試練の始まり
先週は体調不良で休んでしまい、申し訳ありませんでした。
今週より、再度よろしくお願いしますm(__)m
食堂へと少し早めに集合した俺と雪穂、そして天使たち。その表情は硬く、お互いに話もせずにただその時を待っていた。もう少しで太陽が天頂へ到達する。そう、神が執り行う儀式が間もなく始まるのだ。じりじりと肌を焦がす様な焦燥感は、時間が経てば経つほど増していく。そしてついに、その時がやってきた。円卓に薄く刻まれていた魔法陣が地面へと落ち、膨張を始めたのだ。その魔方陣は数秒かけて部屋中に広がると、音もなく天井方向へ上昇を始める。しかしさっきと違うことが一つ、その魔方陣は銀の光に包まれているのだ。そして、その魔方陣が通り抜けた先から順に、調度品などの物が消滅していく。いや、物だけじゃない、そこに立っていた天使たちも、そして俺たちも。頭のてっぺんを魔法陣が通り過ぎた時、俺は浮遊感を感じた。例えるならエレベーターに乗って次の階へと移動する時のような感じだ。数秒それが続いた後、真っ暗だった視界が急に開けた。辺りを見回してみると、どうやらどこかの部屋のようだ。殺風景な部屋で、調度品も何もない。しかし、その部屋に似つかわしくないほど丁寧で豪華な装飾が施された扉が1枚、目の前にある。そして、その先からは歓声のようなものがもれていた。間違いない、あの扉の先が決戦の地、儀式が執り行われる戦闘場だ。しかし、なぜ歓声が聞こえるのだろうか。儀式というぐらいだから厳かに行われるものだと思っていたのだが…まあ、深く考えていても始まらない。俺たちは全員で頷き合うと、扉を開け放った。
目に飛び込んできたのは砂に覆われた地面と土色の観客席、そして俺たちが出てきた扉と対角線上にあるもう一つの扉だった。観客席には大勢の人(おそらく天使)が集まっており、所かまわず大声で騒ぎ立てている。俺たちが入ってきてから、その歓声はさらに大きくなっていた。しかし、何なんだここは。形状と言い観客席と言い、まさしくこれは…
「闘技場…だね」
雪穂がいつものように俺の心を読んだかの如く呟き、こちらを見上げてくる。闘技場、古代ローマ時代に建設されたという円形の建造物で、剣闘士の戦闘や模擬海戦などが行われていたと言われているものだ。「パンと見世物」とうたわれた当時の見世物の方に分類される剣闘士の戦闘では、数百人に及ぶ死傷者が出たそうだ。確かにそのようないわれのある場所ならば、戦闘を伴う儀式としては格好の舞台だろう。天使たちが次に仕えるべき者を決める舞台でもあるのだから。だが、どうして神の居住地と呼ばれる第七天がこんな見た目をしているのだ?俺の想像の中の第七天は、神が鎮座し高位天使がそれを中心に集まっているような、そんなところだったのだ。いや、実際伝承ではそのようにえがかれることが多い。しかし、実際はこれだった。ここにはどんな意図が…いや、もしかしたら意図などないのかもしれない。だがしかし、もし仮にこの闘技場化した第七天が伝承の間違いなどではなく、この儀式のために用意されたものなのだとしたら…
そんな考察をしていると突然、鐘の音が響き始めた。教会の鐘のような音のそれは、ゆっくりと、だが確実にその音を刻んでいく。そして、その音が12回目の音を響かせたとき、地鳴りのような音が聞こえた。いや、実際に地面も揺れている。地上世界でいう地震が比較対象としてはいいものだろう。しかしここは天界、地上世界と似通った所はあるものの地上とは異なる世界。そもそも地震を起こすに至るプレートというものが存在しない。そんなところで揺れが起こるとは、つまり近くで何かしらの現象が起きていること以外ありえないのだ。慌てて周囲を見回すと、俺たちが通ってきたものと反対側にある扉がゆっくりと開いていくのが目に入る。どうやらその振動が地面をも震わせているらしい。さらに、扉の上昇に伴って歓声も徐々に大きくなり、開き切るころにはもはや歓声なのか悲鳴なのか判断がつかないところまで行きついていた。俺たちの時にはさほど大きくならなかったことから鑑みるに、その先から出てくるのはよほどの人物なのだろう。というか、闘技場において出てくる奴なんて戦闘相手以外にはありえない。そして俺たちがこちら側にいる以上あそこから出てくるべきは、この儀式を開いた人物であり、この世の最高権力者でもある、神ただ一択だ。そんな俺の思考を読んだのかは分からないが、そのことが頭の中で結論づいた瞬間、暗い扉の奥から一人の老人が杖をつきながら現れた。刹那、会場の観客勢の歓声とは称せない、もはやだれにも止められぬ狂気の声と思っていたものが一瞬で消えうせる。同時に俺たちもプレッシャーを感じた。それは幾分かましになっているとはいえ、生命の樹がある楽園で感じたものと同じもの。自分に対する絶対強者を目の前にしたときに生じる圧だ。同時に本能がここから一刻でも早く去るように警鐘を鳴らし始めるが、そんなことは無視して、逆にしっかりと神をしっかりと睨み付けた。
