第7話 命より大切な村④
「リレット、忘れ物はないかい?」
翌日。
母さんは俺たちを見送るために、村の出口までついてきてくれた。
「確認します。まず、お姉ちゃんの剣、髪飾り、ペンダント、指輪、荷物袋」
リレットは忘れ物がないか口に出しながら、順番に触っていた。
「それから、ローさん」
次にリレットは手のひらで俺を指す。
「ほら、ロジ。返事してあげな」
「……へーい」
しぶしぶ返事をした。
「最後に、まーさん」
「……」
まーさんこと魔王は、無言のまま突っ立っていた。その手はまだ縄で縛られていて、縄の先はリレットが持っていた。
母さんと俺は横目で魔王を見た。
「なあ、その……、本当に連れて行くのか?」
俺はリレットに耳打ちしたが、「そだよ」の一言で片付けられてしまった。
「大丈夫かねえ。リレットが強いのは充分わかったけど、それでも心配だねえ」
「大丈夫です。わたしは魔王より強いので」
「はは、そうだったね。昨日の出来事があってから、それが本当なんだとわかって、村のみんなも興奮してたよ」
そんなほいほい信じられるレベルの話じゃないけどな。
まあ魔王より強いのは確かだということはわかった。なら、世界を滅ぼせるってのも、あながち間違いではないんだろう。
「それに、ロジさんがいるから」
「俺は一緒に行きたいわけじゃない。できることならこの村にいたい」
「何言ってんのだい! こんなかわいい女の子だけで行かせて、何かあったらどーするんだい! 危ないだろう!?」
危ないのは絶対俺のほうだけどな。
「ロジも、忘れ物はないね?」
「ねえよ。第一、持っていかなきゃならねえ物もねえからな」
荷物は軽かった。母さんが棚の後から取り出してきたほんの少しの金と食料、着替えの服。護身用に銃も持った。
「なんだか作業着って感じだねえ。もう少しおしゃれな服があればよかったんだけど」
母さんは頬に手をあて俺の格好を不憫そうに見つめる。
昨日まで着ていたヨレヨレの服は母さんとばあちゃんに却下されたため、手持ちの服のなかでなんとかきれいな形を保っている白の半袖と深緑のズボンを選んだ。
「いらねえよ。遊びに行くわけじゃねえんだから」
「そうだけど、せっかく出かけるのに」
「出かけるって……。ちょっと街まで買い物に行くみたいな感じで言われても」
俺と母さんのやり取りを見ていたリレットが「ふふっ」と笑った。
いい歳した男が母親に心配されて、それを女の子に見られるなんて、なんとも恥ずかしいもんだ。
「必ず、またロジさんと一緒にここに戻ってきます。約束します」
「約束だよ。気をつけてね」
母さんはリレットを優しく抱きしめた。
「はい。行ってきます」
「ローさん、これ持って」
リレットが渡そうとしてきたのは、魔王をつないでいる縄の先だった。
「ムリだっ!! 俺が持った瞬間燃やされたらどーすんだよ!」
ギョッとして縄から距離をとった。
「そんなことできるならとっくにやってるよ。ね、まーさん?」
リレットは後ろを歩く魔王に問いかけるも、魔王は何も言わなかった。
「ほら、そうだって言ってる」
「何も言ってねえだろ!」
「どうしてそんなに怖がるの? ローさんには魔法の資質がないから、まーさんがどれくらいの強さなのか、わからないでしょ?」
「わからないから怖いんだよ」
「ならわたしのことも怖いの?」
「おまえは別の意味で怖い」
「なんだか失礼なことを言われた気がする」
俺たちは岩に挟まれた道を進んでいた。赤褐色の岩は『赤の国』の特徴の一つで、国の土地の大部分がこの岩だ。その岩を削って、村や街なんかを作っていく。
「ここから一番近い村は、この道を下ってしばらく進んだところにある。一時間あれば着くと思うが」
「あ、その村には行かない」
「え?」
「その村からさらに進んだところに街があるって教えてもらったの。そこに行こう」
「待て待て。そこは遠い。今からじゃ着くのは夜になるぞ」
「そだよ」
「なんでそっち行くんだよ。先に近くの村に寄ってから、次の日に行けばいいだろ」
「ダメ。まーさんを隠せない。目立つでしょ? まずは仲間を見つけて、まーさんをうまく隠せる人を探すの」
「隠すって、魔法でか?」
