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放火  作者: 聞池 該


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1/3

ははははは!

 寒い夜だった。


 雪は降っておらず、空気は極限までに乾いていた。


 男が手に持っていた新聞紙にライターで火をつけると、それはあっという間に紅蓮の炎へと育った。


 出版社の玄関先に灯油をぶち撒くと、男は火のついたそれを、前へ投げた。



====


 

「どうでしょうか?」


 UHF出版のロビーで、自分の持ち込んだ原稿を読み終えた編集者に、男は緊張を顔に浮かべて聞いた。


「うーん……。正直に言いますと──」

 黒ぶちメガネをかけた若い編集者は、意味ありげな笑いを顔に浮かべ、言った。

「流行りじゃないんだよね、ホラーなんて。しかもこんな寒い時期に、誰も求めてないですよ。独創的で、センセーショナルな要素のあるホラーだったらいいんだけど、これっていわゆる『よくあるホラー』ですよね?」


 男は一瞬で緊張を解き、憮然とした表情になる。

 目の前の編集者は、五千文字の原稿を、斜め読みで、ものの数分で読み終えていた。


『そんな速読で俺の作品の価値などわかるものか』


 そう思いはしたものの、もちろんそれを口にするどころか、態度にも表さないよう、注意する。


「ホラーって、夏だけのものじゃないと思うんです!」

 男は力説した。

「冬にこそ、ホラーの真価が問われるんですよ! 夏のホラーなんて、誰もが求めるクーラーみたいなものでしょう? 冬に必要とされる、冬のホラーこそ、真のホラー好きを判別する試金石みたいなものなんです!」


「試金石ですか」

 編集者は笑い飛ばした。

「あなたはその試金石を創り出せる能力があると?」


 バカにされている、と男は感じた。


 確かに自分は小説新人賞に落ちまくっている。しかし、だからといって、バカにまでされる謂れはないはずだ。


 野望の大きさには自信がある。


 それをわからせてやりたい!


 しかし目の前の編集者のメガネのレンズには、自分はよくいる──口だけの、無能な、凡百の作家志望者のうちの一人だとしか見えていないようだった。


 俺は天才なのに──!


「とにかく、今の流行は異世界恋愛です」

 編集者は黒ぶちメガネをくいっと指で上げると、断言した。

「それ一強なんです。それしか求めていません。あなたも作家としてデビューしたいのなら、異世界恋愛を書いてください」


 誰が書くものか! と、男は強く思った。


 俺には俺の、書きたいものがある! 冬を舞台にした、斬新なホラー小説だ! それを書いてなぜ、何が悪い!?


 読者の求めるものを書くにとどまらず、読者に新しい世界を提供してこその作家だろうが! ひとつのジャンルだけに偏っていては、出版社もそれが廃れると同時に危うくなるのは目に見えている! それを助けるのが作家だ!

 

 過信と言われようと、自信をもって、自分は試金石だと言える者でなくて、どうして新しい世界が拓けようか!


「……ありがとうございました」

 男は持ち込んだ原稿をまとめると、立ち上がった。

「僕に異世界恋愛は書けません。何しろ面白さがわからないので……」


「それは致命的ですね。……ホラー専門の出版社に持ち込んだほうがいいと思いますよ」

 編集者は親切に、提言した。

「申し訳ありませんが、ウチにいくら持ち込まれても、売れるものしか扱う気はありませんので」


 男はペンネームを桐谷きりたにリョウジといった。


 そのペンネームを書いた原稿用紙を大判の茶封筒に収めると、ぺこりと編集者に頭を下げ、出版社を出ていった。





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― 新着の感想 ―
 冬こそホラー。五行思想では冬は恐怖の季節ですしね。  だというのに、偉い人にはそれが解らんのです。  でも、異世界恋愛は本当に強いからなぁ。  そんな現実的需要に鑑みればホラー作品なんて不要となるの…
どちらの言い分も解るよな~。 リョウジは自意識過剰なヒトのようだけど、一強はぽしゃった時にヤバいのは投資の世界と一緒だしね。
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