第45話 最強の魔法使い②
俺は唖然として足を止めた。
元魔王は振り返り、俺を見る。燃えるような赤い瞳は、あのときの炎を思い出させた。
「縄のせいでオレを殺せないとわかった影たちは、大慌てだった。偽魔王計画を終わらせるためには、誰かが犠牲にならなければならなかったからだ。そこで名乗りを上げたのが、ブレイズだったんだ」
「なんで、あいつが?」
そういえば、偽魔王の最後の日、ブレイズは大切な用があっていないとアイガーが言っていた。
「さあ、よく覚えていない」
元魔王は首を振る。
「あのときのオレは、周りの話を聞ける精神状態ではなかった。ダートが死んで、自分が実は偽物だと説明されて、もう何がなんだかわからなくなっていた。どれが本当で、どれが嘘なのかを判断できなかったんだ」
これまで魔王として生きてきたのに、いきなりそれが嘘だったと言われても、すぐに飲み込めるわけがない。混乱するのは当然だ。
「ただ、一つだけ覚えていることがある。ブレイズが影たちに言った言葉だ。『あの子を自由にさせてやってくれ』と」
ブレイズは、後悔していたのかもしれない。
世界のためだと割り切っていたつもりが、心の奥底では迷いがあったのだろう。
リレットに作戦を終わらせる提案をされたとき、ブレイズはどこかホッとした様子だった。誰かに止めてほしかったのだとしたら。
これほどの殺戮を指揮しておいて何を今さら、ブレイズの死に何の価値があるのだと、俺が被害者なら怒り狂うだろう。
ブレイズもきっとわかっていたはずだ。自分が死んだところで何の罪滅ぼしにもならないことを。
他の影たちのために自分が犠牲になったつもりでいるのかもしれないが、苦しみから解放されるために死を選んだようにも思えてならなかった。
だが彼の背負っていたものは、俺には計り知れないほど巨大なものだったのだろう。
炎に焼かれ苦しんで死んでいったブレイズを思うと、なんともやりきれない気持ちになった。
「あっ! ロジさまだ!」
名前を呼ばれ前を向くと、四人の子供たちが歩いてきた。灰色が二人、茶色が二人。
大きな袋を抱えているところを見ると、近くの街へ買い出しに行っていたようだ。後方には大人二人が台車を引きながらゆっくりと歩いている。
「買い出しか? 偉いぞ」
「えへへっ」
「ロジさまロジさま! その人は敵? 敵なの?」
「赤いかみ! あつそう!」
子供たちが集まってくると、元魔王は物珍しそうに子供たちを見た。
「敵じゃねえ。昔の知り合いだ」
「たたかう?」
「戦わねえよ」
「ええーー」
子供たちは不満げに口を尖らせた。
そんな目で見るな。
「こら、おまえたち! はあっ、はあっ。ロジさまの邪魔をするんじゃない!」
台車をひく男性たちが息を切らしながらやってくる。
「申し訳ございません」
男性が謝ると、汗がポタポタと落ちた。これだけの荷物を運んでいるんだ。二人がかりでは少々きつそうだな。
「いやいや、大丈夫だ。買い出しご苦労さま。押すの手伝おうか?」
「いえっ! あと少しですから」
「ロジさま! 荷物をうかせて、あっちまではこんで!」
「てんそう魔法は? パって消えて、そしたらもうあっちについてるんだ」
「いいかげんにしなさい! 自分たちでできることは自分たちですること! なんでもかんでも助けてもらったら強くなれないぞ。そんなこと言う子は、ロジさまみたいに強くなれないぞ?」
「つよくなりたい!」
「オレ、オレはできるよ! 自分ではこべる!」
「よしっ! じゃあみんなで頑張るぞ。ロジさま、お騒がせしました。失礼します」
男性たちはペコリと頭を下げると、再び台車を引き始めた。
子供たちは誰が一番早く街に着けるかを競争するようで、思いっきり走りだしていった。
「随分と慕われているんだな」
元魔王は去っていく彼らを見ていた。
「今は力があるからな。この力がなけりゃ、こんなふうにはなってねえよ」
みんなが俺を慕うのは、俺が強いと思っているからだ。だから頼り、信じてくれる。騙してるみたいで時々申し訳ない気持ちになるが、こればかりは仕方のないことだ。
「力がなくても……」
元魔王が何か言ったようだが、聞き取れなかった。
聞き返すも「なんでもない」と首を振ったので、俺たちは再び村に向かって歩きだした。
「オレとダートは同じ歳だったらしい。あのときはお互い二十二だ。それを知ってから、やたらと夢を見る。オレとダートが一緒に笑ってる夢だ。食事をしたり、魔法について語ったり、たまにケンカをしたり」
元魔王は、決して実現しない夢を見ていた。
「ダートのしたことといい、リレットのしたことといい、オレには理解できなかった。どうして他人のためにそこまで命をかけれるのか」
リレットのことも知っているような口ぶりだ。
「おまえ、いったい誰からダートの話を聞いたんだ? それに、リレットのことも、どこまで知っている?」
「おまえたちと別れてからニ年ほど経ったとき、レーネに会ったんだ。レーネから全部聞いた。ダートはオレのために、リレットは姉のために、自らの命を使ったと」
レーネが!?
「おまえも、ダートやリレットと同じだ」
レーネと会ったことについて質問しようと思ったが、元魔王が話をつづけた。
「いや、俺は別に。あいつらほどじゃない。命はかけてない。生きてる。あいつらは自分を犠牲にして大切な人を守ったが、俺は違う」
同じなわけがない。
俺にはそんな度胸も勇気もない。それは自分が一番よくわかっている。
「生きているからとか、死んでいるからとかは関係ない。オマエは命をかけて村を守っている。オレからすれば、それはダートとリレットがしたことと同じで、気高い行いだ」
その言葉に俺は自分の耳を疑った。
気高い?
ただずっと村にいただけの俺が?
それを褒められたことなんてない。ましてや気高いなどと。
こいつの目には、俺はそんなふうにうつっているのか?
「それと、ダートもリレットも、自己犠牲だとは考えていないと思う。おまえもそうだろう?」
「まあ、そうだが……」
俺は、俺のしていることが自己犠牲だとは思っていない。見張り役くらいしかできなかったが、それでみんなを守れるなら、少しも苦しくなんてなかった。
けどはたから見れば自己犠牲に見えるのか、村のみんなから何度も「もういいよ。無理するな」と言われてきた。
苦しそうに見えていたんだろうか。
望んでやっていたことだったけれど、仕方なくしていたように見えていたんだろうか。
「まわりから自己犠牲に見られるのは仕方のないことだ。オレも、ダートの行いはただの自己犠牲だと思っていた。その度に心がざわつき、ムカついた。どうしてオレなんかのためにそんなことをしたんだ、どうして見捨ててくれなかったんだ、と」
手をぐっと握る元魔王の顔は、悔しさで歪んでいた。
「レーネと話をして、いろいろと考えた。
『オレなんかのために』『私なんかのために』と残された者は考える。自分にはそんな価値はないのにと思っているからだ。
反対に、犠牲となった者たちは自分の命を捧げてもいいと思えるほどにその者を大切に思っている。だが残された者がそれを受け入れるのはとても難しいことだ」
元魔王の話し方が誰かに似ていると思ったら、レーネに似ているんだ。
「ダートが命をかけたのは、オレへの罪滅ぼしだと思っていた。オレを魔王にしてしまったことへの。たかだか数日行動をともにしただけで、大切な存在になるわけがないと思っていた。あいつの手紙を読むまでは」