「そだよ。村より街のほうが人が多い。そこになら誰かしらいると思うから。ということで、しゅっぱーつ!」
リレットは縄を持った手を高くあげた。
それから俺たちはゴツゴツとした道を下っていった。俺が先頭で、リレット、その後ろを魔王がついてくる。
俺は目が見えないリレットが万が一転ぶかもと、前を行くことにした。
こいつが今いなくなったら困るからな。
やや下りの道で傾斜はそこまできつくはないが、石がゴロゴロ転がっていて足場はかなり悪い。
魔王の両手首を縛っていた縄を一旦片手に結びなおしてやり(もちろんリレットがやった)、慎重に進んでいく。
こりゃ、かなり体力を消耗しそうだな。
俺はちらっと後ろにいるリレットを見る。こんな道なのに、危なげなく歩けているようだ。剣は後に背負ったままだった。
「なあ、目が見えないのに、どうやって歩いてるんだ?」
「自分のまわりの魔力を感知しているんだよ。この世界はほとんどのものに魔力が宿っているの。生き物だけじゃなく、自然にも。それを感じ取って、地形を把握するの」
「それは魔力を感知するっている魔法を使っているってことなのか?」
「音を聞くとか、匂いを嗅ぐと、わたしにとってはそんなのと同じだから、魔法を使ってる感覚とは違うかな。もちろん、魔法で感知する人もいるけどね」
なるほど。
器用なもんだな。
「その人がどんな顔してるかまでわかるのか?」
「さすがにそれはわからない。細かい顔のパーツなんていちいち感知してられないしね。でもローさんの顔はわかるよ」
「それは俺の顔に特徴がないと言いたいのか?」
「ちょっと何言ってるのかわからない」
「聞こえてんだろ」
などと雑談をしつつ、村を出てから一時間ほどたったころ。
「――」
後ろから何か聞こえた。
「何か言ったか?」
「え? わたし何も言ってないよ」
「―れた」
俺とリレットは振り返り、魔王を見る。
どうやら魔王が何か言っているようだ。
「疲れた」
魔王が弱々しくポツリと呟いた。
その予想外の言葉に、俺とリレットは足を止めた。
待て待て待て。
「疲れた」って言ったのか?
魔王が?
足場が悪いとは言っても、まだ一時間しか歩いてないんだぞ?
リレットだって余裕でついてこれてるのに?
「まーさん、疲れたって言ったの?」
リレットが尋ねると、魔王は「つ、疲れたとは言っていない。つ……使えないと、言ったんだ」と慌てた様子で自身の発言をごまかした。
「使えないって、何が使えないの?」
「……い、いつもは、手下が転送魔法で目的地までオレを連れて行く。こんな無意味に歩くことはしない。使える手下がいなくなって、今は使えないオマエたち二人だけだ。だから、使えないと言ったんだ」
マントで魔王の顔は見えないが、うつむいているのはわかった。
まるで母親に叱られて言い訳をする子どものようだ。必死にごまかしているのが恥ずかしいのだろう。
「まーさん、見るからに体力なさそうだもんね。引きこもりだもんね」
「そ、そういうことではない! オレを誰だと思っている! このくらい何の問題もない!」
魔王はむきになって強気の発言をした。
そんなこと言ったらこいつの思うツボだぞ。
「そっか。よかった。そうだよね。魔王ともあろう人が、たかだかこの程度のことで弱音を吐くはずないもんね。目的地まではまだまだかかるけど、こんなの余裕だよね」
リレットは魔王に笑いかける。
魔王は少し「うっ」という声を漏らしたが、それ以上は何も言わなかった。
そんなふうに言われたら、魔王は意地でも「疲れた」などと言えないだろう。
「さ、とりあえずここを抜けるまでは休憩はなしね」
リレットがそう言うと、魔王の体が左右にふらりと揺れた。
応援するつもりは微塵もないが、少し哀れに思えてきた。
先程の、仲間を探すというリレットの言葉には驚いたが、確かにきちんと魔法を使える人がいるほうが心強そうだ。
なんたって今ここにいるのは、揃いも揃って不安要素があるメンバーだからだ。
『世界を滅ぼせるかもしれない女の子』
『見掛け倒しかもしれない魔王』
『何かの役にたつかもしれない男』
その街で、なんとかまともな仲間を見つけたいものだ。