第2話 世界が止まり始めた
王城の非常警報が止まらない。
赤い魔導灯が天井を照らし、廊下を走る足音が重なっていた。
中央制御室では、魔導術師たちが慌ただしく水晶盤を叩いている。
「な、なんだこれは……!」
「外周結界の数値が戻らない!」
「魔導炉の出力が不安定です!」
誰かが叫ぶ。
「保守担当を呼べ! 早く!」
だが、その声に答える者はいなかった。
制御盤に表示されているのは、冷たい文字列。
【エラー:管理者不在】
【管理者権限を持つ者が存在しません】
「どういうことだ……?」
バルド卿は蒼白な顔で、水晶盤を睨みつけていた。
つい数十分前、自らの判断で“不要な部署”を切り捨てたばかりだ。
「保守課の人間は!?」
「全員、配置転換……いえ、実質解散です」
報告を受けた瞬間、場の空気が凍りついた。
「馬鹿な……ただの裏方だろう!?」
「誰でもできる仕事だと言っていたではないか!」
術師の一人が、震える声で答える。
「保守は……誰でもは、できません。
彼らは、問題が起きないようにしていたんです」
結界は“動いている”ように見えていただけだった。
魔導炉も、限界を超えないよう、綱渡りの調整が続いていた。
それを支えていた管理者が、今はいない。
「至急、代わりを用意しろ!」
「無理です! 権限構造が特殊すぎる……!」
水晶盤に、新たな表示が浮かぶ。
【警告:外周結界、部分崩壊まで残り二時間】
「二時間だと……?」
バルド卿は、その場に崩れ落ちそうになる。
その時、誰かがぽつりと呟いた。
「……佐倉直人」
「え?」
「以前の保守担当です。
あの男だけが、このシステム全体を把握していました」
沈黙。
バルド卿の喉が、ひくりと鳴る。
「……呼び戻せ」
「ですが、卿が――」
「今すぐだ!」
その頃。
王城から離れた下町の宿で、俺は静かに紅茶を飲んでいた。
窓の外では、結界の光がわずかに揺れている。
「もう、始まったか」
俺は懐から小さな魔導端末を取り出し、ログを確認する。
【外周結界:不安定】
【魔導炉:出力低下】
【管理者権限:未登録】
――仕様通りだ。
「さて」
カップを置き、立ち上がる。
「次は、どんな条件を提示してくる?」
俺は、まだ何もしていない。
だが世界は、
俺がいないことに、ようやく気づき始めていた。




