へへへへへへへへ!
丸海出版の小太りの編集者は、忙しい仕事を終えて帰宅した。
「おかえりなさい、あなた」
美しい妻が、かわいい笑顔で彼を出迎える。
「ただいま。あー……疲れた。雑誌の特集の仕事、ようやく終わったよ。一週間かかった」
「ようやくゆっくりできるわね」
「今夜はハッスルしちゃうかい?」
いやらしく手をワキワキ動かす夫に、妻はにっこり、かわすように答えた。
「ごめんなさい。来ちゃったの……」
「えー? いいよ、俺は。血まみれのグロいことになっても」
「重いのよ。悪いけど、先に休ませてもらうわね。食べるものは食卓に用意してあるから」
妻は言葉通り、さっさと寝室へ行ってしまった。
夫は寂しく一人で肉じゃがを食べ、ビールを飲み干すと、時計を見た。
23時──。疲れてはいたが、なんだかこのまま眠りたくない気分だった。
ふと仕事用のカバンを見て思い出す。
「そういえば……。原稿持ち込みしてきたヤツがいたっけな」
小説編集者の仕事をしているのだから、オフの時は小説から離れて寛げばいいのにと自分で思いながら、手を伸ばす。
プロの小説ばかり扱っていたから、アマチュアの拙い小説でも読んでツッコミを入れたい気分になっていた。
「たかが五千文字ほどの短編だ。サクッと読んでやるか」
茶封筒から紐で綴じられた原稿用紙を取り出し、軽い気持ちで読みはじめた。
いつの間にか夢中になっていた。
正直、内容はありふれた、既存作品の物真似みたいなものだった。
しかし、彼を夢中にさせたのは物語それじたいではなく、魔法のような力だった。それは文字通り、彼を夢の中へ誘ったのだった。
読み進めるうちに、彼は半覚半睡になっていた。目は半分閉じながら、文字を追っている。
そうしながら、夢を見はじめた。
おもむろに立ち上がると、寝室で眠っている妻のところへ歩いて行った。
ベッドの脇に立ち、その愛しい寝顔を見下ろす。
彼には愛妻家の自覚があった。
結婚三年目だが、付き合っていた頃よりも愛していた。
その、愛する妻の首に、手を伸ばす。
そこで気づいた、自分の手が、おおきなハサミになっていることに。
嬉しそうな笑顔になると、妻の名前を、粘ついた声で呼んだ。そして、囁くように、語りかける。
「よくも──俺の誘いを拒んだな」
眠る妻の首におおきなハサミを開いて当てると、勢いよくそれを閉じた。
「フアァァッ!?」
飛び散った血肉にびっくりしたように我に返った。
彼はキッチンテーブルに座っていた。目の前にはあの原稿がある。
「なんだ……、これは……」
驚きに見瞠いた目が、次第にとろんとし、阿呆のように、笑う。
「き……、気持ちよかった……!」
全身がじんじんと興奮に痺れていた。




