3 青と黄の祭壇
動物たちに連れられ、いくつもある道のうち、黄色の花びらが絨毯のように敷き詰められた道をまっすぐ進んだ。
そうして、再び森の開けた場所に出た。ぶわりと、先程までよりもはっきりと、お香の匂いが鼻の奥をくすぐる。甘やかさが増しているがくどさはなく、むしろ何か満たされるような、落ち着きのある不思議な香りだ。
視界いっぱいには、学校の教室ほどの広さの空間に、おとぎ話の世界を思わせる景観が広がっていた。
右奥には瑠璃の石で造られた立派な四段組の祭壇、左手前には何十もの丸太椅子の並んだ長い木のテーブルが据えられている。
祭壇の四段目は水盤となっており、マリーゴールドに似た黄色い生け花が豊かに飾られ、三段目は青や黄の炎が灯るろうそくや、焚き物がされた二つの香炉らしき物が置かれていた。やわらかな風にそよがれ、森の奥へ向かって煙が生き物のように宙をたなびいている。
「ねえ、見て。あれボクたちみんなで作ったんだよ!」
「え、きみたちが……!?」
モルモットをはじめとする動物たちが「見て見て~」と子どものように無邪気にテーブルの方へ走るので、優和も後を追う。
テーブルの上には、変わった見た目のごちそうがずらりと並んでいた。
土や石で作られた器や葉の上に、植物や木の実、肉、貝類などの多様な自然物を調理した食材が盛られている。いずれも優和が日常的に食べていたものとは大きく異なっており、どこか先史時代の食事を彷彿とさせた。
慣れない見た目に少しぎょっとしたが、野趣あふれた印象とは裏腹、食欲をそそる良い香りが漂っている。
「これをみんなが作ったの?」
優和が尋ねると、動物たちは揃って得意げに大きく頷いた。
そして、思ったよりもパワフルな、小さな全身をこれでもかと駆使したジェスチャー付きで口々に語り出す。
「そうだよ。ボクたちは前足をこんなふうにして、ほじほじしたり、こねこねしたりしたの!」とずんぐりむっくりの体を揺らしながら、とにかく前足を懸命に動かすモルモットたち。
「アタイたちはこのイカした身体能力で森の色んな植物を採集したり、丈夫な前歯で草や葉を整えたり、あとはまあなんか前足でいじいじしたりしたよん」とその場で跳躍したり、前歯をにひっと見せつけたり、前足で地面を蹴ったりしてみせるウサギたち。
「ワタシたちは器用なので、主に複雑だったり細かさのある作業を担当しましたね。はい」としたり顔でうんうん頷くネズミたち。
「へ、へえ……すごいね。みんな器用なんだ。でも祝宴って、みんなが作ったものをわたしが食べてもいいの?」
「え? 食器は食べちゃダメだよ。もしかして、優和のところでは食器を食べるお作法があるの?」
「あそっち? そっちなのね。食器は食べないよ、大丈夫」
てっきり料理の方を動物たちが作ったのと思っていたが、まさかの食器の話だったらしい。
噛み合っていなかった会話に内心困惑していると、これまでこちらを静観していたホクに「優和や」と名前を呼ばれた。
手招きされるので近づくと、「ここにお立ちなされ」と祭壇の前に立つことを促される。疑問に思いながらも、優和は言われた通りにした。
改めて近くから観察すると、祭壇の表面には息を呑むほど精緻な彫刻が施されていた。
冷たくすべらかな瑠璃色の石の表面を、うろこのような模様の浮き彫りの金が絢爛に色めいている。金といっても、単に黄金というわけではない。光の反射の角度によって微妙に光沢の色調が移ろい、深い青の海面を流れる黄金の波紋のような、神秘めいた美しさがある。
一方で、その表面の所々には、細い亀裂や磨耗も見られた。
だが、そうした傷跡がかえって歴史の重みを感じさせ、祭壇に風格と趣を与えている。
だからなのか、なんとなくその存在感は周囲の景観から浮いているように思えた。心なしか、祭壇一帯の空気だけいっそう澄んでいる気がする。
「…………」
祭壇の二段目には、草花や葉、小枝に木の実の殻などの自然物で作られた奉納品のようなものがたくさん置かれ、最上段には立派な黄金の台座の上に大きな丸石が飾られている。
青と金が見事に調和したその美しさは、石というより宝石のよう。かといって、技巧的な印象もなく、不思議な存在感をまとうものだった。
ひょっとして、神社やお寺の本尊、あるいは教会のご神体にあたるものだろうか。
(そういえば、これってどういう状況なんだろう)
祭壇に眺め入るばかりですっかり頭から抜け落ちていたが、祭壇の前に立ったものの、何をどうすればいいのかがわからない。
そもそもの話、この祭壇がいったい何を祀るものなのかもわからない。
優和が知る限りでは、祭壇というものは神仏や先祖などを祀り、祈りを捧げる場所だ。
だが、出会ったばかりの人間に、しかも動物たちが、わざわざそんなことを求めるだろうか?
