第六話 戦闘の事後処理と、2日目の出来事
エピタルの森偏。その2です。
さて、俺とマークの二人は、リディスとシンシアに事の成り行きを説明し終えた。
二人は少し不満げにしていたが、一応は納得してくれたようでなによりだ。
納得してくれたら、今度は五体満足で絶命しているゴブリンの処遇について考えなければならないが…。
俺がそう思った時、小走りで走る音が聞こえてきた。
振り返ると、厳ついオッサンが近づいてきていた。
「おい! 大丈夫か!? 怪我人は出ておらんのか!?」
と大きな声をあげたのは、シルフレッド教官だった。
俺達4人は、顔を見合わせる。俺が代表で教官の言葉に答える。
「教官! こっちです! 怪我人は出ておりません!」
それを聞いた教官は、走る速度を上げ、一気に俺達の元に駆け寄る。
俺達に近付いた教官は、驚きの表情をしている。
「な!? これは…。お前達がやったのか!?」
嘘を言っても仕方が無いので、ここは真実を伝えよう。
「はい、俺達がゴブリンの集団を討伐しました。正確には、ここに一匹…。形が無事なのは居ますけど」
俺が、五体満足で絶命しているゴブリンを指差すと、教官の顔付きが更に驚愕に変わる。
「なん…! だと…! お前達は中等部ではないのか? ここまでの事が出来よう筈も無い…。 と言いたい所だが、ここにはお前達しか居ないようだ、信じるしかあるまい」
俺達ってそんなに弱く見えるのだろうか? もう少し厳つい感じなった方が良いのかな?
いや、そんな事より、ゴブリンの処遇と、寝台の生徒が無事かの確認だな。
「教官、それはまた後でお話しましょう。今はこのゴブリンをどうするのか? と言うのと。寝台の生徒の安否です」
俺の言葉を聞いた教官は、ハッとした顔になり、腕組みをし、うむ! と一度頷く。
「うむ! そうだったな。お前たちは寝台の生徒の安否を確認せよ! 我輩がこのゴブリンを燃やしておく」
ん? 燃やす? どう言う事? いや、そんな事より寝台の生徒だな。
無事で居てくれよ…。
俺達4人は、皆で襲われた寝台の扉を開く。
するとそこには、マルーノの女性1名、ドワーフの女性2名、エルフの女性2名の、計5名が一つに集まってブルブル震えていた。
体の発育具合から察するに、高等部の生徒だろう。
俺は心の中で突っ込みを入れたくなる。
何故女性ばかりで固めたのか? とね。
取り敢えず、早くこの女性5名を落ち着かせなければならない。
こういう時は、やっぱり女性同士が良いであろうと思い、リディスとシンシアに目で合図を送る。
すると、二人は一度軽く頷き、震えている女性5名の元に近寄る。
「あのぉ、大丈夫ですか? お怪我は有りませんか?」
とリディスは優しく話しかけている。
とても気が使われた話しかけ方だが、パンチ力に欠けるな…。
「どもども~、外はクッさいけど、もうゴブゴブは居ないから平気ですよ~」
これはシンシアだ、いやね…。安心させたいのは分かるけど…。
ゴブゴブってのはチョット無いんじゃないのかな?
クッさいのは…。うん、事実だ。
う~む、まだ震えていらっしゃる。
と思っていたら、震えてる女性5名の内1名が此方を見ている。
カチカチと歯の鳴る音が聞こえる、まだ怯えていらっしゃるようだ。
「あ、あ、あの…。助けて…。下さって…。あ、あ、ありがとう…。ございます」
ドワーフの女性だった、ブルブル震えている。
俺達4人は、その震える女性達5人に、布と毛布を被せる。
「なぁ? 中に居たのは、あんた達だけか?」
これこれ、マークよ、そんな雑な聞き方はおよしなさい。
「そ、そうよ…。私達5人だけよ…」
あら? 意外と効果があったのか? それとも落ち着いてきたのか?
