閉幕と開幕は隣り合わせ
俺たちは、全てのセフィラを内包する存在であるダアトを取り込み、化け物と化してしまったもう一人のアーサー王を打倒するため、生命の木の実を食べた。それにより神に等しい力を手に入れ、力の一つである創造の力を使い、対化け物用の武器を創造した。それが現在俺たちの手に収まっている武器だ。失われた黄昏の聖十字と酷似しているが、刀身が紅から純白へと変化している俺の武器、自由たる聖十字。村雨よりもリーチが長く、刃や切っ先が鋭くなった雪穂の武器、邪滅姫。そして姉ちゃんの剣、かの湖精より与えられし聖剣・・・は化け物に対抗できないので少し細工を施されてもらった。刀身も重さも見た目も何もかもがそのままだが、化け物には効果を持つように。勝手に名前を付けるとするならば、聖絶剣といったところだろうか。やたらヨーロッパのとある国の言語を使いたがるのは、もはや趣味になってきている。最初は海を渡った大国の言語だったのに・・・と、そんなことはどうでもいい。今は集中すべき時、おそらくこの戦いがすべての終着点になる。天使たちの拘束が説かれた今、化け物は五体満足に動かせる状態だ。
グルァ!
化け物が一声咆える。それは今まで拘束され、何もできなかったことを怒っているような、そんな声に聞こえた。次の瞬間、予備動作なしで巨大な剣が頭上から降ってきた。最後の剣だ。三角の陣形をとっているため、雪穂が左へ、姉ちゃんが右へ、そして俺がさらに直進することでその攻撃をかわす。しかし、さすがは化け物の怪力だ、俺たちに当たらず地面に激突した剣をそのまま左にスライドさせる。その先にいるのは姉ちゃん。生死不明のため木の実を食べられず、力を得ていないその体では、たとえ刃でない部分が当たったとしても死は免れないだろう。しかし、ここで陣形を崩して助けに行くのは作戦から外れた行動だ。作戦からの逸脱は集団戦において、致命的なミスとなりうる。それになにより、自ら囮をやるといった姉ちゃんを信じなくて、何が姉弟なのだ。俺は助けに行きたい気持ちを堪えると、もう一度化け物を見据え、さらに速度を上げて駆け始めた。雪穂も同じなのだろう、少し唇をかんだ後、俺に続いて速度を上げる。攻撃がそちらに行っているのなら今が好機なのだ。その時、黄金の光が周囲を満たした。少し遅れて巨大な金属同士がぶつかったようなすさまじい音と、衝撃波が俺たちを襲う。少し後ろを振り返ると、姉ちゃんが最後の剣を自らの剣で抑え、つばぜり合いをしている姿が目に入った。その際に真の力を解放したようだ。
グゥゥゥゥ、ウルァァァァ!
人間ごとき虫のような存在だと思っているであろう化け物が、その小さな相手に剣を防がれたのを見て、怒ったように何度も何度も姉ちゃんに斬撃を繰り出す。しかし、そのことごとくを黄金の光を放ちながら聖絶剣が防いでいく。だが忘れてはいけないことが一つ、あの黄金の光あの光はヴンダーの本流なのだ。つまり、姉ちゃんは一合打ち合うごとにおびただしい量のヴンダーを失っている。それこそ通常の人間なら、一合のみで病院に運ばれるであろう量を。そんなヴンダーの流出をあそこまで続けられるのは、さすが聖剣使いといったところか。しかし、それも長くはもたないだろう。姉ちゃんのヴンダーが切れた時こそ、囮という存在がいなくなる時。それまでに決着をつけなければ、勝てる確率が激減する。その姉ちゃんの防戦のおかげで、俺たちの眼前には化け物の体がグングン近づいてきている。加えて化け物は姉ちゃんに夢中で、こちらにさほど気を向けているようには見えない。今こそが、最初で最後の好機だろう。
「雪穂はこのまま、俺は反対に回る。10カウントで同時攻撃だ。行くぞ」
「OK!」
短い会話の後、雪穂は直進、俺は左へと進路を取り直す。目が姉ちゃんのほうを向いている今、左右の側面から同時に攻撃を叩き込む。10・9・8・・・走りながら脳内で減っていく数字、巨体の後ろを走り抜け、逆サイドへ。3・2・1・・・今だ!
