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「安請け合いしたものの……そう都合良く困ってる人なんて見付かるか」
不満げに呟く優霽の隣で、咲夜が呆れたように肩を落とす。
「だいだい優霽は探す気もないでしょ」
「……う、それは……」
昨日、ショウジイと呼ぶことに決めた自称『神』と約束したことは一つ――――願い事を叶えて欲しい人、つまりは、何かしら困っている人を探す、ということだった。
しかし、優霽は今日一日中、普通に学生としての一日を過ごしただけだ。
「明日は見付ける、うん」
自分を納得させるように呟く優霽に、やれやれ、と首を横に振る咲夜が、
「そんなこと言って、明日も同じなんでしょ? まったく優霽の人見知りは……」
「っるせー……」
優霽がついムキになって反論しようして語気を強めた瞬間――――
「どうしたの? ひとりで大きな声出して」
優霽の隣に並んだのは――香峰凛子、引き取られてきた優霽にできた初めての同学年の知り合いだった。正確には違うのかもしれないが、所謂、幼なじみのような存在だ。
そう、咲夜は――――凛子には見えていない。
それ故に、凛子……いや、周りにいる人達には、優霽が独りで大声を出したようにしか見えていなかったのだ。
「えっと、いや……なんでもない」と言い淀む優霽。
しかし、幼いころから関わることの多い凛子には、優霽が嘘を吐いていることが手に取るように解っていた。もっとも、優霽のそれはとても解り易いのだが。
「嘘、だよね。もう! 困ってることがあっても、ひとりで抱え込もうとするの、悪い癖だよ」
「あ、ああ、ごめん」
「なんで謝るのさ」
「あ、そうか、ごめん」
「もう、また謝ってる」
そう言って凛子は堪え切れないように、ふふふっ、と笑った。
幼少期の決して良かったとは言えない記憶の所為もあって、優霽は人とコミュニケ―ションを取ることが、あまり得意ではなかった。
だが、凛子は違った。
確かに、お節介なところもあったが、踏み込んではいけない一線を越えてくることは、まずなかった。その見極めが上手いというべきか。
そういうこともあって、凛子は優霽にとって唯一、ちょっとした相談くらいならできる相手だった。
「なあ、凛子」
「うん?」
「ちょっと頼み事があるんだけ――」
「何? 何?」
凛子は嬉しそうに笑い、優霽に一歩近づいた。
その分だけ優霽も一歩後ろに下がったので、結果として二人の距離は変わらなかったのだが。
「いや、頼み事がないか、って頼み事なんだけど」
「どういうこと?」
凛子は顔に疑問符を貼り付け、小首を傾げた。
「いや、う~ん……なんて言ったらいいのかな……」
優霽が言いづらそうにしていると、凛子が、
「言い難いことは、無理に言わなくてもいいよ」
「そっか、わりーな」
「ううん、いいの」
優霽は、肩の荷が下りたように、少しだけリラックスして言葉を紡いだ。
「困ってる人がいたら、その悩みを聴きたいっていうか……その悩みを解決することが目的なんだけどさ……」
話の核心――ショウジイのことを話さずに、目的を伝えるのはとても難しかった。
しかし、凛子はそれで納得したように、うんうんと頷いた
「へえ、どういう訳か知らないけど、いいことじゃん」
思いがけない反応に、優霽は胸を撫で下ろした。
「そ、そっか。いやまあ、たいしたことはできないと思うんだけど……ちなみに、凛子は何かないか?」
「うん? 私?」
「そう、なんでもいいんだけどさ。叶えたい願い、みたいなの」
「えっと……私は……」
凛子は逡巡しながら、優霽の顔を見る。
視線が合うと――――凛子は、顔を赤らめ、俯いてしまった。
その行動の意味が解らず、優霽は平然と訊ねる。
「ん、なんかあるのか?」
「……う、ううん、なんでもないよ。私は、特にないかな」
視線を外したままの凛子は、誤魔化すように、はははっと笑った。
「そうか。……ま、どっちにしろ、本当にちょっとしたことくらいしかできないと思うんだけどさ」
優霽は、いま自分の部屋にいるはずの、ショウジイを思い浮かべる。
――やっぱり、たしたことはできないよな……。
やたらと雄弁なだけで、実際にショウジイが何かをしているところは見たことがなかった。それに、咲夜もショウジイのことを『あまり力はない』と言っていたことからも、あの小さな老体で大きな願いを叶えられるとは思えなかった。
相談したのはいいものの、それが確実に叶えられるとは言い切れない。
ショウジイの願いである『誰かの夢を叶えること』に一歩近づけたのはいいが、それが叶えられないレベルの願いなら、結局意味の無いことになってしまう―――という、二つの考えで板挟みになった優霽に、助け船が出された。
「あ、そうだ!」
凛子は、思い出したように口を開く。
「友達の話なんだけど――――」