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第50話 名前②

「ロジ。用事は終わったのかい?」


 母さんに声をかけられ、我に返った。


 俺は村と街をつなぐ一本道に座り込んでいた。リレットの剣を抱えながら、あれやこれやと考えをまとめていたのだが、気がつけばもうあたりは暗くなっていた。


「あれ? あいつどこ行った? まだ片付けか?」


 よっこいしょと立ち上がり、伸びをする。


「ダリウスさんのことかい?」


「ダリウス?」


 聞き慣れない名前に、眉をひそめる。

 誰だっけ。


「赤い髪と瞳の、美形の人のことじゃないのかい?」


「そうだが。あいつ、ダリウスっていうのか?」


「はあ? なんであんたが知らないのさ。友達だろ?」


「そんな関係じゃない」


「何を言ってるんだ。向こうはあんたを訪ねて来てくれてるんだよ? あんたの名前も知っていたし。なのにどうしてあんたは知らないんだい?」


 隣で小言を言っている母さんに適当に相槌を打ちながら、名前のことを考えていた。


 まさか、あいつに名前があったなんて。元々持っていた名前か? 俺が知らなかっただけなのか? けど、ダートもリレットも、それらしい呼び方はしていなかった。


「聞いてるのかい!?」


「聞いてるって」


 聞いてないけど。


「まったく。大切にしている名前だって言ってたよ。後でちゃんと、名前を呼んであげな。自分が尊敬する三人からとった名前なんだってさ」


 三人?


 三人って、『ダ』はダート、『リ』はリレットか?

 じゃあ『ウス』って……。




「ロージウス」



 母さんが俺の名を呼ぶ。

 この呼び方をするときは、きまっていつも大事な話をするときだ。


「行っておいで。やりたいことがあるんだろ?」


 ハッとして、母さんの目を見る。

 俺と同じ茶色の瞳が、ほんの少し揺れていた。


「気づいて、いてたのか」


「あたりまえさ。何年あんたの母親やってると思ってるのさ」


 母さんは腰に手をあて威張ってみせた。

 確かに、母さんは俺の次に俺のことを知っている。ときには俺以上に。


「もう充分さ。充分すぎるくらいだよ」


 充分。

 母さんは以前からそんなようなことを言ってくれていた。でも俺は、頑なにここを離れようとしなかった。


「俺がいなくなったら、この村や向こうの街のみんなを守れなくなる」


 俺がいるから、みんなは安心して生きることができる。ここでなら、のびのび過ごしてもらえるんだ。


「自惚れるんじゃないよ」


 母さんの鋭い視線が刺さる。


「みんな、ちゃんと強くなってるよ。守ってもらってばかりじゃいられないことくらい、みんなわかってるさ。おまえがいなくてもやっていけるよ。この村の人間はともかく、向こうの街の人たちは、これまでずっと自分たちで生き抜いてきたんだ。それだけの強さを持っているんだよ。おまえは、自分がいないとみんなが死んでしまうと思っているんだ。それは今に始まったことじゃないけどね。昔からそうだった」