俺と雪穂の体が人間を超えた反射神経と跳躍力をもって、化け物に襲い掛かる。狙うは腕、まずは武器の類を持てないようにすることが大きな戦力ダウンへつながると考えてのものだ。初撃決着を狙って急所らしい部分を狙ってもいいのだが、そもそも人間とかけ離れた姿をしている物の急所がどこにあるのかわからない。加えて、そういった大事な部分には防御が集中しているはずだ。最初に狙うより、少しでもその場を守れるものを減らしてからのほうがいい。完全に奇襲かと思われた俺たちの攻撃は、しかし盾のようなものによって防がれた。
腕に伝わる鈍い衝撃、そして空中での攻撃が防がれたことにより、体が空中に一瞬制止する。そんな隙を化け物が見逃すはずがない。状況を理解していない俺たちに、容赦なく一本の腕が襲い掛かってきた。それは先ほどまで存在しなかった腕。武器を眼前に構えて受けるが、すべての衝撃は抑えられず、俺たちは後方へと吹き飛ばされる。
「―――――ッ!」
そのとき俺が見たもの、それは眼だった。そう、まぎれもない眼球だ。眼球がフワフワと化け物の周りをまわっていたのである。その数およそ数百、小さいがゆえに跳び上がるまで気づかなかった。だが、そうなると厄介度が著しく上昇する。どこから攻撃しようとばれてしまうことになるからだ。奇襲ができないとなると・・・
「真っ向勝負しかなさそうだね、おにいちゃん」
「そうみたいだな・・・」
雪穂の言う通りだ。姉ちゃんが時間を稼いでいるうちに奇襲をと思っていたが、その線はついえてしまった。なら、正面からぶつかるしか道はない。となると、目指すべきは姉ちゃんのところか。
「雪穂、姉ちゃんの援護だ。そのまま剣を突っ切って、真正面からたたくぞ!」
「任せて!」
数百メートルほど飛ばされてしまったが、今の俺たちなら大した距離ではない。オブサーバーの宝物庫を利用した移動に勝るとも劣らないような速度で、俺たちは大地を駆ける。途中で左右に分かれると、姉ちゃんを挟むような形で援護に入ることにする。もうすでに何合目か分からないほどの打ち合い。最初は大きく炎のように立ち上っていた黄金の光も今や勢いを失い、剣の形をした光が少し立ち昇るほど。もちろん光の量に比例して威力は軽減されていくため、最初は押し返していた姉ちゃんも、今は防ぐのが精いっぱいという風になっている。だが、負けたわけではない。
「援護する!タイミング指示を!」
「悠ちゃん、雪ちゃん!」
「来るよ」
俺たちを見て一瞬戸惑ったような顔をした姉ちゃんだったが、何かを察したようだ。すぐに表情を柔らかいものへと変える。だがそれも一瞬、雪穂の言葉でまた真剣な表情へと戻った。とはいえ、少し緊張が解けたような気がするのは見間違いではないだろう。作戦成功のため、自分の囮が失敗するわけにはいかないと気を張っていたのは事実なのだろうから。
「2・1・・・今!」
姉ちゃんの掛け声とともに、俺たちは同時に最後の剣を各々の武器をもって受ける。これまで一人で抑えられていた攻撃だ。今はその三倍、抑え込むことには難なく成功し、逆にそのまま押し返してやる。ガギャンと金属同士ではならないような音を響かせながら、最後の剣が化け物に向かって跳ね返っていく。しかし、化け物もタダで落ちるつもりはないようで、自身に向かってくる剣の軌道を変えると、違う方向から幾度も幾度も剣を振るってくる。俺たちも負けじと、そのことごとくをタイミングを合わせて打ち返し、少しずつではあるが化け物へ向かって距離を詰めていく。何度そんなことを繰り返しただろうか、ついに俺たちは化け物の真下に入ることに成功した。
ギィァァァァ!
