儀式の真相
開け放たれた扉の先には赤いじゅうたんがひかれた部屋が広がっていた。廊下も同じく赤いじゅうたん仕様なので、これと言って変化はないのだが、それでも広さは廊下とは比べ物にならない。高い天井は城の二階層・・・いや三階層分は使っているだろう。他にも甲冑やら、高価そうな絵やら、シャンデリアやらがあるのだが、その中でも一際威容を放っているものがあった。部屋の真ん中に鎮座している、巨大な円卓である。白い大理石でできたそれは室内環境と見事にかみ合っており、荘厳さがにじみ出ていた。そして、円卓を囲むように並べられた席には守護天使がそれぞれついているのだが、それもまた絵になっている。しかし、ざっと見た感じ席の数は10、つまり守護天使たちですべて埋まっている。食事に誘う側としては、席を確保しておくのは当然の事のはずだ。いぶかしげに思っていると、俺たちが中に入ったのを確認したゼブルが扉を閉め、恭しく一礼して声を上げた。
「皆様、悠樹様並びに雪穂様を連れて参りました」
その声が室内に響いたとたん、天使たちが一斉に立ち上がった。そして、全員が俺たちの方へと向くと、姿勢を正す。一体何が起きているのだろう、理解できないまま動けずにいると、天使たちの中から一人、こちらへ数歩歩み出る者があった。メタトロンだ。メタトロンは自分の席から二歩ほど俺たちの方へ近づくと、深い礼をして俺たちを見つめる。その視線は真っすぐで、これから語られることがいかに重要なことなのかを身をもって体感させてきた。おそらく、これ以上聞いたら後戻りはできない。そう本能が訴えかけてくるが、俺はその注意をかき消した。ここまで来たんだ、行くところまで行く覚悟はできている。それに、俺は一人ではない。姉ちゃんが帰ってしまったのは想定外だったが、雪穂がそばにいる。それだけで俺の中の可能性は大きく広がるのだから。そんなことを思いながら雪穂の方を横目で見ると、雪穂も同じくこちらを見ているところだった。考えは一緒のようだ。
「それで、会議とやらの結果はどうなったんだ?」
「私たちなりに答えを用意いたしました。しかしお答えさせていただく前に、こちらへお願いします」
そういって案内されたのは円卓の反対側。そこにはサンダルフォンが立っていた。俺たちが近付いてきたのを確認したサンダルフォンはそこから離れ、俺たちを挟む形でメタトロンと対象の位置に立つ。そして、二人同時に目の前にあった壁に手を伸ばした。
「「我ら星の存続を司るもの!今こそ盟約の時なり!真の姿を主がもとに示せ!」」
言葉とともに食堂全体が揺れ始める。軽い地震があった時のような揺れだ。しかし、ここは天界、プレートが影響する地震なんてものが起きるはずがない。何かがこの周辺で起きているのだ。そう思ってあたりを見回すと、目の前にあった煉瓦製の壁が崩れていくところだった。やがて振動が収まると、そこには人が一人入れそうな穴が開いていた。ドアのない入口のような感じだ。
「さあ、この先へ」
メタトロンに促され、俺たちは穴をくぐる。するとそこには、同じく赤いしゅうたんがひかれたもう一つの部屋が現れた。しかし、まったく同じなわけではない。部屋の中は先ほどの部屋よりは狭く、円卓はなかった。そこにあったのは大きく豪奢な椅子と、それに勝るとも劣らないほど豪奢な机。それぞれに細かな彫刻などがあしらわれており、思わずため息が出てしまう。また、その机と椅子は一つではなく、机をつけた状態で二つ存在していた。こんな例えをするのもなんだが、学校で隣の席の子と机を引っ付けた感じだ。規模は違うが・・・。これは、ここに座れということなのだろうか。俺たちは本当に何をさせられるのだろう。不安でもあるが、楽しみでもある。そんな心情を抱きながら、俺は雪穂とともにその席に座った。