それはそうと、搭乗者は5人だったようだな。
と言う事は、全員無事だという事だ。
早速、教官に知らせに行かなくては。
俺はリディスとシンシアに、震えている女性の介抱を頼み、マークと一緒に寝台を出る。
寝台を出ると、メラメラと炎を立てながら、何やら燃えている。
まぁ、何が燃えているかは、考えるまでも無いがな。
俺とマークは、腕組みして仁王立ちしている教官の下に行き、寝台の搭乗者が無事な事を伝える。
「教官! 寝台の中に5名の女生徒が居りましたが、全員無事です!」
教官は俺に振り返らず、メラメラと燃える炎を見つめながら答える。
「うむ! そうか、全員無事ならば良かった。一つ質問が有る」
「質問? ですか?」
「そうだ、この辺りに飛び散った、ゴブリン共の肉片だが、お前達の誰がやったのだ?」
仁王立ちしながらギロリと俺を見る教官…。非常に怖いです。
俺は勇気を振り絞って、事の成り行きを全て吐いた。
「――――と言う訳なんです…。信じて貰おうとは思っていません」
教官は神妙な顔をしながらも、仁王立ちしたまま俺の話を聞いていた。
それから少し間を置き、教官が俺を一目見て口を開く。
「そうか…。俄かには信じられんが…。この状況から見ても、信じるしかないだろう。そう言えば、お前の魔結晶は黒…。だったな?」
ん? 俺の魔結晶の話が何故今出てくるんだろう?
「え? はい、俺の魔結晶は黒ですが…。それが何か…?」
教官は仁王立ちのまま一度頷き、少し何かを考えた後、俺に語りかけてきた。
「いや、少し気になったのでな…。ただ聞いただけだ」
「そう…。ですか…」
「それよりも、良く寝台を守ってくれたな! 例を言うぞ!」
教官は、俺の頭をグシャグシャと撫でててそう言った。
なんだかチョット照れるな…。
あ! 気になってた事を聞かなくては!
「教官、何故護衛を雇わなかったのですか?」
俺がそう言うと、教官は伐の悪そうな顔になった。
これは何か有りそうだな…。
「それはだな…。昔、冒険者を雇って護衛をして貰っていたのだが…。生徒と一悶着あってな…。それ以来、歩哨も護衛も、我輩達教官と、戦闘経験の有る教師達だけでするようになったのだ」
あ~、なるほどな。
だから教師陣だけで護衛してたのか。
納得だが、危険過ぎやしないか?
ま、その分浮いたお金を他に回せるようになったんだろうが…。
「そうなんですね、深くは追求しませんけど。俺的には、今後は上級生の方々にも、歩哨に出てもらった方が良いのでは?」
「ふははは! 面白い事を言う奴だなお前は! 本当に10歳なのか?」
「正真正銘の10歳ですよ」
俺は笑ってそう答えた。
すると、介抱を終えたのだろう、リディスとシンシア、マークが近付いてきた。
「おーい! ダイン! 先輩達は歩けるようになったぜ!」
「ダイン、チョット気になってるんだけどさ、この臭いはマズイんじゃないの?」
「そうだよね、まだ臭ってるし…」
3人とも口々に色々言っている。
確かに、この臭いはどうにかしたいな…。
魔法で洗い流すとかしないと無理だろうが、どうやるんだろ?
と思っていると、教官が答えてくれた。
「うむ、そうだな…。水属性の攻撃魔法を弱めに使って洗い流した方が良いだろう。誰かこの中で、得意な者は居ないのか?」
やっぱり洗い流すのか!
いや待て、俺が魔法を行使したら、絶対に無茶苦茶な状態になる。
ここはリディスに任せたいが…。
「それなら、あたしがやります!」
おぉ! リディス! ありがとう!
