第6話 命より大切な村③
「魔王だ! みんな起きろ! 逃げろ!」
俺は急いでみんなを呼びに行った。
夜が明けたばかりだが、歳のせいかみんな起きるのが早いので、すぐに俺の声に反応してくれた。
「本当か!?」
「どこだ!?」
「道の向こうにいる!! こっちへ向かってるんだ!!」
集まった村人たちの顔が強張る。
「どうする? 洞窟へ逃げるか?」
「そうだな。それしかない」
「急ごう! まず動けない人を運ぶぞ!」
みんなが手分けして準備に取り掛かる。
だがここにいるのは年寄りばかりだ。急ぐのにも限界がある。
今から避難して、間に合うか?
俺は再び道を見に行く。
影は確実に村に近づいていた。
「くそっ……」
みんなの避難はまだ終わっていない。
俺が、足止めできれば。
「ロジ! そんなところで何してるんだい! 早くこっち来な!」
母さんが後ろから声をかけてきた。
「俺が足止めするから、その間に避難してくれ!」
「何言ってんだい! あんたこそ逃げるんだよ! あたしたちは速く走れないけど、あんた一人なら遠くまで逃げられる」
「嫌だ。俺はここを守る」
「あんたが逃げられれば、他の街に魔王が来てることを知らせられる! みんなを救える!」
「よその場所なんてどーでもいいんだよ。俺はこの村のみんながいないなら、国だろうが世界だろうが、どうなってもいいんだ」
「さすがローさん。良いこと言うね」
振り向くとリレットがいた。
寝起きなのだろう。髪の毛はボサボサで、アホ毛が十本くらい立っていた。
母さんから借りた寝巻き姿でまだ眠たそうにしているが、花飾りやペンダント、剣はしっかりと持っていた。
「おまえも逃げろ! 母さんを連れて行ってくれ!」
「ふぁああー、なんで?」
「なんでって、魔王がこっちに来てるんだよ! わかんねえのか!?」
俺はリレットの目が見えないことを忘れ、のんきにあくびをする少女に怒鳴っていた。
「それはわかってるけど、逃げる必要はないよ? わたしのほうが強いんだから」
「そうかもしれねえが、けどおまえその魔法使うつもりないんだろ!? 逃げねえと攻撃されるんだよ!!」
「されないよ。昨日もされなかったでしょ?」
「なんで今回も大丈夫って言い切れるんだよ!」
「なんでと言われても、大丈夫なものは大丈夫なの」
そう言うと、リレットは俺の前に立った。
魔王が、村に着いてしまった。
俺だけでなく、誰一人としてその場から動けなくなった。
物音一つたてると殺されるんじゃないかと思うほどの緊迫感。
リレットと魔王は少しの間、無言で対峙していた。
「オマエ、オレに何をした」
「あなたには何も」
「ウソをつくな。何かしたはずだ」
「へえー。何かあったの?」
「……」
リレットは意地悪そうにニヤリと笑った。
「あなたが今何もできないのは、単純にあなたが弱いせいだよ」
「なんだと?」
「あの子、殺されちまうよ!」
「いや、どう、なんだろ……」
「どうなんだろうって、そんな呑気に!」
母さんの声は、はじめて魔王を見たときの自分と同じように震えていたが、俺はというと意外と落ち着いていた。
「助けないと!」
「でもなんか、魔王が全然攻撃してこないよな」
「おい! リレットちゃんはいったい何者なんだ」
村人たちは顔面蒼白で、パニックになっていた。
「なんか、魔王より強い、らしい……」
俺の言葉にみんな一瞬かたまった。
「そんなバカな!」
そうだよな。
そんなバカな話があるわけがない。
だが、今こうしていられるのは、間違いなくあいつのおかげなのだ。
「本当に、魔王より強いのか? だから魔王は攻撃してこないのか?」
「たぶん、そうだと思う」
「本当なら、すごいじゃないか!」
「そう、だよな」
みんなの顔に少しばかり生気が戻った。
不安と期待が入り交じった目で、リレットを見ていた。
結局、魔王はリレットに攻撃することも、村人に攻撃することもしなかった。
またしても魔王はその場に突っ立って、銅像のように動かなかった。
「ねえ、この縄であの人の手を縛ってくれる?」
リレットが荷物袋から縄を取り出した。
「ええ!? 俺が!?」
「そだよ」
「殺されるだろ!?」
「殺されないよ。単純な腕力でいえば、ローさんのほうが強いから、安心して」
「ムリムリムリムリムリムリ」
俺は首を振りまくる。
「意気地なしだなあ」
リレットはやれやれとため息をつくと、魔王に近づいた。
リレットが何やら魔王に言うと、魔王はマントからゆっくりと両腕をだした。
「はい。これで大丈夫」
リレットは手際よく縄を魔王に巻きつけた。
魔王は抵抗する素振りを見せず、されるがままだった。
その光景は、あまりにも異様だった。
「おまえ、いったい何者なんだ?」
「ただの女の子だよ。故郷をなくして、目が見えなくて、行方不明のお姉ちゃんを探してて、魔王より強くて、なんなら世界だって滅ぼせる、ただの女の子」
それのどこが『ただの女の子』なんだよ。