すると突然床がせり上がり、俺たちを家具ごと押し上げ始める。いきなりのことに驚いたが、それも数秒のこと。気づけば俺たちは地面から10mほど上がっていた。下を見るのが怖いというほど高くはないが、落ちたら大きなけがをすることは確実だ。何とか降りるすべも、と考えていると、俺たちがもといた部屋へ向かって階段が伸び始めた。その階段が地面につながると、一気に目の前が開ける。抜けてきた壁が消滅したからだ。崩れたとか、割れたとかそういうものではない。文字通りあとかたもなく消滅したのである。そして再び現れる円卓と天使たち。しかし、天使たちは先ほど円卓の定位置から立った時とは違い、サンダルフォン・メタトロンを中心に横一列に並んでいた。その姿勢は直立不動、いささか仰々しすぎる気がしないでもない。
「悠樹様、雪穂様」
事情を説明しようと口を開きかけたとき、先ほど同様、メタトロンが少し前に出て礼をする。どうやら、遂に始まるようだ。昨日から天使たちが約一日かけて出した答え、その話が。
「では、単刀直入に・・・あなた方には神となっていただきます」
ザッとじゅうたんをする音が聞こえた次の瞬間、天使たちは俺たちに対して服従の姿勢をとっていた。片膝立ちで拳を地面につけ、頭を垂れるという典型的なアレである。突然の、それも本当に単刀直入なその発言に、俺たちは言葉を失った。神になる、それは天使たちの主となれということなのだろうか。それとも・・・
「その実現のため、我ら天使一同はこれよりあなた方に忠誠を誓います!」
考えがまとまらないうちに、さらに言葉が紡がれる。天使が助力し、そして俺たちが神になる。神が言っていた儀式とはこのことを指していたのだろうか?神の世代交代があることは知らなかったが、実際神と天使がそれをほのめかすようなことを言っている。これは本当に文字通り神になるということなのだろうか。
「その為の儀式・・・なんだな?」
「はい。そして大変申し訳ございませんが、まだ力不足を否めません。そのため、これより儀式の日まで戦闘訓練を行います。最終的には我ら対あなた方で勝利していただけるほどを考えております」
「その戦闘訓練の到達目標・・・おにいちゃん、これって・・・」
おそらく雪穂の懸念は的を射ている。守護天使は俺たちと同等かそれ以上の実力を持った者たちの集団だ。一度第五天でサンダルフォンと戦ったが、ほぼ不可視の攻撃を容赦なく放ってきた。それも、一撃一撃が半径3mのクレーターを作るレベルのものをだ。対応できなくはないが、確実な突破口があるわけでもない。そんな相手があと9人、いや、守護するセフィラの番号が1に近づくほどに強くなることを考えれば、サンダルフォンは一番弱いことになる。さらに、回復ができるサリエルや、その他補助魔法などを持っている天使も敵に加わるとなると、単純に足して10といった戦闘力にはならないだろう。それを2人で、倒すよりも難しい、殺さずに勝利することをしないといけないなど、並みのものではない。つまり、俺たちは近々そのレベルの相手とたたくことになるということだ。そう、それこそが儀式の本当の意味。
「神と戦って勝利する・・・それが儀式の本質か・・・」
「ご明察。我々天使が仕える神は一人でございます故、どちらか片方がいなくならなくてはならないというわけでございます」
呟くような俺の言葉に、メタトロンが律儀に答えてくる。オブサーバーをあれほど簡単に倒してしまった神、それと戦闘を行い勝利しなければ神として認められない。いや、認められないどころか命を落とす。俺たちが死んだところで悲しむ家族がいるわけではないが、これまで一緒に戦ってきた仲間たちを悲しませるわけにはいかない。それならば、もう一つ選択肢がある。
「もし、辞退すると言ったら?」
