1-6
「いいか、お前は俺にしか見えてないんだから、おとなしくしてろよ」
「分かっとるわい」
優霽の制服の胸ポケットからは小さな老人の顔がひょっこりと出ていた。
桜が花弁を散らすなか、優霽達は校門前で相談者である凛子の友人を待っていた。
「あ、いたいた。優霽!」
手を振りながら近づいてきたのは、例の友人と思しき大人しそうな少女を伴った凛子だった。
「おう」
優霽は軽く手を上げ、二人に歩み寄る。
凛子が、数歩後ろに立つ友人を見て、
「この子が前に話してた――」
「空知惠です」
凛子の隣にいた少女は、自ら名乗った。
確か、惠は隣のクラスの生徒だったよな、と優霽は彼女の顔を見ながら思い出す。
「あ、どうも」
緊張した面持ちで、優性も頭を下げる。
『素直そうな子じゃのう。うむ、この子なら願いを叶えてやっても良いぞ』
優霽の胸ポケットの中から少し身を乗り出したショウジイが、上からものを言う。
(黙ってろ)
優霽は、顔を下に向け、前に立つ二人に聞こえないように小声で呟いた。
「いま何か言った?」
「い、いやなんでもない」
「……そう」
聞こえないように言ったつもりが、凛子が反応を示したので、優霽は肝を冷やした。
「それより、相談って……」
優霽は今のやりとりを無かったことにするように話題を変える。
「あ、そうそう。惠、話してあげて」
「……うん」
若干、疑問を持っているような表情の惠が、説明を始めた。
「えっと、私、妹がいるんだけど……、その妹が育ててる花が急に萎れてきて……」
「あ、ああ、そっか。それはちょうど良かった。その……俺の知り合いってのがさ、植物の専門家なんだ」
優霽自信も疑問を持ちつつ、言葉を紡ぐ。
胸ポケットの中に収まっているショウジイも、うんうんと頷いていた。
「よかったね、惠」
凛子は惠に向けた視線を優霽に移す。
「で、その知り合いってどこにいるの……?」
訊かれた優霽は、逡巡しながら、どうにか間を開けないように返答する。
「いや……実は、ここに来れる訳じゃないんだ。えっと……そう、その人は離れた所にいるんだけど、連絡を取り合ってる状態なんだ」
自分でも苦しい言い訳だと思ったが、意外に凛子はすんなりとその事実を受け入れてくれたようで、
「へえ、そうなんだ。ま、それでも晴香ちゃんが育ててる花が元気になってくれればいいよね」
「……うん」
まだ疑い半分のような表情をした惠がぎこちなく頷く。
――急にこんなこと言われてもすぐには信じられないよな。
思い、優霽は自嘲気味に笑う。
「じゃあ、とりあえず、その花ってやつ、見せてもらってもいいかな?」
「……うん」
「オッケー、じゃっ、早速行こうよ!」
なぜか、相談者の惠でも、その相談を受けている優霽でもない凛子が、一番乗り気だった。