経って無いって事…。なのかな?」
「そう…。みたいね…」
そう、この場所は今もなお地面は湿ったままで、トロール2体の状態も新鮮そのものだった。
もし長時間経過していたならば、少なからずとも腐敗臭がする筈だ。
だが、辺りはそういった臭いも無く、地面が乾いた形跡も無い。
俺が推測するに、あの空間の時間の流れは遅いのではないのか? 或いは時間が止まっているのではないのか? そう考えられる。
あながち、間違ってはいないだろうと思うが、確定は出来ない。
取り敢えずは、野営地に戻ってみないと、確認のしようが無いのもまた事実だ。
俺は皆に、野営地に戻ろうと提案をする事にした。
「取り敢えず、野営地に戻ってみよう」
『了解』
マークは固まったままだったが、シンシアが彼の尻をパシン! と叩いて再起動させる。
「ほら行くよマーク」
「お、おう…」
俺達4人は、野営地に向かって歩き出す。
道すがら、気になった事を色々考えていた。
まず第一に、どうやって俺達の思考を読み取ったのか…?
俺の推測では、魔粒子を一定量操作し、俺達の脳と、魔粒子を接続させているのでは? と言うものだが、いまいちだな…。
思考を読むのも、恐らくは妖精の秘術的な魔法なんだろう、今はこれ以上は気にすまい。
次に浮遊の魔法だ。
ソフィと老人妖精は浮いていた。
魔法教本にも、浮遊系の魔法が在るとは一切記述されていない。
しかも、俺だったら使えると言う。
魔粒子を硬化させると言っていた事から、エナジーハンドの応用なんだろうと察しが付く。
あ! 妹のミーナを、エナジーハンドで持ち上げて、遊んであげる事がある。
もしかしたら、エナジーハンドをどうにか形状変化させるかすれば或いは…。
浮遊魔法に関しては、ルキリスの街に戻ってからでも良いだろう。
それよりもあの空間だ、紋記号魔法をふんだんに使っていたな。
更に、まだ見た事も無い接合方法を使用しているし、見た事も無い紋記号も幾つも有った。この事は、カディウスさんに報告しよう。
俺が色々考えていると、リディスが俺の肩をポンポンと軽く叩いていた。
「ダイン君? 何時もの考え事?」
「ああ、ごめん、どうしたんだ?」
「えっとね、シンシアが何か聞こえるって言ってるよ」
「ん?」
俺も耳を澄ます…。
すると、キーン、キーン、ズン! 等の音がする。
もしかして戦闘か? にしては音が多いような気がする。
「皆! 急いで野営地に戻るわよ! 胸騒ぎがするのよね…」
「俺も賛成だな! これは絶対スゲー事になってるぜ!」
「あたしも何だか不安になってきたよ…」
俺もそう思う、ぐずぐずしていられないな、急ごう!
