転移物が書けない理由。腸内細菌を言い訳にして
神様が出てくる転移物ならいいけど、不意に転移する系はどうなってるんだろうね。
巻き込まれ系で祝福を受けていなくて、魔素を含んだ食品が食べられない作品は見たけど。
一度死んで生まれ変わる「転生物」なら、私は喜んでキーボードを叩く。
しかし、現代人の肉体のまま異世界へ行く「転移物」となった瞬間、私のペンはピタリと止まる。
二つの間には、文字書きにしか分からない深くて暗い川が流れているのだ。
なぜ転移物が描けないのか。
理由はただ一つ。
私の筆を最終的にマヒさせるのは、もっとミクロで切実な問題——そう、「腸内細菌」だ。
「生きて腸まで届くなんちゃらヨーグルト」(税込138円)をスプーンで食べながら、このエッセイを書いている。
いや、分かっている。
分かっているのだ。
この「異世界転移」というジャンル、あるいはカテゴリにおいて、『現地環境への肉体再構成』はシステムレベルで強力に組み込まれた、絶対不可侵のお約束であるということを。
現代人の肉体のまま転移したとしても、その瞬間に現地の重力、大気、言語、あるいは細菌環境に合わせて、肉体そのものがその場で完璧に再構成(最適化)される仕様になっている。
だからこそ、主人公の腸には、最初から異世界に100%適合した「無敵のネイティブ・フローラ」がハックされているはずなのだ。
いちいち「お腹の適応で悩むシーン」なんて描かないのが、読者と作者の間で交わされた、暗黙にして最大の契約である。
頭では100%理解している。
これ以上ないほど強力な設定バリアがあることは知っている。
なのに、いざ自分が描こうとパソコンの前に座ると、私の中のめんどくさい書き手魂が邪魔をして、プロットがこうなってしまうのだ。
神様の初期設定バリアを舐めてはいけない。
だが、私の中のめんどくさい書き手魂は、その仕様の罠を読んでしまうのだ。
(ちょっと待て?……あの転移時の肉体最適化は、永続ライセンスではなく『環境移行時の一過性パッチ』に過ぎないんじゃないか? 異世界の水やメシに慣れるまでの『体験版(3日間限定)』だとしたら、その後に発動した殺菌魔法はどうなる……?)案の定、私の脳内シミュレーションはこうだ。
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「おい、街に入る前に汚れを落とすぞ! 神からもらった生活魔法『クリーン』!」
これ、めちゃめちゃ良くやる行動だ。
私も多分やる。
日本人はみんなやる。
主人公の同行者冬夜君17歳がドヤ顔で便利スキルを乱発する。
衣服の泥汚れが消え、全身がピカピカになる。
普通なら、ここで「うわあ、便利だなあ!」で終わる。
だが、私の脳内シミュレーションはこうだ。
(待て……『クリーン』の判定基準は何だ? もし衣服を突き抜けて体内フローラまで全滅させる殺菌魔法だとしたら、現地環境でせっかく最適化された俺の無敵ボディがリセットされ、腸内環境が一発で崩壊する!)
「おい、次はお前にもクリーンを……」
「いや、俺はいい。絶対にやるな。近づくな」
俺は強烈な危機感を覚え、手を前に突き出しながら無言で後ずさる。
そして同行者から全力で距離を取る。
転生者なら子供の頃からこの世界の魔法の性質(判定のガバさ)を知って対策もできるが、いきなり転移してきた身では防ぎようがない。
だから俺は全力で離れる。
しかし、悲劇は翌日に起きた。
案の定、『クリーン』を脳死で浴び続けた冬夜君の体内フローラが全滅し、現地の普通の食事をまったく消化できずに激しい下痢でぶっ倒れたのだ。
「う、嘘だろ……なんで俺だけこんな……っ」
「言わんこっちゃない。クリーンが仇になって腸内環境が死んだんだ。今からお前を治療する」
「魔法で治せるのか……?」
「いや、現代医学だ。クリーンを回避した俺の体内に生き残っている健全な善玉菌を、お前の腸に直接移植(FMT治療)する」
そう言うと、俺は自身の無事な菌を指で採取し、嫌がる冬夜君の下腹部へと迫った。
「な、何をするんだお前はァ!?」
「うるさい動くな! 俺の健やかな菌をお前の直腸にダイレクトに移植するには、物理的にこうするしかないんだ! ほら、観念して尻を出せ!!」
「嫌だ! 頼むから普通に死なせてくれ!!」
「 放っておいたら脱水症状で本当にあの世行きだぞ!」
涙目で這いずり逃げる冬夜君と、指に無事なフローラをくっつけて、追いかける主人公。
「アッー!」
薄れゆく意識の中で、冬夜は思った。
判断があまりにも速い。手際が良すぎる。
前々から計画していたんだろうか?
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……これである。
恐ろしいことに、私が書こうとしていた王道の「異世界ファンタジー」は、BLへと強制的にジャンル変貌を遂げてしまう。
命がけの自己犠牲と友情の細菌注入。
そんなつもりでプロットを組んだわけではないのに、私の創作物は問答無用で腐海へと沈んでいく。
私は一人、どうあがいてもBL化してしまうプロットの呪いに悩んでいる。
その点、転生物はやはり素晴らしい。
「生まれ変わり」は究極の現地再構成だ。
現地の母親から産まれ、現地の食べ物を食べて育つことで、その世界の生態系にミクロレベルから自然に馴染んでいける。
何が安全で何がヤバいのか、腹を壊しながら体感で学んでいく猶予があるのだ。
この圧倒的な安心感こそが、私が転生物を愛する理由だ。
転移物を痛快に描くには「細かいことはいいんだよ!」という豪快さも時には必要だろう。
私には、まだその【フローラの厚み】が足りない。
だから私は今日も、主人公を一度潔く死亡させ、安全に現地の赤ん坊として転生させる道を選ぶ。
衣服や身分だけでなく、目に見えない腸内細菌の育成と、物語が意図せぬ男色へと脱線するリスクの回避まで現地の環境に丸投げできるシステムに感謝しながら、私はせっせと、お腹のめちゃくちゃ強い幼児の健全な冒険物語を描き進める所存である。
お読みいただきありがとうございました!
ジャンルやカテゴリに強力に組み込まれたお約束、それが『現地環境への肉体再構成』。
頭では 100% 理解しつつも、いざ自分が描こうとすると
クリーンによる常在菌の死滅が気になって夜も眠れなくなる作者です。
真面目に異世界転移をシミュレーションした結果、なぜか王道ファンタジーが濃厚なBLに着地してしまうという、物書きとしての業の深さをエッセイにしてみました。
皆さんは「設定としては分かっているけれど、自分の筆だとどうしても引っかかって大惨事(あるいはジャンル崩壊)になってしまうお約束」ってありますか? よろしければ感想などで教えていただけると嬉しいです!