「よう、久しぶりだな」
敬語などはもう必要ない。これから倒すべき敵に目上の者だという意識を自身につけてしまえば、勝ち目は格段に落ちる。たとえ失礼に当たるのだとしても、今は考えないほうがいいのだ。そんな俺の態度に嫌な顔一つせず、神はこちらへと視線を合わせた。
「ようこそ第七天へ。挑戦者よ、覚悟は良いか?あと1日なら譲歩することはできるが、いかがするかね?」
「「断る!」」
最終確認とでもいうように、こちらの顔色をうかがってきたかけられた質問に、俺たちは声をそろえて否定する。ここまで来たのに覚悟ができていないわけがない。そもそも、指定日を絶対不変の日としていることは天使たちから説明されている。そう、おそらくこの質問からすでに儀式は始まっているのだろう。自身の決意すら固まっていないものに神を名乗る資格ははなから無いと。この質問に肯定の意を示して1日待ってもらったとしたら、その1日で下界に落とされるか殺されるかするはずだ。
「ふむ、では次に行くとしよう」
やはり想定通りだったようだ。第一の試練といったところか。ここから先、その一挙一動が試練と直結したものとなる。そして、一つでも間違えれば何かしらの処断が下されるのは明らかだ。守護天使もこのようなことがあることは話していなかったことから、儀式を受けるまではひた隠しにされるという規定があったのだろう。それこそ、破れば死んでしまうような規定が。それすらも承知の上で、守護天使たちは俺たちの訓練に付き合ってくれていた。全く、大した奴らだぜ。しかし、感慨にふけるのはまだ早い、次の試練となるであろう言葉が紡がれ始める。
「守護天使たちよ、そなたらはこの者たちを認めるか?もし、認めるというのなら…」
そこで一度言葉を切る神。今度は俺たちではなく守護天使たちに言葉が向けられている。俺たちが真に信用に値するものかどうか、10日間そばで見てきた元自身の従者に確認をとるということなのだろう。ここまで神が信用し、世界の根幹たる生命の樹を守護させてきた者たちだ。全面的な信頼があるに違いない。
「今ここで死ね」
しかし、続いた言葉は恐ろしいものだった。俺と雪穂はあまりの言葉に息をのむ。それは低くしゃがれた、悪魔のような声。これまでの優しいおじいさんという全てを包み込む神の立場からでた言葉ではなく、冷たい全てを見下ろす裁定者たる神の言葉。しかし、守護天使たちは当たり前だというように自らの武器を取り、自害を始めようとする。
「くそっ!雪穂!」
「分かった、お兄ちゃん!」
守護天使10人に対して俺たちは二人、守護天使全員が同時に自害しようとしている今、全員救うことはできない。だが、それは一般論だ。俺と雪穂ならば出来ない事は無い。切り札として取っておくべきものなのだろうが、こうなってしまった以上使わざるを得ないだろう。一瞬で全員の武器だけをその手から叩き落す。時間加速などは使えない俺たちが、唯一できる最善の方法。それは…
「届け!」
「間に合って!」
俺と雪穂は視線だけでどちらがどの5人を担当するかを確認する。そして、共にそれを使った。10人の守護天使たちですら視認できなかった、最速の移動方法、縮地だ。縮地によって瞬間移動にも等しい速度で移動した俺たちは、担当する5人の武器をことごとく叩き落していく。そして、意図して1か所に集めたそれらを、交差するタイミングで守護天使たちの手の届かないところへと、吹き飛ばした。自害しようとしていた守護天使たちは、突然自身の手から武器が消滅したことに一瞬戸惑ったようだが、目の前に肩で息をする俺たちを見つけて悟ったようだ。しかし、一度やると決めたことはやり抜くたちなのだろう、今度は俺たちに殺してくれと懇願してくる。ああ、どうやらこいつらは、主のために死ぬことが最高の忠義だと思っているらしい。この件に関しては、さほど話はしてこなかったのが災いしたか…だが、ここまでのものだとは思わなかった。一度しっかり話す必要がありそうだな、そう、今すぐにでも!
