第10話 語られた神託、語られなかった事実
噂は、朝には完成していた。
「保守局の介入により、
ベルナの街は一時、神の加護を失った」
「勇者の正義が、
人の理屈で縛られた」
「管理者は、
神の御業を恐れている」
神殿発の声明は、
“事実”と“解釈”を巧妙に混ぜていた。
「……うまいですね」
掲示板用の水晶を見ながら、
リーネが苦い顔をする。
「嘘は言っていない。
でも、全部ミスリードです」
「世論操作の基本だ」
俺は、淡々と頷いた。
「感情を刺激して、
考える前に信じさせる」
街では、
保守局への不信が、少しずつ広がっている。
「管理者が、勇者を止めた」
「神に逆らう組織だ」
――想定内だ。
「反論声明、出しますか?」
「出さない」
即答した。
「今、言葉を重ねても、
神殿の土俵に立つだけだ」
「じゃあ……」
「事実を、事実として示す」
俺は、別の通信水晶を起動する。
直通回線。
王城最深部にしか繋がらない、
古い番号。
「久しぶりだな」
『……生きていたか、佐倉』
低く、疲れた声。
だが、
その一言で分かる。
――この国で、
**一番“世界が壊れるのを見てきた人間”**だ。
「王国宰相、
アルベルト・グランフェルド」
リーネが、息を呑む。
『例の件だな』
「はい。
神殿が、動き始めました」
『予想より早い』
だが、宰相は続ける。
『そして、予想より浅い』
俺は、少しだけ口角を上げた。
「資料は、もう送っています」
『見た』
一拍。
『……勇者の行動ログまで、
ここまで正確に残っているとは思わなかった』
「保守ですから」
『ふふ……
相変わらず、嫌な仕事をする』
その声には、
確かな信頼があった。
『王国として、
世界基盤保守局を正式な独立機関として認定する』
リーネが、目を見開く。
『神殿の管轄外だ。
貴族も、口出しはできん』
「それは、助かります」
『代わりに』
宰相は、静かに言った。
『真実を、記録として残せ』
「もちろんです」
通信が切れる。
部屋に、静寂が戻った。
「……えっと」
リーネが、恐る恐る聞く。
「今のって、
かなり強力な後ろ盾では?」
「王国中枢だ」
「神殿より?」
「神殿は“信じられている”。
宰相は“現実を知っている”」
どちらが、
世界を守れるかは明白だ。
その日の夕方。
王国名義の通達が、
全都市に掲示された。
『世界基盤保守局は、
王国直轄の独立管理機関である』
『ベルナ事案における判断は、
適切かつ必要な措置であった』
空気が、変わる。
神殿の声は強い。
だが、公式文書は、もっと強い。
「……コメント、増えてます」
リーネが、掲示板を指す。
「“保守局がいなかったらどうなってた?”」
「“勇者、ちょっと危なくない?”」
世論は、
一度揺れると、簡単には戻らない。
「感情で勝とうとしない」
俺は言う。
「記録で勝つ」
神殿は、信仰を使う。
俺たちは、ログを使う。
戦場は、
もう剣の上だけじゃない。