自分の剣をことごとくはじき返され、その武器すら届かない位置に陣取られた化け物は、これまで聞いたことがないような声を上げながらストンプを行ってくる。見えている三本の足に、空中から突如出現する幾本もの足を加えて、俺たちを踏み殺そうともがいているその姿は、はたから見ると両者ともダンスを踊っているような風に見えるだろう。しかし、躱す側にいる俺たちは気が気ではなかった。何せ見えないところからの攻撃である。もちろん地面にいる分、さっきの腕よりは簡単なのだが、量が馬鹿にならないのだ。三人で場所が被らないように、時に避け、時に武器で防ぎ、なんとか物量作戦を回避していく。しかし、これではじりじりと追い詰められていくだけだ。一瞬、一瞬でいいからこいつの動きが止まれば、勝機が見えるというのに・・・と、その時だった。空中から数多の武器が降りそそいだのは。突如飛来したその武器群は、一本一本が正確に俺たちを狙った足を打ち抜いていく。後から後から出てくる足も一瞬で打ち抜かれ、俺たちのところまで飛んでこない。
「悠ちゃん、今なら!」
「行けるな・・・よし、解放準備!」
「「了解」」
創造によって作られた武器は、その真名と詠唱をもってして絶大なる威力を持った一撃を打ち出すことが可能だ。しかし、一撃の準備にかかる時間は約10秒、加えておびただしい量のヴンダーを吸い出すため、使用後はまともに動くことができなくなる。一対一の決闘などでは絶対に使用できない代物だ。俺たちがさっきこれを使わなかったのも、二人分の威力では落とし切れるかわからなかったからである。それに、仮に落とせたとしても姉ちゃんを巻き込みかねなかった。だが、今なら可能だ。上に打つため、だれを巻き込むこともなく、対象に近いため十分に威力も期待できる。
「自由たる聖十字・・・」
「邪滅姫・・・」
「聖絶剣・・・」
真名を告げるとともに、自由たる聖十字から何にも染められない純白の、邪滅姫からどんな水よりも澄み切った蒼の、聖絶剣から全てを照らすような黄金の光が放たれる。
「「「告げる!我、終末を望むものなり!その力をもって、我が敵を打ち滅ぼせ!熄滅!」」」
見事にシンクロした詠唱とともに、放たれた光が意思を持ったように動き出し、目の前の化け物へ殺到する。その三本の光帯は螺旋状に化け物を取り囲むと、ひときわ強く輝きだした。刹那、目が開けられないほどの閃光が一帯を支配する。その光が消えたとき、そこに化け物の姿は一欠片も残っていなかった。
「これで終わった・・・のか」
「おにいちゃん・・・」
「終わったのよ・・全部・・・ね」
俺たちはそのまま膝から崩れ落ちた。安心したのもあるだろうが、それよりもヴンダーが底をついていたのだ。ここは楽園。ダアトほどの力をもってしなければ、侵入は不可能の領域。ここで少し休ませてもらおう、そう決心した時だった。
「おい、放せ、このクソ野郎!」
仰向けに倒れた空に見えたのは、オブサーバーとそれを片手で制する老人。
「いい加減にしやがれ!」
何もできないことにしびれを切らしたオブサーバーが、宝物庫を開放して老人に攻撃をしかける。しかし、そのことごとくが老人に当たる前に軌道を変え、逆にオブサーバーのほうへと向かっていく。そんなことは想定していなかったオブサーバー、突然のことに対処が遅れ、何本かまともに攻撃を食らってしまった。
「ゴフッ・・・貴様・・・ッ!」
さらに攻撃を仕掛けようとするオブサーバーだったが、それがかなうことはなかった。突如空中に現れた裂け目に吸い込まれてしまったのだ。恐ろしい吸引力でオブサーバーを吸い込んだその裂け目は、一瞬で閉じてしまう。その間、老人は空中に浮いたまま一切動くことはなかった。その老人が顔を動かし、俺たちを見据えてくる。その瞬間、俺は背中に氷でも入れられたのかと思うほどの悪寒を感じた。勝てない・・・本能がそう呼びかけてくる。ヴンダー枯渇によってほぼ動かせなかった体が、さらに拘束を受けたように動かなくなる。かろうじて少しだけ動かせる目を使って、あたりを確認すると、雪穂もそして姉ちゃんも、さらには天使たちでさえ同様の状態になっているようだった。こいつは一体何者なんだ。そんな戸惑いを読み取ったのだろうか、老人は笑みを浮かべると、その口から初めて言葉を発した。
「儂はの・・・」
月曜日の23時半は、月曜の夜更新に入るのでしょうか・・・?