「おい、お前ら!自分の判断で勝手に死ぬんじゃねぇ!お前らには、お前らにしかできない事があるんだ!死ぬことこそが最高の忠義だ?笑わせんな!お前らの変わりはどこにもいねえんだよ!俺が戦友と認め、これから共に戦っていくお前らの変わりは!分かったか?今後、こんなことを考えたら、俺と雪穂が黙ってないから覚悟しとけ!」
どう考えても俺たちより長く生き、そして俺たちよりも知恵ある者たちを前に、俺は怒声を上げる。しかし、それはただ怒りを擦り付けているわけではない。守護天使たちがここまでやってきてくれたことへの感謝、そしてこれからも共に歩んで行きたいことを伝えるために必要なことだと、俺が感じたからだ。はたから見たら、それは間違いに見えるかもしれない。俺だって間違えることはあるだろう。しかし、俺たちの関係において、この判断は間違っていないと俺は信じている。共に戦い、共に暮らした時間は、短くとも中身の濃いものだった。それこそ、通常の関係が何年もかけて紡いでいくものに勝るとも劣らないものとなっている自信がある。それゆえ、あそこまでのことを言ったのだ。どうでもいいのなら怒りを覚えることすらしない、無関心を貫くだろうから。俺の怒声を聞いて、その場に崩れ落ちてしまった守護天使たちだったが、メタトロンとサンダルフォンを皮切りに一人、また一人と立ち上がり、俺に真っすぐな眼差しを向けてくる。そして、全員が立ったのを確認すると、代表としてメタトロンが一歩こちらへ歩みを進めた。
「悠樹君、雪穂さん、我々のためにここまでしてくれたこと、感謝する。そして、これからも共に歩み続ける仲間として、我々を認めてはもらえないだろうか?」
「ハッ、何を言ってやがる!俺はお前たちのことをハナから認めているさ!これからもよろしくな、相棒たち!」
「うん、私も最初から気持ちは変わってないよ。よろしくね!」
俺たちの関係はこれで完璧なものとなったとは言えないだろう。しかし、一つの山を越えたことは確かだ。この山をいくつも越えていく、それこそが関係を繋いでいくうえで重要なことなのではないだろうか。これからは、よりいっそう深い関係の仲間として、共に行くことができるはずだ。そのためにも、まずはこの試練を突破しないとな。俺たちは神のほうへと向き直る。するとそこでは、神が手を叩いていた。
「やりおるのぉ、ここまでは合格じゃ。では、最後の試練といこう!」
両者ともに、一度目を閉じて呼吸を整える。次に目を開いたとき、神の視線は真っすぐにこちらを直視していた。震えそうになる体を必死にこらえる。ここでまいってしまってはいけない。これから先にあるのは間違いなく最も厳しい試練になるのだから。一度大きく吸った息を吐き出す。同じように神も息を吸い込むと、口を開き、その言葉を発した。透き通るように響き渡る最終試練の内容、それは…
「儂と戦い、勝利して見せよ!」