「良し! 皆! 身体強化を使って一気に向かうぞ!」
俺達はお互いに顔を合わせ、一度頷くき、そのまま身体強化を使って一気に駆け出す。
マークを先頭に、リディス、シンシア、俺と続く。
しばらく進むと、喧騒が聞こえてきた。
段々と、その音が大きくなるのが俺にも分かる。
そして、森の出口が見えてきた。
森を抜け出ると、1体の大型モンスターと戦闘している教師達が居た。
そのモンスターは、蛇の頭を5つ持つ、単体ランク7の[コブラヒドラ]だった。
辺りを良く見てみると、先輩達の姿は無く、教師陣だけで防戦している様子だ。
その教師陣の中に、良く知る顔が有った。シルフレッド教官だ。
教官は、前線から少し離れた所で指揮を執っている様子、俺達4人はそのまま教官の下に急いで向かった。
「障壁を展開出来る者は障壁の維持を最優先にしろ! 我輩が中衛から攻撃魔法で援護する! 後衛の者は攻撃魔法を撃ちまくれ! 回復魔法を行使出来る者は体内魔力を温存しておけー!」
『教官!』
俺達4人は一斉に声を出し、教官をこちらに向かせる。
「な!? お前たち! 今まで何処に行っていたのだ!? 探しても見当たらんから心配していたんだぞ!」
今まで? やっぱり1日経過したのか? それとも今しがたの事なのか? そんな事より…。
「教官! この状況は一体!?」
「説明は後回しだ! お前達も早く寝台まで戻れ! 寝台の近くには、護衛の教師が付いている。それに、早馬を王国軍に走らせている。とにかく急げ!」
寝台の近くは安全なのか? いや、王国軍に早馬を走らせたって事は、防戦をすると言う事だ。
「教官! 俺達がアイツをブッ飛ばしてやるぜ!」
「お、おい! マーク! 何言って…」
マークが俺の右肩に右手をポンと乗せる。
そして、少し笑った顔を俺に向ける。
「なぁ、ダイン。俺達なら、アイツをブッ飛ばせるだろ?」
俺は少し考える…。
確かに倒せるだろう。
だけど、倒すにはそれなりの出力を出した攻撃魔法か、身体強化を用いなければならない。
そうするには、周りの教師陣を一旦引かせる必要がある。
そうしなくては、俺達の膨大な体内魔力から繰り出される攻撃魔法は、間違い無く地形を変形させてしまう程の威力が有る。
そんなモノを、人が密集している所で使う訳にもいかない。
さて、どうする…。
俺が思考していたその時だ!
「う、うわぁぁぁぁーーーーー!」
ドス…。
一人の教師が、コブラヒドラの攻撃で吹き飛ばされた。
…おい、俺は何に迷ってるんだ?
その教師はまだ動いている、命に別状は無いようだが…。
「ダイン君!」
「ダイン! 決めちゃいなよ!」
「そうだぜ! ダイン!」
俺は何に迷っていたんだろうか?
今目の前で、多くの命が危険に晒されている。
この状況を打開出来るのは、今現在俺達しか居ないだろう。
「教官! お願いが有ります!」
「なんだ? 手短に頼むぞ」
「この場の教師陣の方を全て下がらせて下さい! コブラヒドラは、俺達4人で倒します!」
「な!? 命を捨てる気か!?」
「良いから! 早くしてください! 大勢の命が掛かってるんです!」
俺は、自分でもビックリする程の睨みを利かせてそう言った。
マーク、リディス、シンシアも少し引き気味だった。
教官も驚きの表情になっている。
「わ、分かった…。総員! 一旦引けーーーー!」
教官の号令が掛かった瞬間、前衛の教師陣が一斉に下がる。
しかし…。耳を劈く程の大声だな…。
鼓膜が破れたらどうするんだ?
イカン! そうじゃない!
「んじゃ、最初はわたしよね~」
シンシアが弓を構え、そして放つ!
矢は正確に、コブラヒドラの左端の頭を射抜く。
頭の一つを射抜かれたコブラヒドラは痛みを感じ、その巨体を激しくうねらせている。
「次は俺だな!」
マークが大剣を構え、一気に加速する。
身体強化を使った横一文字を、コブラヒドラの射抜かれた左端の頭の付いた首と、その直ぐ右横の首を同時にぶった切る。
切られた箇所から、夥しい血が噴出す。
「今度はあたしだね」
リディスは氷属性の攻撃魔法を行使する。
その攻撃魔法は、コブラヒドラを四方から氷漬けにしようと迫る。
コブラヒドラは抵抗空しく、その巨体を氷漬けにされてしまう。
「最後は俺だな」
俺は氷漬けになったコブラヒドラに向け、少々強めに、風属性の攻撃魔法を繰り出す。
圧縮空気砲となるような指向性を持たせる。
ビュオォーン!
と轟音を立てながら、コブラヒドラに命中する俺の攻撃魔法。
コブラヒドラは、その氷漬けになった巨体を、何の抵抗も許される事無く、木っ端微塵にされてしまう。
我ながらどんな威力だよ…。と思ったが、一瞬にして多くの命が救われた事に変わりは無い。
一件落着と言う所かな?