俺がやらなくて良かった…。
俺がやったら、洗い流すじゃなくて、押し流すになってただろうからな。
「そうか、では君に任せよう」
「はい!」
リディスは襲われた寝台に向かい、中の女性とを一旦外に誘導している。
それが完了した後、リディスが魔法を行使する。
リディスは魔法の調整が非常に上手い、強弱のつけ方は俺達の中でもトップだろう。
俺達は、襲われた寝台と、辺りの肉片が綺麗に森の方へ抜けるのをジッと見ていた。
流れ終わる頃には、辺りの異臭も綺麗サッパリ消えていた。
しかし見事なもんだ、完璧な調整だった。
辺りが綺麗になった後、襲われた寝台に居た女生徒達は俺達にお礼を言って、寝台に戻り、着替えを始めたようだった。
5名共、とても美人さんだった。
そして、この騒動が終わった後、辺りはすっかり明るくなっていた。
俺達も、自分達の寝台に戻ろうとした時。
「待て! お前達!」
教官が俺達を呼び止めた。
まだ何かあるんだろうか?
「これから朝食が始まるが、その後は戦闘訓練となっている。我輩はお前達に興味が沸いた。そこで、我輩自ら、お前達の訓練を見てやろう」
どうやら気に入れたらしい。
俺は構わないが、他の3人はどうなんだろう?
俺達4人は顔を合わせ、お互いに頷きあう。
『よろしくお願いします!』
俺達4人は一斉に返事をし、一旦お辞儀をし、自分達の寝台に戻って着替えを開始した。
着替えた後、朝食が始まった。
それぞれの寝台に朝食が運ばれていく。
俺達も朝食を受け取り、美味しく頂く。
今朝のメニューは、固めのパンと具沢山の野菜のスープだった。
朝食後、俺達4人は教官の下に向かい、訓練を開始した。
辺りには高等部の先輩達が居て、それぞれの武器を手に、素振りや組み手を行っている。
朝の騒動は何処に行ったのやら。
気になる事が有ったので、教官に聞いてみた。
「教官、この時期はモンスターは活発に活動するのでしょうか?」
仁王立ちで厳つい表情をそのままに、俺に顔を向けて答えてくれた。
「いや、今の時期は寧ろ大人しい方だ。何故、今朝方あのような事が起こったのかは分からん。事前調査でも、この辺りにモンスターが出没する気配は無かったのだがな…。明日は森に入る予定だ、何も起こらない事を祈るばかりだな」
おお! 森に入るのか! チョット楽しみだ。
今朝の戦闘のお陰で、俺もモンスターと対峙出来るようになったしな。
俺の緊張を解してくれたマークに感謝だ!
ん? 待てよ? 中等部も森に入るのか?
「もしかして、中等部も森に入るのですか?」
「うむ、毎年の事だが、中等部の生徒は森の浅い部分に入ってもらう」
「なるほど、了解です!」
その後、俺達4人は訓練を開始した。
この場で身体強化の魔法を使うと、一気に注目が集まるだろうと思ったので、魔法無しの組み手をする事にした。
ただ…。当たると痛いので、物理障壁だけは張る事にした。どうかばれません様に…。
因みに、訓練には木製の武器を使う。勿論防具は付けてます。
「んじゃ、俺はマークで組み手するから。リディスとシンシアで組み手って事で良いかな?」
「あたしは良いよ。シンシア、やろう」
「あいよ~。接近戦だね」
「ダイン! 手加減はしねーぞ?」
「ま、程々にやろう」
そう言って、俺達は朝の訓練を開始した。
俺はマークとある程度の距離を離し、お互いに一礼をし、駆け寄る。
俺は槍を斜めに構え、先ずはガードの構えに入る。
マークは上段から大剣を振り下ろす。やっぱり早いな、コイツの動きは。
俺はその攻撃を槍で防ぎ、そのまま左に流す。
マークは攻撃を流されながらも、その反動を利用して回転斬りを繰り出す。
デモニックの身体能力から繰り出される素早い攻撃は、目視出来たとしても避けるのは困難だ。
俺はその回転斬りを、槍の柄を斜めにして流す体制を作る。
マークの攻撃を受け流し、槍を半回転させ、柄の部分でマークの右横腹目掛けて攻撃する。
マークは俺の攻撃を大剣を使ってガードし、タックルの姿勢に入る。
