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幽影の少女と嘘つき鏡の王国  作者: 桧原愛織
1章 ふしぎの世界

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4 万華石

※食事の時間は閲覧ご注意。

「……これは?」

万華ばんか石ちや。ようさんある華で万華。おぼろよクジラからの授かり物みたいもんで、渡り人の心と繋がってると言われちょる。人間にとってまっこと大事な石やき、大切に持っときなされ」

「ど、どういうこと? なんでおぼろよクジラ……」

「さっき、お主の方舟を丸飲みされたろ? あれは渡り人がこの世界にすっと入るための儀式みたいなもんちや。渡り人とおぼろよクジラの、そう、まさに阿吽あうんの呼吸によって、クジラの体内で大自然の神秘のプロセスが起こって生成される。じゃき、万華石はお主の心身と深く繋がってる、ちゅうわけぜよ」

「……どういうこと?」

「これ以上の深追いは野暮ぜよ。お主はこれ以上、神聖なる大自然のプロセスに土足で踏み込むつもりはなかろうな?」

「あ、すみません」


 反射的に謝罪の言葉を口にするも、話がちっとも掴めず優和は困惑していた。

 だが、なんとなく万華石に視線を落として、もしかしてと思う。──いや、それにしては大自然の神秘だの神聖なるプロセスだのとホクの言い草は、いっそ面白いくらい大仰だった。優和の心身と繋がっているという原理も謎である。

 何より、優和の知るクジラのそれは透明でも固体でもなく、ぶわっと圧巻の茶が海中に放射される液状のそれだ。

 とはいえ、先程目の当たりにしたおぼろよクジラが、普通のクジラとはまったく異なる様相をしているのもまた事実。優和が今いるこの世界が、常識離れしたおとぎ話のような世界であることも、紛れもない事実だ。

 ……それに、万華石は隅々が完全に透明というわけでもなく、心なしか所々薄汚れているような気もする。

 内心まさかと思いつつ、恐る恐るホクをうかがい見れば、静かに、そして固く頷かれる。万華石を握る手がわなわなと震えた。


 そんな二人の緊張をそばで見守ってそわそわしていたモルモットの一匹が、「あのね」とおずおずと口を開く。


「要するにそれはね、おぼろよクジラの便なんだよ」

「!」


 なんとも言えない沈黙の中、その無垢な声はやけにはっきりと空気を震わせた。


「不思議だよね。ボクたちのとは全然違う」

「宝石みたいにすごくきれいだよね~」


 奇妙な空気が場を包む中、無邪気なモルモットたちの会話が耳を通り抜けていく。

 納得感と動揺がない交ぜになって半ば呆然としながら、優和はゆっくりと震える手元に視線を落とし、食い入るように万華石を凝視した。


「こ、これ、お前たち」


 ホクが少し慌てた声を上げた。


「これから食事の時間じゃちゅうに、下の話をするのはマナー違反じゃろう」

「あっ! ご、ごめんなさい。二人とも難しい顔してたし、それに優和だからつい気が緩んじゃって」


 息ぴったりにしまったという顔をして両手で口を押さえ、しょんぼりと縮こまるモルモットたち。

 こちらにうかがうような視線の向く気配がして、優和ははっと我に返った。小さな彼らに目線を合わせるべくその場にしゃがみ込み、にっこり笑いかける。


「あはは……気にしてないよ。きみたちよりももっと汚い言葉で表現する人なんてたくさんいたし、むしろ感心した」


 そう軽い調子で言いながらも、つい万華石を手放したい衝動に駆られてしまう。

 捨てるわけにもいかないので、優和はさっと制服のスカートのポケットの中にそれを押し込めた。


 手から離れて一息ついたものの、優和の言葉に首を傾げたモルモットたちが、再び純粋無垢に言葉を投げかける。


「え? もっと汚い言葉なんてあるの?」

「もしかして、優和も使う?」

「まさか! わたしは普通に大って言うよ」

「大……? なら中と小もあるの?」

「小はあるけど、中はどうだろう……? ご、ごめんね、質問に答えられないなんて勉強不足だった……」

「下の勉強をするの?」

「え? そういうわけじゃないけど……でも、した方がいいのかな。下だけに、なんちゃって」

「……ちょい、お主ら。いつまで下の話をしちょるがよ」


 どこか呆れたような、引いたようなホクの声が空気を断ち切った。ぴたりと固まる優和。

 周囲を見ると、ホクを始め、他の動物たちのちょっと気まずそうな視線が突き刺さり、はっと我に返る。

 てっきり、動物というのはもっとオープンで、排泄や身体の話題に抵抗がないものかと思いきや、案外人間社会と同じくらいデリケートな扱いらしい。

 この場で一番下品なのは人間の自分だと悟り、優和は死にそうな気持ちになった。


 少し弁解するなら、自分も下の話をしながら気まずく思っていた。だから、思考が鈍って変なことを口走ってしまっただけだ。

 決して、日頃から好んで下の話をしているわけではない。だから、そんな引いた目で見ないでほしい。


(ああ、嫌だ。下の話をすると人間ってバカになるんだ!)


 恥ずかしいやら情けないやらで、優和は顔を赤くして内心ひどくあたふたする。


「……まあ、あれじゃ。この子たちの言う通りぜよ。万華石はおぼろよクジラの腸内で発生する結石で……つまるところ便じゃけんど、汚うないしきれいやき、とにかくあまり気にせんときや」

「はい喜んで!」

「喜ばんでえい」

「…………はい」


 最初の威勢の良い声から一変、優和は消えそうな声で返事をする。

 もう本当に恥ずかしい、とうつむいて縮こまった。

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