第1話
アームがお菓子の箱を押す。ゆっくりと箱が傾き、アームが上に戻るのと同時に下へ落ちた。
カコン。
軽い音がして小さな満足感が胸に広がる。
「わ、すごい上手」
騒がしいゲーム音に混じって明るい声が聞こえ、智花は顔を上げた。
同い年くらいの女の子が自分を見ている。彼女の着ている制服に、智花は動きを止めた。
「さっきもスナック菓子とってましたよね?ユーフォーキャッチャー上手いですね」
彼女は真っ直ぐこちらを見つめ、ほんの少し近づいた。
智花は目を逸らして最小限の会釈をする。
「ありがとうございます…」
今日はじめて出した声は掠れていて、周りの音にかき消されてしまった。智花はしゃがんで、取り出し口に右腕を突っ込む。指先で箱をいじりながら彼女が去るのをまった。
しかし、彼女はそんな智花を見下ろしたまま動かない。
箱を引っ張り出して肩のカバンを下ろす。カバンの中には様々なお菓子が押し込まれており、カラフルなパッケージがネオンのライトに反射していた。そこに取ったばかりのお菓子を放り入れ、ゆっくり立ち上がる。
それを見計らったように、彼女は再び口を開いた。
「私取りたいお菓子あるんですけど、下手っぴで…よかったらコツとか教えてくれませんか?」
その場に立ったまま、智花はカバンの紐を強く握った。ゲームセンターの外に目をやる。
「………すみません……」
「えっ?」
またもや電子音の中に声が消え、彼女が身を乗り出す。彼女が動くたび、黒いポニーテールや短いスカートが揺れた。
いきなり縮まった距離に智花は息を止め、石像のように固まった。
少し歩いて、二人はすみっこにあるクレーンゲームの前で止まった。辺りには誰もおらず、色々なゲーム音が遠巻きに聞こえてくる。
「これです!もう五回くらいやってるけど全然とれなくって」
智花はガラスの中を見下ろした。筒状のお菓子がピラミッド型に積まれている。簡単そうに見えるが、ピラミッドの下の両端に透明のガードが立てられている。
ジッパーの開く音がして横を見ると、彼女はすでに財布を取り出していた。智花は口を開けては閉じてを繰り返した。
カランとお金が入る。
彼女がレバーを握って智花を見た。
「どこ狙えばいいですか?」
「隙間…あいだです…」
筒と筒の間にアームを入れると取れやすい。
そう伝えたいのに、ついどもってしまう。
「あいだ?ここ?ここですか?」
アームが右に動く。智花は首を振り、右手でピラミッドの一番上を指した。トントンとガラスをつつく。
「こ、ここです。一番上…」
その言葉に、今度は左にアームが揺れる。それを見てほっとするのと同時に、先ほどよりも強く逃げ出したいと思った。
その瞬間、ガラスにうつる景色がゆっくりと波打った。
智花の指先が、ずるりとガラスの中へ入った。
「………え?」
智花の声に彼女も顔を上げる。ガラスに指がめり込んでいる。貫通しているわけではなかった。めり込んだ指先は反対側からは見えず、まるでガラスを介して消えているようだった。
この奇妙な現象に二人は固まり、人差し指を凝視した。
突然、智花は指を引っ張られるのを感じた。ものすごい力でガラスに引っ張られる。
人差し指が付け根までガラスの中へ沈んだ。
「えっ……!?」
二人の声が重なる。智花はかかとに体重をかけ、必死に踏ん張った。
その力はどんどん強くなり、ついには肘の下まで引き込まれる。
智花の呼吸が荒くなった。心臓がばくばく脈打ち、目の端に涙がたまる。
彼女が駆け寄って、智花の肩を掴んで力いっぱい後ろへ引っ張る。
それでも敵わず、智花は徐々にガラスの中へ消えていく。
「うそ、待って!!誰か____」
智花に続いて、彼女もガラスの中へと消えた。
ガラスの揺れはゆっくりと収まり、あたりは再び遠巻きな騒音に包まれた。