マークのタックルは非常に早く、そして威力も有る。
まともに受けてはいけない。
俺は槍を地面に突き立て、軽く跳躍し、マークの上を取る。
マークはその場で素早く反転し、大剣を下段から上段へ斬り上げる。
モーションが多いので、俺にもハッキリと見えた。
俺はその攻撃を槍を使ってガードし、マークから距離をとりつつ着地する。
お互いが動き出そうとした時、教官から待ったが掛かった。
「それまで!」
俺とマークは戦闘の構えを解き、武器を地面に突き立てる。
「お前達、本当に中等部か?」
あちゃ~。チョット本気になってたかもしれないな…。
「はい、中等部です」
「いや…。しかしな…。どう見ても、正規の王国軍の動きだったぞ…」
やっぱりそこを突っ込まれるのか…。
さて、どうやって言い訳しようかな? いっそ正直に話すか。
「はい、王国軍に勤める父より習いました。俺達4人は全員そうです」
「やはりか…。あの女生徒2名も、かなり腕が立つようだからな」
リディスとシンシアはまだ組み手をやっていた。
しばらく見ていると…。
おっと、今日はシンシアの勝ちみたいだな。
最近負け越してたから、嬉しいだろうな。
俺とマークは、今引き分けにされたけどね。
「ふぅ~。今日は負けちゃった」
テヘヘって感じで舌を出すリディス。チョット可愛い。
お互いに武器を引きながら会話している。
「いんや~、今日はたまたまよ、何時もなら今の弾かれてたし」
やれやれといった感じに手を振るシンシア。
こう言う時も何時もの態度を崩さないのがシンシアだ。
「しかし…。ここまでやれると驚いたぞ! 明日の実地訓練は、お前達には護衛は必要ないかも知れんな。だが、油断はするなよ?」
俺達4人は一斉に返事をし、その後は組み合わせを変えながら組み手を行った。
時々、高等部の生徒の目線が気になったが、そんなのお構いなしだった。
中等部の先輩達は、終始目を丸くしていたが、俺達に話しかけてくる様子は無かった。怖かったんだろうか?
朝の訓練も終わり、昼食となる。
昼食後は、今朝と同じく戦闘訓練が行われた。
先輩達は、魔法の訓練をしているようだった。
俺が魔法を使うと、トンデモ状態になるので、昼も組み手を行った。
勿論身体強化は無しで、障壁のみ使ってたけどね。
そんなこんなで、今日のプログラムは終了した。
なんと、今日の夕食は、森の前に在る開けた広場で行った。
キャンプファイアーみたいで懐かしかった。
夕食後、俺達は自分達の寝台に向かった。
「はっはっは! 今日も良い運動が出来たぜ! な! ダイン!」
そう言って、俺に肩を組んできたマーク。
悪い気分じゃ無い、寧ろ友情を感じる。
「そうだな、俺は結局お前に負け越したけどな」
「魔法無しじゃ仕方ないだろ? 種族差ってのも有るんだからよ」
「そうだな」
全くその通りで、デモニックの身体能力は非常に高い。
他種族より、頭一つ抜けている。
それでも、身体強化を使ったら、俺とマークはほぼ五部になる。
リディアとシンシアは、マークにあまり勝てていない。
身体強化を使わなければ、俺はこの中でも最弱になる。
シンシアの接近戦はスピード重視だし、リディアの剣術と盾術は巧みだ。隙が少ない。
「でもさ~、魔法有りだったら、ダインが一番強いんじゃないの?」
何時もの、頭の後ろで手を組んだままのシンシアがそう言ってきた。
一番ってのはどうかと思うよ?
「そうだよね~、魔法有りのダイン君は、非の打ち所が無い位メチャクチャだもん」
メチャクチャって思われてたんだ…。チョットショックです…。
「ま、俺の魔結晶の効果だろうから、俺自身の実力じゃ無いと思うけどな」
その後も雑談しながら移動し、寝台で着替えを済ます。
この夜、俺達は寝台の屋根に上り、星空などを見ながら友情を深めていったのだった。
ダストンが居ないのが、非常に残念であるがね…。
どうにかして肉付けしようとしたら…。こうなりました。