(わたしのこと、最初に"渡り人"とか言ってたけど、もしかしてこの祭壇は…わたしを迎えるために用意された、とか……?)
まさかとは思いつつ、この場に立たされたことで、自分に何らかの重大な"役割"が期待されているような気がしてならなくて、急に全身が緊張で固まっていく。
この祭壇がなんの目的で建てられたのかはわからないが、何かを深く敬い、感謝するための場所であることは確かだろう。
お供え物も料理も凝っているし、動物たちがこれほどまでに手をかけているものに対して、失礼な振る舞いをするわけにはいかない。
何より、優和自身がこの祭壇を敬わなければならないような気がした。
どうしたものかと横目でホクを盗み見れば、うるうるしたつぶらな黒い瞳と視線がかち合う。
つまり、なんか知らないがこちらを見て泣きそうになっていた。顔色ひとつ変えず、感動している素振りをいっさい見せずに何かに感動している、という謎の芸風である。
しかも、現代人ではそうそう目にしないお手本のように姿勢の良い立ち姿でだ。
(え、なに……? うわ、あっちもこっちも揃って泣いてる?!)
振り返ると、集まっていた動物たちが揃って目に涙を溜めていた。
ウサギは耳を垂らし、モルモットはプルプルと小刻みに震えている。そのくせ、一様に背筋を伸ばして直立不動のまま。
「あの、大丈夫……ですか?」
動物たちが自分を見て涙を浮かべるというなんとも居心地悪い展開に、優和は慌てて背筋を伸ばし、ポケットを探る。ハンカチならあるかもしれない。でも、この数の涙をぬぐうには当たり前に足りない。
動物たちの挙動に心底困惑していた、そのときだった。
突然、体の内側からエネルギーが湧き上がるような、奇妙な感覚がした。
うれしいときに胸がじんわりあたたかくなる感覚とも似ているが、本当にエネルギーが湧き出て、全身を巡るような心地がしている。血流のように循環し、そうして体の中心に集束していく。
次の瞬間、エネルギーの塊が体外に抜け出る感覚がした。軽い脱力感と開放感が同時に去来する。
直後に、目の前の宙に黄白の光の球が現れた。
かと思えば、瞬く間に収縮して、手のひらにすっぽり収まるほどの小ぶりの石に変化する。
「わっ!?」
何が起こっているのかわからずぽかんとした直後、光が収束するとともに重力に従い落下し始めたその石を、優和は反射的に両手を差し出してキャッチした。
(な、なに? 足の上に落ちたら絶対痛いやつだったよ)
大きさの割りにずっしりとした重みのある石だった。手のひらをゆっくり広げると、正十二面体の形をした無色透明の石がある。
「ほう、ようキャッチできたのう。大抵の渡り人は間に合わんで足の上に落ちてぎゃあ言ようけど、お主は反射神経がえいんやなぁ。いやはや、無事で良かった良かった。それ、落ちるとえらい痛いらしいきに。危なかったのう」
「…………」
キャッチできないと思っていたなら、真顔でうるうるしていないで事前に注告してほしい。
おぼろよクジラの時といい、このカピバラは出会って間もないうちにうっかりしすぎだ。
(みんな一瞬で涙消えてるし。……ハンカチ無くて無駄に焦っちゃったじゃん)
渡り人を歓迎すると言っておきながら、実はちょっと嫌いだったりするのでは、と思わず疑いの目を向けてしまう。




