第9話 善意は、時として一番厄介だ
異常は、小さなものだった。
地方都市ベルナの、
生活用魔力供給の一時低下。
「炊事用の魔導炉が不安定です」
報告を受けたリーネが、首を傾げる。
「この規模なら、
現地調整で済みますよね?」
「本来はな」
俺は、嫌な予感を覚えていた。
「……だが、動きが早すぎる」
次の瞬間、緊急通信が割り込む。
『勇者殿が現地に到着!
原因調査を開始します!』
室内が、静まり返った。
「……勇者が?」
「呼んでない」
俺は即答した。
「誰が要請を?」
『神殿経由です!
“神託による判断”とのことです!』
リーネが、唇を噛む。
「嫌な予感しかしませんね……」
「同感だ」
俺は、監視モードを最大にする。
「全ログ、開放。
勇者の行動を追う」
ベルナ市街。
勇者は、迷いなく行動していた。
「原因は、この魔導炉だな」
老朽化した設備を前に、剣を抜く。
「神殿は、
“穢れが溜まっている”と言っていた」
そして――
斬った。
魔導炉の外殻が砕け、
内部の魔力が、一気に解放される。
『出力、急上昇!』
『周辺結界、耐久限界!』
制御室の表示が、一斉に赤に染まる。
「……最悪の手を打ったな」
俺は、歯を食いしばる。
魔導炉は、壊せばいい装置じゃない。
街全体のバランスの一部だ。
「リーネ、緊急遮断準備」
「了解!」
だが、遅かった。
勇者の一撃は、
結界の基幹式まで揺らしていた。
『結界破断!』
『魔力逆流、発生!』
街の上空に、
不穏な光が走る。
「勇者、下がれ!」
俺は通信を割り込ませる。
『何だ!?
敵はもういないぞ!』
「敵じゃない!
世界そのものが悲鳴を上げている!」
一瞬の沈黙。
だが――
『問題は起きていない。
俺が、解決する』
その直後。
勇者が、さらに魔力を解放した。
善意だった。
街を守ろうとしただけだ。
だが――
「完全に、安全域を超えた」
《管理者権限:緊急介入》
視界が切り替わる。
街全体が、
一本のシステムとして見える。
俺は、即座に判断した。
「局所封鎖。
ベルナを、世界から一時的に切り離す」
「そんな……!
住民は!?」
「五分だ。
それ以上は、持たない」
魔力の流れを、強制的に迂回。
結界を“縮めて”、耐久を確保する。
街が、静かに暗くなった。
数秒後。
『……何が、起きた』
勇者の声が、震えている。
「お前が、壊した」
俺は、淡々と答えた。
「悪意じゃないのは分かってる」
だが。
「力は、理解なしに使うと害になる」
封鎖解除。
街に、明かりが戻る。
被害は最小限。
だが、ゼロではない。
通信が切れた後、
制御室に、重い沈黙が落ちた。
「……勇者って」
リーネが、ぽつりと言う。
「便利だけど、
危険なんですね」
「ああ」
俺は、ログを保存しながら答える。
「だからこそ、
管理が必要なんだ」
その夜。
神殿から、正式な抗議文が届いた。
――保守局の介入は、神の御業を妨げた。
俺は、それを静かに閉じる。
「来たな」
善意が、武器になる世界で。
俺たちは、
壊さないために戦う。




