ほほほほほほほほほ!
男は酒をちびりちびりと飲みながら、小太りの編集者からの電話を待っていた。23時を回ってもまだかかってこない──
「おいおい……。読んでないのか?」
苛々して呟く。
「読んだなら必ずかかってくるはずだ……。それともまた……斜め読みしたんじゃないだろうな? それではあの原稿の価値がわからな──」
スマートフォンの着信音が鳴った。
『クールー! キット、クルー!』
有名な歌詞に少し似ているが、男が自作した着信メロディーである。大体あの曲の歌詞は『クールー』に聞こえるだろうがじつは『ウー、ウー……』なので、別物だ。
興奮してスマートフォンを手に取ると、男はごくりと唾を呑み込む。そして、震える手でゆっくりと、電話を受けた。
電話のむこうから、あの小太りの編集者の、のんびりとした声が聞こえた。
『あー……。“桐谷リョウジ”さん? 私、丸海出版の──』
「はい! そうです」
男がひきつった笑顔で話を急かす。
「原稿──、読んでいただけましたか?」
『読んだけどさぁ……つまんない。だめだね、全然だめだめ』
あぁ……。
また斜め読みで適当にあしらわれたかと思った。
「……わかりました。じゃあ、原稿を返してもらいに明日伺っても──」
『原稿は捨てちゃいました』
「ええっ!?」
『基本的に受け取った原稿はお返ししてないんですよ。もうシュレッダーにかけてしまいました。すみませんね。それじゃ──』
「なんてことを……!」
一方的に電話は切られてしまった。
男は頭を抱えながら、部屋中を歩き回った。
「あの原稿は……! バヌアツの村の酋長に、特別な呪いをかけてもらったものなんだぞ!」
一人暮らしの部屋に、男の独り言が飛び散った。
「この世にひとつしかないものなのに……! なんてことをしてくれたんだ! あれは文章に呪いがこめられている──。あの文章を読んだ者は、自分の最愛のものを壊す白昼夢を見るんだ! 斜め読みしたってわからないだろ! 言葉と言葉の繋がりを読み解くことで呪いは発動するんだから!」
最愛のものをその手にかけることは恐怖を産むだろう。
しかし、誰しも愛情の裏には不満や憎しみを抱えているものだ。
夢でそれを壊せるなら、心の裏側に抱える憎悪を昇華させ、表側の愛が補強される。
呪いの力はあの原稿を読んだ者を恐怖させ、のちに陶酔させ、再び己の愛するものと向かい合った時、大いなるカタルシスを産むはずのものであった。
しかし、その原稿は、失われてしまった。
「……呪いの力に頼ろうとした俺がバカだったのだ」
男は無理やり自分に言い聞かせた。
「俺は天才だろ。自分の力だけでデビューを勝ち取るんだ」
そして未練を断ち切るように、公募に出すための作品を書きはじめる。
それから数日後──
男はネットで気になる話を目にした。
『丸海出版の編集者が、桐谷リョウジというペンネームで発表した小説が、凄いらしい』
『なんでも読んだ者を白昼夢に誘い、恍惚とした世界に導く不思議な力があるらしいぞ』
『来月、単行本が出版されるらしい』
男はすぐにスマートフォンを取り、電話をした。
『あぁ……。ハハハ……』
電話の向こうの小太りの編集者の声は、オロオロと言った。
『気づいちゃいました? ハハハ……。はい、あの原稿、他の作家さんのホラーとまとめてアンソロジーにして、出版することになりました。あの作品をトップに収録します』
「なぜ嘘をついたんですか!」
『集客能力ですよ』
編集者の声が一転、落ち着いたものとなり、皮肉な笑いを含んだ口調で説明する。
『無名の素人作家が書いたということにするより、僕が書いたことにしたほうがいいんです。僕は職業柄、色んな方面にコネクションがありますし、小説に関わるプロですから──』
「あれは俺が書いた小説だ!」
『えぇ……。不思議な力はありますが、文章は素人レベルです。だからプロの作家の先生の作品とするよりは、プロの編集者だけど小説家ではない僕の作品としたほうが……』
「書いたのは俺だと、きちんと発表しろ!」
『証拠……、ありますか?』
電話の向こうで編集者がニヤリと笑ったように思えた。
『あぁ……。もしかしてこの電話の内容を録音してるんですか? 無駄ですよ。今どきこんな会話、テクノロジーでいくらでも捏造できますからね』
録音はしていなかった。
男は畜生と歯噛みする。
『契約しましょう』
編集者が、言った。
『印税の6割を払います。それでどうです? 足りないなら7割でも──』
男は叩きつけるように電話を切った。




