第32話 善意という圧力
最初は、
一人だった。
「……お願いします」
保守局の前。
深く頭を下げる、
老女。
「孫が……
魔力障害で……」
リーネが、
困ったように俺を見る。
「記録は、
確認しました」
「治療は、
進行中です」
だが、
老女は首を振った。
「間に合わないと……
医師が……」
俺は、
少しだけ目を伏せる。
「付与はできない」
それでも。
「あなたなら……
世界を直せる人なら……」
その言葉が、
重かった。
二人。
三人。
日が変わる頃には、
列になった。
「家族を助けてほしい」
「一度だけでいい」
「奇跡を、
見せてくれ」
勇者が、
歯を噛みしめる。
「……悪意じゃない」
「ああ」
俺は、
否定しない。
「全部、善意だ」
だからこそ、
厄介だった。
「線を引かないと」
リーネが、
静かに言う。
「崩れます」
「分かってる」
俺は、
列を見る。
希望。
期待。
依存。
――全部、
理解できる。
だが。
「付与は、
万能じゃない」
俺は、
声を張った。
「世界を壊さないために、
制限している」
誰かが、
叫ぶ。
「でも、
助かった人がいる!」
「なぜ、
あの人だけ!」
空気が、
ざわめく。
その時。
一人の少年が、
前に出た。
「……俺、
知ってる」
震える声。
「付与された人、
すごく苦しそうだった」
「一瞬、
全部分かるって……」
周囲が、
静まる。
「それでも、
戻れなくなったって……」
俺は、
少年を見る。
「事実だ」
そう言った。
「力は、
代償を伴う」
沈黙。
老女が、
ゆっくりと頭を上げる。
「……それでも」
「望む人は、
います」
俺は、
答えなかった。
代わりに。
「だから、
制度にする」
ざわめき。
「付与は、
“奇跡”じゃない」
「最終手段だ」
「命を守るための、
保守対応だ」
希望を、
完全には奪わない。
だが、
依存も許さない。
夜。
列は、
静かに解散した。
勇者が、
低く言う。
「……正しかったのか?」
「分からない」
俺は、
正直に答える。
「だが、
選ばなかったら
もっと壊れていた」
遠くで。
誰かが、
この光景を
静かに記録していた。
――善意は、
いずれ
刃になる。




