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第49話 名前

 あのときも、こんな気持ちになったっけな。


 赤の国にある街へ入るとき、門番に馬鹿にされた俺の色を、こいつは「木の色」だと言ってくれた。


 嬉しかった。

 嬉しくて、照れくさくて。


 目を合わせるのが嫌で、俺は視線を空に向けた。

 歳をとると感動しやすくなるのだろうか。目頭を押さえて、落ち着けと自分に言い聞かせた。けどだんだんもう別に泣いてもいいかなという気にもなってきた。



「それにしても、肝が据わっているな。この村やさっきの街の人間は」


 元魔王は気を利かせたのか、何も考えていないのか、どちらかはわからないが、話題をかえた。


「他の種族への怯えや嫌悪感のようなものを一切感じない。大人も子供も。むしろ積極的に寄ってきて、興味津々といった感じだ。おまえの村の人間ならともかく、灰の人は警戒心が強かったと思うのだが」 


 元魔王は昔灰の村を訪れたときのことを思い出しているのだろう。

 彼らは魔王との関わりを疑われ、度々攻撃を受けていた。


「あー、それは、もしかしたら俺のせいかもしれねえな」


「そうなのか?」


「あの街に引っ越ししてきたばかりのころは、みんなわりと慎重だった。いろんなことを警戒してたし、なるべくよそ者とはかかわらないでいようっていう雰囲気があった。けど、俺の力を見る機会が何度かあって、だんだん安心したように警戒を解いていったんだ」


「影が襲ってきたのか?」


「いいや、影は約束通り、手を出してくることはなかったよ。灰の人がここにいると聞きつけた馬鹿な連中が、懲りもせず飽きもせず、彼らを消そうとやってきたんだ。もう魔王はいないってのに、それでも不安は拭いきれなかったようだな」


 灰の人たちは、最初は元の場所と同じように結界を張って暮らしていた。俺のことを強い魔法使いと認識していたものの、「自分たちのことは自分たちでします」と、こちらになるべく迷惑がかからないようにしてくれていたのだ。



「けど、そいつらを追い返してるうちに噂が広まり、ここに強いやつがいると知られるようになっちまった。俺目当てのやつが増えたんだ。単純に手合わせしたいっていうやつから、気に入らないから倒すってケンカふっかけてくるやつ、うちで働かないかって勧誘してくるどっかの偉いやつ」


 この五年で数え切れないほど相手にした。


「うまく魔法を使えているようだな」


 元魔王は感心するも、俺は力いっぱい首を振った。


「いいや! 最初はほんっとうに大変だったんだ! 聞いてくれるか!?」


 俺が声を張り上げたので、元魔王は目を丸くした。


「いつだったか、街で灰の人たちの手伝いをしてたとき、突然侵入者が現れたんだ。けどそのとき周りにいたのはちょっとボケたばあちゃんたちだけだったんだ。

 敵は三人、ばあちゃんは五人。敵はすでに俺がものすごく強いらしいとちゃんと認識していたんだ。いつもなら、これで条件は満たされている。けど、俺は魔法が使えなかった。ばあちゃんたちは俺が誰だかよくわかっていなかったんだ。焦ったなんてもんじゃない。大混乱だ。