さて、教官達を見てみるか…。
「お、おい…。お前達は一体…。何なんだ?」
教官は呆然としていた。
無理も無かろう、こんなトンデモ少年少女は滅多に居まい。
その後ろの教師陣もそうだ、全員呆然としている。
俺達4人は顔を付き合わせ、こう言ってやった。
『鍛えてますから!』
「いや…。いやいや! そういう問題じゃ無い! 何故そんなに強大な魔法を行使出来る!? エルフの少女の弓腕も、デモニックの少年の剣捌きも、どれをとってもランク7以上の冒険者並みじゃないか!?」
教官はブンブンと手を振ってそう言っていたが、俺達4人はそんなのお構い無しだ。
確かに、ランク7の冒険者な母や、突撃隊の隊長な父から、みっちり訓練されてはいるが、それだけだ。
体内魔力に関しては…。なんて言おう?
取り敢えず事は済んだ。
この後、コブラヒドラのまだ無事な部分は素材として剥ぎ取られ、まだ食べられそうな部分は、魔道具冷蔵庫に切り分けて保管されていた。
この作業の間、俺達4人は教師陣から質問攻めにあっていた。
その質問攻めの合間を縫って、俺は逆に質問してみた。
「ところで先生、今日はまだ3日目ですか?」
「あ、ああ。まだ3日目だが…。それがどうしたんだ?」
「いえ、聞いただけです。お気になさらずに」
推測通り、あの空間は時間の進みが遅いか、止まっていたようだ。
だとしたら、紋記号魔法には、時間を操る術があるのかもしれない。
いや、あるのだろう、まだ確証は持てないけどね。
魔粒子には、まだ色々な振る舞いが出来るようだ。研究せねば!
その後も俺達は、教師陣にひたすら質問攻めにあい続けた。
■■■
一方その頃、ルキリスの街では…。
カーン! カーン!
鉄を打ちつける音が聞こえるそこは、ドランク武具工房の作業部屋である。
現在ここには、ドワーフにしては非常に大柄の成人男性と、ボサボサ頭で背の低いドワーフの少年が居る。
「おぉら! ダストン! もっと腰を入れて打ち付けろ! 魔法は使うなよ!」
そう言って、ドワーフの少年ダストンに檄を飛ばすのは、ダストンの父、ディクトル・ドランクその人である。
ディクトルはルキリス街で、凄腕の鍛冶師として知れ渡っている。
その息子ダストンは、そんな父を持つ少し複雑な心境の少年だ。
「わ、わかってるよ父ちゃん! 魔法は使ってないよ~」
少し間の抜けた声で返事を返すダストン、しかしディクトルの指導は止まらない。
「喋ってないで手を動かせぇ! そんなんじゃ立派な鍛冶師になれねぇぞ!」
野太く威厳に溢れる声で檄を飛ばすディクトル、このやり取りは夕刻間際まで続けられる。
夕刻となり、夕食となる。
ダストンは家族3人で楽しく食事をしている。
そんな、食事の席で…。
「おいダストン」
「何? 父ちゃん」
「お前も友達と一緒に行きたかったか?」
「うん…」
「そうか…。ならば、来年までに武器を1つ作れ。そうしたら、来年の演習には参加させてやる」
ダストンはその言葉を聞くと、嬉しさの余り立ち上がる。
「ありがとう! 父ちゃん!」
「いいから座れぃ」
その後も家族団欒を楽しみ、ダストンは自分の部屋へと向かう。
ダストンは、自分の部屋の隅に有る机を見る。
そこには、ダインが出発2日前に、ダストンに預けたとある武器の設計図がある。
ダストンはそれを見ながら、独り言を言い始める。
「なんでこんな複雑な機構がいっぱい有るんだろう? 普通の槍じゃダメなのかな?」
そう、その槍は謎の形状をしている。
突撃槍[ランス]――現代地球のファンタジーアニメやゲームではお馴染みの武器だが、その様相は全く違う。
ランスを2本上下に取り付けた形をしているのだ。
言うなれば…。[ツインランス]と言うところだが、その機構は複雑である。
柄の部分と、ランスの下部から延びた謎の機構で、2本を1本に出来るような仕組みが書かれている。
ランスの下部からは、刃物状の機構が飛び出す仕組みも書き込まれている。
そして、ランスの中腹部には、謎の空間が設けられている。
ダストンは訝しげな表情を浮かべながら、その設計図を何度も見て思う。
(なんで、こんな武器を作って欲しいんだろう?)
