1-5
「……あれ? どこだ?」
自分の部屋に戻ってきた優霽は、部屋中を見回した。咲夜も同じように視線を動かす。
そこにいる筈の存在――ショウジイがどこにもいなかった。
今朝、家を出た時には、確実にいた筈なのに。それに、優霽が叶えて欲しい願いを持っている者を探してくるから、それまで待っていろ、と約束した筈なのに。
優霽の額から、冷たい汗が流れる。
物心がついた時から、そういった存在が見えていた彼は、そういったものとの別れも多く経験してきた。
彼らのような存在は、その根源たるものが多種多様に渡る。例えば、大切にされていた物。それは、絵画のような無機物から、植物のような有機物。他には、土地に住みついているもの、特定の人に憑いているもの、彼らは様々なものを媒介して、この世に顕現する。
だから、その媒介していたものがなくなれば、やがてその力も失われ、最終的には存在することができなくなる。
人が肉体を媒介する生き物であるように。
その媒介たる木を失ったショウジイは、既に大半の力を失っていた。
つまり――――いつ消えてしまってもおかしくない存在だった、ということだ。
さらに、ショウジイは人の願いを叶えることを存在理由としていた。
だから優霽は、その願いを持つ者を探したのだ。
たとえ人ではないものであれ、自分が確かにそこにいると認識しているものが消えてしまうのは、寂しいことだった。
――いくらなんでも早すぎる!
優霽は声を出しながら部屋中の物をひっくり返し、ショウジイを探し回わる。
しかし、ショウジイはどこにもいなかった。
優霽は簡単には納得することができなかった。
彼らのような存在を認識することができる優霽は、その存在の強さ――この世との結びつきの強さともいうべきそれを、感じることができた。そして、ショウジイからは小さくなっているとはいえ、ある程度のものは感じていた。
部屋の中をひとしきり探し終えた優霽は、ベッドに座り、窓の外を見た。
――せっかく、願い人をさがしてきたんだけどな……。
そう考えながら、溜息を吐いた瞬間――――
「ん? 窓……開いてるよな」
咲夜もすぐに、窓に近づく。
「ほんとだ! 閉め忘れたのかな?」
「いや、確かに閉めて――――」
その時、ふいに窓の下から影が飛び出す。
「……なんて顔をしとるのじゃ、お前達は」
優霽はそれを掴み、声を上げた。
「どこに行ってたんだ!」
彼の手の中でもがいていたのは――――ショウジイだった。
「いたたたたた、離せ! ばかもん!」
優霽は鋭い視線を向けたままに、ショウジイを机の上に置き、手を開いた。
「もう、どこに行ってたんですか?」
咲夜が、ショウジイに訊ねる。
「こんなところにずっといるというのも退屈でのう、ちょっと散歩に出とったんじゃ」
「はあ、そうですか。いなくなってしまったのかと……」
「もしかして、それで焦っておったのか?」
ショウジイは、悪戯っぽく笑う。
「ワシがいなくなると寂しいのか。ほーう、なるほどなるほど」
刹那――――ショウジイの横を何かが通り抜ける。
ドン
音を立てながら壁に当たったそれ――ノートは、壁を伝って地面に落ちた。
それを投げたのは、他でもない、優霽だった。
「そういう冗談は……よせ」
小さく開けられた口から紡がれた震える言葉は、とても重かった。
呼吸を必要としない筈の二人も、緊張感から息を呑んだ。
静寂を割るように、扉の外から声が聞こえる。
「どうしたー」
それは、一階にいる栄治の声だった。
優霽は、すぐに廊下に出て、
「すいません、物を落としちゃって」
「そっかー、怪我はないかー?」
「はい、大丈夫です」
「気を付けろよー」
「はい」
短い言葉のやりとりを終えた優霽は、切なさを湛えた――しかし、どこか喜びも含んだような表情をしながら部屋に戻り、扉を閉めた。
「すまんのう」
ショウジイが反省したようにポツリと言葉を漏らした。
「……いや、いいんだ。こっちこそ、感情的になって……わるいと思ってる」
再び訪れようとした重苦しい静寂を割るのは、咲夜の声。
「話を本題に戻そうよ、優霽」
「あ、ああ、そうだな」
仕切り直すように咳払いをした優霽は、今日、凛子から聞いたことを思い出しながら、言葉を紡いでいく。
「知り合いに、何か困ってることある人いないか、って訊いたんだけど……」
知り合い、とは凛子のことだった。凛子とはそれなりに長い付き合いなのだが、幼いころから変人扱いされて、人に距離を置かれてきた優霽は、簡単に『友達』という言葉を使えなくなっていた。
「そいつの友達の妹の話なんだけどな」
ほほう、とショウジイが相槌を打つ。
「なんでも、その子が育ててる花が、枯れちまったみたいなんだ。それを、元に戻して欲しいってことらしいんだけど……できるか?」
優霽は不安げな視線でショウジイを見る。
しかし、その視線を全く感じていない様子のショウジイは誇らしげに胸を張った。
「まかせい、そのくらいは簡単にできるわい」
「すごい! よかったね、優霽!」
「……ああ」
――本当に、大丈夫なのか?
部屋の中に響いたのは、咲夜が大きく拍手をする音だけだった。