 そうだ。

 俺は、強くないしもともと魔法も使えない。できることなんてほとんどない。


 なのに、俺が守らなくては、俺がいなかったら家族や村のみんなは死んでしまう、という強迫観念のようなものがあった。

 世界は平和になったのに、いつまでも自分で自分を縛っていた。



「もう、いいんだ。おまえは、もう自分のために生きていいんだよ。強がらなくていい。強くなくたっていい。そのままでも、おまえはみんなの誇りなんだよ」


 母さんは俺の目をみる。すべてを見透かされているような気持ちになった。



 やはり母さんは、俺の力が嘘だと知っているんだ。


 それがわかったのは、リレットが死んでからわりとすぐだった。

 条件を満たしているはずなのに、魔法が使えないことが何度かあった。そこにはいつも母さんがいた。


 それを本人に言ったことはないし、今後も聞こうとは思わない。


 だが、魔法を使えないということは、そういうことなのだろう。リレットが母さんにだけ真実を教えたか、もしくは母の勘か。

 そのおかげで俺は、母さんといるときは最強という仮面を外すことができる。

 ここで唯一、本当の俺を知っている人だ。



 俺は持っていたリレットの剣を強く握る。


 この力が重荷になったわけじゃない。

 剣を抜けば、言霊の魔法は解除されると言われたが、まだ抜こうとは思わない。


 この力があって良かったと思うことはたくさんあった。たとえ偽りの、幻のような力であっても、家族や仲間を守れるなら、俺はなんだって利用するからだ。


 ただ、「苦しくないか?」と聞かれたら、

「たまに」と答えたくなる瞬間もある。

 そんな時、この剣を触ると不思議と心が落ち着く。


 やめようと思えばやめられるという方法を残してくれたことが、心の負担を軽くしてくれていた。まだもう少しだけやってみるか、という気持ちになる。


「なんか、いまだにあいつの手のひらの上で転がされてる気分だな」


 思わず笑みがこぼれる。



 俺にも、できるだろうか。

 ずっと考えていた。俺にはなんの力もないからと、言い聞かせていた。


 俺はここでは最強だ。ここにいる限り、誰にも負けない。

 けど一歩ここを出れば、たちまち何も持たない人間になる。あいつはああ言ってくれたが、魔法の力がなくなるのは事実だ。



「ここ数年、思うことがあった。ここにはいろんな少数種族がやってくる。助けを求め、仲間を求め。今じゃ灰色や茶色以外の人間も増えた。けど、レーネのような色は見ていない。どこかにはいるずなんだ。今もどこかにいて、もしかしたら悲しい思いをしてるんじゃねえかなって」


 俺が行って、何ができる。

 声をかけることしかできないじゃないか。


 そう思ってた。


「守ってやれるかどうかはわからない。できることなんて、何もないかもしれない。けど、それでもやっぱり、できることがあるかもしれないと思うことをやめられない」


 自分の手を見る。

 この手にはなんの力もない。


「大丈夫さ。あたしの息子は、誰よりも優しく、強いのさ。昔からそうだったんだからね」


 母さんは笑った。


「ごはんの用意をしてるから、ダリウスさんもよんできておくれ。みんなで食べよう」


 そう言うと、母さんは家に戻っていった。




 俺は息を吐き、空を見上げた。

 空を、特に夜の空を見ていると、リレットのことを思い出す。


 震える体を、それでも自身の願いのために勇気を振り絞り、魔王と人々の間に割ってはいるリレット。


 この瞬間にも死んでしまうかもしれないという恐怖をひた隠し、堂々と前をむき、言葉だけで戦い抜いた。


 だがそれを知る人はほとんどいない。

 リレットは膨大な魔力を持っていたが、魔法を使えなかったとレーネは言っていた。

 魔法使いの世界では、リレットみたいな人間は無能だと判断されてしまうのかもしれない。


 あいつが死んでから数年がたち、俺のなかにある考えが浮かんでいた。



 これは俺の推測にすぎないが、リレットは本当に世界を滅ぼす力を持っていたのではないだろうか。



 初めてこの場所で会ったとき、あいつはこう言ったんだ。



『わたし、世界を滅ぼせるの』



 それが本当なのだと、心の奥底で感じた。言葉にできないプレッシャーと、まわりの空気が変わったのを感じ、震えが止まらなかった。


 その後いろんな魔法使いと出会ったが、リレットほどの圧迫感を感じることは一度だってなかった。

『最強の魔法使い』の状態であっても、リレットに勝てる気がしないのだ。


 リレットには願いがあった。首飾りを作るという願いが。

 だから世界を滅ぼす力を持っていても、その魔法を使うつもりはそもそもなかったのだと思う。

 もし誰かに話したら、その力を持っているという証拠はあるのか?とか言われそうだが。


 

『そんなの嘘に決まってんだろ。そんな魔法聞いたことねえよ。誰か使ったことあんのか?』


『あったかもしれないけど、あったとしても誰も見てないよ。だって、使ったっていうことは、みんな、死んでるってことだから』



 リレットとの最初の会話を思い出し、口元が緩んだ。

 そう。これはどうしたって、確かめようのないことなのだ。



 夜の空には数え切れないほどの星が浮かんでいた。

 リレットの瞳と同じ色をした夜の空は、どこまでも大きく、美しいものだった。



『いつか、名前がつくのかな』


 あのときは、かける言葉が見つからなくて、何も言えなかった。



「いつか、おまえの色にも名前がつく。そのときこの世界は、今よりもきっと、良くなっているはずだ」



 暖かい風が吹いた。

 俺の言葉を空へ送り出すかのように。



「よしっ。やってみるか」


 ダリウスを呼びに行った。

 これからのことを話し合うために。


 俺にも、できることがあるはずだから。






 おわり。





完結しました。

お読みいただき、ありがとうございます。


リレットの首飾りを、いつか生まれてくる魔王が受け取ることができるのか。

そのお話はまた投稿できればと思っていますが、当分先になりそうです……。


わかりにくい部分もたくさんあったと思います。

読んでいただけるか毎日不安でしたが、

お一人でも読んでくださった方がいたことが、すごく嬉しいです。


本当に本当にありがとうございました。

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