ははははは!
寒い夜だった。
雪は降っておらず、空気は極限までに乾いていた。
男が手に持っていた新聞紙にライターで火をつけると、それはあっという間に紅蓮の炎へと育った。
出版社の玄関先に灯油をぶち撒くと、男は火のついたそれを、前へ投げた。
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「どうでしょうか?」
UHF出版のロビーで、自分の持ち込んだ原稿を読み終えた編集者に、男は緊張を顔に浮かべて聞いた。
「うーん……。正直に言いますと──」
黒ぶちメガネをかけた若い編集者は、意味ありげな笑いを顔に浮かべ、言った。
「流行りじゃないんだよね、ホラーなんて。しかもこんな寒い時期に、誰も求めてないですよ。独創的で、センセーショナルな要素のあるホラーだったらいいんだけど、これっていわゆる『よくあるホラー』ですよね?」
男は一瞬で緊張を解き、憮然とした表情になる。
目の前の編集者は、五千文字の原稿を、斜め読みで、ものの数分で読み終えていた。
『そんな速読で俺の作品の価値などわかるものか』
そう思いはしたものの、もちろんそれを口にするどころか、態度にも表さないよう、注意する。
「ホラーって、夏だけのものじゃないと思うんです!」
男は力説した。
「冬にこそ、ホラーの真価が問われるんですよ! 夏のホラーなんて、誰もが求めるクーラーみたいなものでしょう? 冬に必要とされる、冬のホラーこそ、真のホラー好きを判別する試金石みたいなものなんです!」
「試金石ですか」
編集者は笑い飛ばした。
「あなたはその試金石を創り出せる能力があると?」
バカにされている、と男は感じた。
確かに自分は小説新人賞に落ちまくっている。しかし、だからといって、バカにまでされる謂れはないはずだ。
野望の大きさには自信がある。
それをわからせてやりたい!
しかし目の前の編集者のメガネのレンズには、自分はよくいる──口だけの、無能な、凡百の作家志望者のうちの一人だとしか見えていないようだった。
俺は天才なのに──!
「とにかく、今の流行は異世界恋愛です」
編集者は黒ぶちメガネをくいっと指で上げると、断言した。
「それ一強なんです。それしか求めていません。あなたも作家としてデビューしたいのなら、異世界恋愛を書いてください」
誰が書くものか! と、男は強く思った。
俺には俺の、書きたいものがある! 冬を舞台にした、斬新なホラー小説だ! それを書いてなぜ、何が悪い!?
読者の求めるものを書くにとどまらず、読者に新しい世界を提供してこその作家だろうが! ひとつのジャンルだけに偏っていては、出版社もそれが廃れると同時に危うくなるのは目に見えている! それを助けるのが作家だ!
過信と言われようと、自信をもって、自分は試金石だと言える者でなくて、どうして新しい世界が拓けようか!
「……ありがとうございました」
男は持ち込んだ原稿をまとめると、立ち上がった。
「僕に異世界恋愛は書けません。何しろ面白さがわからないので……」
「それは致命的ですね。……ホラー専門の出版社に持ち込んだほうがいいと思いますよ」
編集者は親切に、提言した。
「申し訳ありませんが、ウチにいくら持ち込まれても、売れるものしか扱う気はありませんので」
男はペンネームを桐谷リョウジといった。
そのペンネームを書いた原稿用紙を大判の茶封筒に収めると、ぺこりと編集者に頭を下げ、出版社を出ていった。