 俺はばあちゃんたちに必殺に説明した。

『俺がいるから大丈夫打! なんせ俺は最強の魔法使いだからな!』

『ほら、前も子供たちを助けただろ!? みんなから英雄って呼ばれてる俺がいるからには、ばあちゃんたちには指一本触れさせないぞ!』

 敵に怪しまれないよう、言い方を工夫しながら、切実に訴えかけたよ。まあ、はたから見れば充分怪しかったとは思うが」


 あのときのことを思い出すと、今でも冷や汗がでてくる。

 そのあと薄ぼんやりと思い出してくれたばあちゃんたちのおかげでなんとか窮地を脱出できたが、あまり強い力を出すことはできなかった。



 最強という言葉はなんとも曖昧なもんだ。人によって最強の度合いは異なる。


 俺の熱狂的信者が近くにいたなら、それはもう一瞬で爆発的に強くなれるが、あまり分かっていない人たちしかいないときにはもう死に物狂いだ。

 いつもより多く嘘を吐き、いつもより無駄に時間をかせぐ。

 俺の力を信じている人の数が少なければ、なんとかして仲間を集める。魔法をうまく使うためには、ある程度の観客が必要なのだ。

 誰かが見ていて始めて、俺は魔法を使える。


 それを何度も繰り返し、ようやく落ち着いてきたところだ



 俺の口は止まらなかった。これまでの不満が、崖が崩れたみたいに押し寄せてくる。


 元魔王は俺の話に相槌をうちながら、ときには「なるほどな」「それはすごいな」などと言葉を挟みながら、ちゃんと聞いていてくれた。



 俺は気がついた。

 ずっと、誰かに聞いてほしかったことに。

 誰にも真実を言えないことを少し歯がゆいなとは思っていたが、仕方のないことだと言い聞かせていた。


 話しをするだけでこんなにも心が軽くなるなんて。肩にのしかかっていた重りがずいぶんと減った。



「えーっと、悪かったな。一方的にしゃべって」


 自分のことを話しすぎたときは、いつも少しだけ後悔し、自己嫌悪に陥る。


「おまえが自分のとこを話すのは珍しい。面白い話だった」


「そ、そうか? ならいいんだが」


 いやいや、気を遣ってくれているだけだろう、真に受けてどうする。


「じゃあ俺は戻るから、なんかあったら呼んでくれ」


「わかった」



 元魔王がレーネの家の扉を開ける。

 部屋の中は暗く、そこに入っていく元魔王の姿がなんだか闇に吸い込まれて、そのまま消えてしまいそうに見えた。


 何とも言えない不安がどっと押し寄せ、急に鼓動が早くなる。

 俺はとっさに「なあ!」と呼び止めた。


 元魔王の赤いマントがひらりと揺れ、こちらを向く。


 何か言うんだ。何かを。でないと……。


「どうした?」


 元魔王は俺の言葉を待つ。

 その瞳に一瞬暗い影が見えた気がして、怖くなった。

 こいつのことが怖いんじゃない。

 どこか遠くへ、ニ度と帰ってこられない場所へ行ってしまうのではないか。

 そんなふうに見えて、怖かったんだ。


 きっと少し前の俺なら、自分には関係のないことだと何も言わなかっただろう。


「俺は」


 でも今は、どうしても何かを言わずにはいられなかった。


「俺は、おまえが生きてて、良かったと思ってる!」


 俺が大声で叫ぶと、元魔王は目を見開いた。


「おまえがやったことは取り返しのつかないことで、どうしたってもう手遅れだ! 殺してしまった人は生き返らないし、残された人たちはずっとその苦しみを抱えて生きていく! そうなってしまったのはおまえのせいだ。けど、おまえだけのせいじゃない! 報いを受けなければならないときが、いつか来るかもしれない。もっと早くに死んでおけばよかったと、悔やむときがくるかもしれない」


 それでも。


「だけど、それでも俺は今日、おまえに会えて、よかったと思ってる!」



 伝わるだろうか。


 こんな言葉をかけたって無意味なのはわかってる。闇を払うことはできない。それで笑って前を向けるなら、こいつはこんなふうにはなっていないのだから。


 一瞬でもいい。

 ほんの少しでもいいから、こいつに光をあげたかったんだ。



 元魔王は目をパチパチとさせ、かたまっていた。


 反応がない。何か言ってくれないのか?

 不安になり「わかったか!?」と鼻息荒く声を張り上げる。

 すると元魔王は次第に口元を緩め、「ハハッ」と弾けたように笑った。


 何かのツボにでも入ったのか、腹を抱えて笑っている。予想外の反応すぎて、今度は俺が目をパチパチさせた。

 そんなに笑う要素があったか? わりと、結構真剣な話をしたと思うんだが。


 ひとしきり笑うと元魔王は、「ちゃんと聞こえた。わかった」と言ってきた。


 そして手のひらに魔法で光の玉を作り、部屋の中を照らした。

 穏やかな笑顔を浮かべたまま、すっと中へ入っていった。



 部屋に灯りがついたのを確認し、俺は胸を押さえ思いっきり息を吐いた。


「はあー」


 また、逝ってしまうのかと思った。

 ダートやリレット、レーネのように。さっきのあいつが、重なって見えたんだ。


 俺にできることがあったのかもしれないと、後で後悔するのは死んでもごめんだった。

 図々しいと、うるさいと思われても構うもんか。言いたいことは言ってやる。



 それにしても、考えたいことが山程あるな。

 知らなかったことがたくさんあった。疑問に思っていたこともいくつか答えを得ることができた。

 あいつが来なければ、きっと永遠に知らないままだっただろう。

次が最終話です。

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