「申し訳ございませんが、神の定められたことは絶対でございます。あなた方が仲間の元へお帰りになられても、きっかりの時刻に強制的に連行されてしまいます」
強制連行までされるのか。その場合はおそらく何かしら強引な手段を使うのだろう。そうなれば俺たちだけでなく、周辺にも影響が出るかもしれない。仲間たちを想ったはずの行動が裏目に出てしまえば元も子もない。それに、神と戦うなんて想像していなかったとはいえど、今まで散々啖呵を切ってきて、はい、やめましたなんて言えるはずがない。それに、雪穂もいることだしな。
「雪穂、付き合ってくれるか?」
「うん!」
断られることは考えていない。これは俺たちの気持ちを新たに物事に取り組む際の恒例行事だ。もちろん逆に俺が雪穂にこう言われれば肯定で答える。そうやって俺たちはすべてを乗り越えてきた。今回も大きいかもしれないが、壊す壁が出てきたにすぎない。ここで間違えてはいけないのは、壁を乗り越えるのではないということ。乗り越えるには多少なりとも妥協があるものだ。そう、妥協はあってはならない。自分たちの道に邪魔な物が現れるのならば、自身を貫いたまま壊していく。それぐらいのいきでやってこそ、道は開けるものなのだから。
「もう時間は無い!俺たちに使えるというのなら過度な敬語はやめろ!時間の無駄だし、戦友同士の会話に敬語はいらないだろう?」
「私たちは戦友として認めているから、よろしくね!」
俺たちの言葉に天使たちははっとして顔を上げる。しかし、気持ちの整理がついていないようでなかなか話しかけてこない。そんな中一人の天使が立ち、俺たちに向けて言葉を発した。それは一番初めに俺たちと会い、これまでの多くでともに戦ってきた仲間。サンダルフォンだった。
「悠樹殿、雪穂殿、これからまたよろしく頼む!」
その一言を皮切りに全ての天使が立ち上がり、口々にあいさつをし始める。しかし、その言葉に敬語はない。ここに、俺たちは主と従者としてではなく、戦友としてもう一度関係を紡いだのだ。
「それでだ、俺は雪穂と飯を食いに来たんだが、どうするよ?」
「そういえば私が誘ったのでしたね。誘っておいて忘れるとは・・・申し訳ない。これからの方針も考えなければいけませんし、ご飯を頂きながら話をするとしましょうか」
おいおい、忘れてたのかよ。円卓の上にずっと料理乗ってたじゃん。おいしそうな匂いもしてたじゃん。っと、なんかツッコミが日常茶飯事になってきている気がする。これは、お互いよくわかってきた印として受け取っておくとしよう。そうでもしなければ、さらにツッコんでしまいそうだからな・・・
「俺たちもそっちに混ざっていいよな?上と下ってのはなんか居心地悪いからさ」
下にいる天使たちへ声をかける。10mとはいえ、高いところは高いのだ。せっかく同じ戦友として仲良くしていこうという話をしたというのに、こちらだけ上にいては意味がない。仲間として必要なのは豪華な椅子や机ではなく、共に話をしてお互いをよく理解することだろう。これに勝るチームワークを伸ばす方法はおそらく存在しない。少なくとも、俺はそう信じている。これから始まる訓練は並大抵のものではないだろう。それでもやらなければならないのだ。別に神になりたいと明確に思っているわけではない。それはたとえ今回のように神に気に入られて、儀式の開催を宣言されたとしてもだ。だが、雪穂を失うことだけは何があろうと許されない。雪穂のためなら俺は神殺しにでもなろう。でも、その前に腹ごしらえをしなければ。腹が減っては戦はできぬって昔の人も言っていることだしな。
「さて、やりますか。ほら、雪穂」
「ありがとう。じゃあ、行こっか」
独り言をつぶやき、俺は玉座らしき物から降りてきた雪穂に向かって手を差し出す。そのまま自然に手をつないだ俺たちは、天使たちが待つ円卓へと階段を下りていった。