正にその通りだろう、この武器の力はまだ未知数だ。
それに、どんな事が出来るのかも未だに説明されていない。
この設計図は、ダインの壮大な計画の一端に過ぎない。
ダインの壮大な計画が一通り完了した時、世界は新たな局面を迎える事だろう。
だがそれは、今ではない。
まだまだ先の事なのだから…。
■■■
ダストンがそんな一日を過ごしている頃、ルキリア王国軍に緊急の知らせが齎される。
夕刻、1頭の早馬に跨り、ルキリスの街に駆け込む、1人のルキリア学術学院のマルーノの男性教師。
彼は早馬に跨ったまま、長い長い王城までの坂道をひた進む。
王城の衛兵達も、何事かと城門の前で警戒を強める。
「何事かー! 用件を話せー!」
まだ少し距離は有るが、その様子から緊急の用事である事が伺えた衛兵がそう叫ぶ。
「自分は! ルキリア学術学院の教師だ! 今すぐ王国軍の力を借りたい! 事は一刻を争う!」
それを聞いた衛兵の一人が、王国軍の待機所へと急ぎ駆け出す。
その直ぐ後、教師は城門の前まで到着し、荒い息を吐きながら、状況の説明を始める。
「な!? なんだと! それは本当か!?」
「事実だ…。今、シルフレッド教官や、ある程度の戦闘をこなせる教師陣で、なんとか防戦しているはずだ…」
その直後、教師は疲労からぐったりしてしまう。
衛兵は、ぐったりしてしまった教師を、城門の端に座らせて休ませる事にした。
しばらく待つと、待機所に向かった衛兵が戻ってきた。
「戻ったか…。状況は急を要するものだ…。話は彼から聞いた…」
「そうか。ならば、此処の警備を代わってもらう者を呼びに行く。もうしばし待たれよ、教師殿」
「すまない…」
その後、衛兵の一人は代わりの衛兵を連れて来て代わってもらい、教師を連れて作戦室に向かう。
作戦室では、大勢のルキリア上級兵士達が待機していた。
教師はその場で、状況の説明を始める。
「―――と言う状況です…」
それを聞いたのは、たまたまルキリア王国に帰っていた総司令…。ディクス・グルガンその人であった。
彼は、ダーメル王国とインパスア共和国の小競り合いの悪化の阻止に成功し、翌日リヴォース家を訪れようとしていた。
そんな矢先に起きた事件である。
「なんと…。それは早急に手を打たねばなるまい」
ディクスはライアスの息子、ダインとその友達の心配をしていた。
勿論それだけではない、多くの学院生の命と、教師陣の命の心配も当然していた。
彼は即座に決心する、急がねばならないと。
「総員! これよりコブラヒドラ討伐に向かう! 自信の無いものはこの場に残れ! 自信の有る者は儂と共出陣じゃ!」
『応!』
ディクスの命令が作戦室に響き、この部屋の全員が一斉に声を出す。そして、兵士達の準備が始まる。
ディクスは思う…。
(ダインよ…。どうか無事でいてくれ…)
この時、ディクスはまだ知らなかった。
コブラヒドラは…。既に倒されている事を…。
ライアスは? と思われた方も居られると思いますので付け加えます。
この日はとある理由から、少し早めに帰宅しています。




