第11話 現場は、神を待たない
混乱は、前触れもなく起きた。
北部水路都市レイナス。
生活用水と魔力循環を兼ねた、
水流制御結界の不調。
「軽微な振動異常です」
現地班からの報告は、冷静だった。
「今夜中に、
調整すれば問題ありません」
――本来なら。
だが。
『神殿より通達。
本件は“神事対象”とする』
通信文を読んだ瞬間、
制御室がざわついた。
「またですか……!」
「作業停止命令?」
「ええ。
“神の御意志が示されるまで待て”と」
リーネが、即座に俺を見る。
「待てませんよね?」
「待てるなら、
俺たちはここにいない」
俺は即答した。
「水路系は、
待つほど悪化する」
だが、現地はもう動いていた。
レイナス中央水門。
保守局の技師たちの前に、
神殿の司祭団が立ちはだかる。
「作業は中止せよ」
高位司祭が、杖を突く。
「これは、神の領域だ」
「異常は進行中です!」
「ならば、
祈りを捧げればよい」
水面が、かすかに波打つ。
結界が、
限界に近づいている証拠だ。
「……時間がない」
技師の一人が、歯を食いしばる。
その瞬間。
水路の一部が、崩れた。
『水圧上昇!』
『制御結界、部分破断!』
街に、警報が鳴り響く。
「だから言ったんだ……!」
だが司祭は、
なおも杖を掲げる。
「神が試しておられる!」
俺は、遠隔通信を割り込ませた。
「全員、下がれ」
水晶盤越しに、
現場が静まる。
「神を待っている時間はない」
《管理者権限:現場介入》
視界が切り替わる。
水路全体が、
一本の制御線として見える。
「部分切り離し。
水圧を、外周へ逃がす」
操作と同時に、
水の流れが変わる。
決壊寸前だった箇所が、
嘘のように静まった。
だが。
「何をした!」
司祭が叫ぶ。
「神の試練を、
勝手に終わらせるな!」
俺は、はっきり言った。
「これは試練じゃない」
一拍置いて、続ける。
「人災だ」
その言葉が、
現場を凍らせた。
住民たちが、
司祭と技師を見比べる。
「水が……止まった?」
「助かった、のか……?」
結果は、
もう出ていた。
作業終了後。
現地の責任者が、
深々と頭を下げる。
「ありがとうございました……
もし、待っていたら……」
「街が沈んでいた」
俺は事実を言っただけだ。
その夜。
神殿は、
保守局の独断行動を非難する声明を出した。
だが、同時に。
レイナスの住民たちは、
別の声を上げていた。
「神は祈ったが、
直してくれたのは誰だ?」
「待たないでくれて、助かった」
世論は、
静かに、だが確実に割れ始めていた。
リーネが、ぽつりと言う。
「……現場って、
正直ですね」
「ああ」
俺は頷く。
「現場は、結果しか見ない」
神を待つ者と、
止めない者。
その差は、
これから、もっと広がっていく。




