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第44話 最強の魔法使い

「久しぶりだな」


 無表情で話しかけてきたのは、深紅のマントに身を包んだ元偽者の魔王だった。


 赤い瞳に、赤い長髪を後で一つにまとめている。歳は俺と八つ違いだったから、今は二十七か。

 昔と変わらない整った顔立ちだったが、五年経ち、さらに色気がましたような気がする。

 その証拠に、先ほどから街の女性たちの視線はくぎ付けだ。


 俺はこの五年で相当老けた。髪はボサボサだしズボンは穴だらけだし、怪我したら痕が残るようになったし。


「生きていたのか」


 俺は驚きすぎてもはや落ち着いていた。

 声をあげることもなく、普通に話しかけていた。もしかして、これは夢なんじゃないか?


「ああ。ダートのおかげでな」


 ダートの?

 どういうことだと眉をひそめる。

 それにこいつが生きているということは、あのとき死んだ魔王はいったい誰だったんだ。


「時間はあるか? 少し話をしたい」


「あ、ああ」


 歩き出そうとしたとき、持っていた木箱を足に落とした。


「痛っ!!」


 どうやら夢ではないらしい。




 俺たちは街から村に向かって歩き出した。

 背後から女性たちの残念そうなため息が聞こえるが、無視しよう。


 さっきいた街は、かつて魔王によって滅ぼされた場所だ。今は灰の人たちが住んでいる。彼らが引っ越ししてから、街造りは驚くほど早く進んだ。

 彼らは幾度となく住処を変えてきたため、そういう作業には慣れっこだったようだ。


 かつては赤褐色の街だったが、今は灰色の砂や石で作られた建物が並び、がらっと雰囲気が変わった。以前の彼らは岩に穴を掘り住んでいたが、今は普通に家を建てている。


 俺は街と自分の村とよく行き来していた。何か困ったことがないか、誰か怪しい者が訪ねて来なかったかを確認するために。


 街から村へと続く道はかつてのままだ。

 両側を岩壁に挟まれた道を、俺と魔王は歩いていく。


 しかし、これがあの魔王か。俺は横目でちらっと魔王を盗み見る。

 雰囲気がまったくの別人じゃないか。

 落ち着いていて、高圧的な態度は微塵も感じられない。子供のようにはしゃいでいた姿を、今でも鮮明に思い出せるのに。

 いったい、この数年で何があったんだ。


 ふと魔王の髪を束ねている物が目に入った。

 ダートがつけていた青いリボンだ。


「それにしてもロジ、ずいぶんと有名人になったな」


「へ?」


 急に話しかけられて、思わず声が裏返る。


「『ある村に、最強の魔法使いがいるらしい。茶色の髪と茶色の瞳を持つ男だ』。赤の国全土とはいかないが、わりと多くの場所でその噂を耳にした」


「あー。それはまた、迷惑な話だな」


 俺は頭をかく。

 ここ数年で、本当にいろんなことがあったからな。

 この力の秘密は誰にも言うことはできない。まあそれは仕方のないことだが、うまくいかなくて一人悶々とすることもある。そういった噂はあまり広まりすぎないでほしいもんだ。


「その剣は、リレットの剣か?」


 元魔王は俺が背負っている剣を見る。


「ああ。訳あって、今は俺が持ってる」


 剣はそばになくてもいいとレーネに言われたが、持っていないと落ち着かなくなっている。あれだけ重く感じた剣は、もう体の一部と化していた。


 そういえば、こいつは、リレットが死んだことを知っているのだろうか? どう話せばいいのやら。



「先ほどの話の続きだが」


 そういうと元魔王は袖をまくった。

 手首には、ボロボロにほつれた縄があった。


「それってまさか、あのときの縄か?」


「ああ」


 リレットが魔王につけた縄だ。懐かしいな。


「あれからもう五年たってるってのに、まだほどいてないのか? それともほどけないのか?」


「ほどけない。今のところはまだ」


 魔王は縄をなでる。


「この縄は、魔道具だ」


「居場所がわかるってやつだろ?」


 リレットがそんなことを言ってた。それがあれば魔王の居場所がわかると。


「リレットはそう言ったが、それはウソだったんだ」


「嘘?」


「覚えているか? あの大きな街に入るとき、門番にオレたちいろいろと調べられただろ? 怪しい魔道具を持っていないかとか、怪しい魔法を使っていないかとか。オレはこの縄のことを忘れていて、つけたままだったんだ」


 そうだ。こいつの腕にはずっと縄があったんだ。


「あの縄は、何の変哲もない、ただの縄だった。だから門番にもひっかからなかったんだ」


「リレットは縄で居場所がわかると言っていたが?」


「リレットがオレの居場所がわかるのは、単に魔力を探知していただけだ。それは別に魔法でもなんでもなく、感覚を研ぎ澄ませるようなものだ。リレットはそれがうまかったんだろう。魔道具だと嘘をついたのは、オレを逃さないためだ」


 リレットは目が見えなかったが、魔力の流れで周りを把握していると言っていた。


「縄を取ろうとしても、取れないっていってなかったか? 魔法がかかっているせいだと思っていたが」


「それは単にオレの力が弱かったせいだ。恐ろしく硬い縄だった」


 な、なんじゃそりゃ。

 ズッコケそうになった。



「この縄が魔道具に変わったのは、ダートが死んだときだ」


 ダート、と呼ぶ元魔王の声はどこか優しかった。


「ダートは死ぬ間際に、ある魔法を使った。俺の縄へと魔力を注ぎ、自身の命を代償にある魔法をかけたんだ」


 命を代償に!?

 それってまさか、リレットと同じ、言霊の魔法か?


「じゃああいつは、はなから死ぬつもりだったってことか?」


「ああ。もちろん、あのときのオレはそんなこと知るはずもないが」


 元魔王は悔しそうに目を細める。


「ダートがこの縄にかけた魔法は、簡単に言えば防御魔法だ。とびきり力の強い、な」


 この、今にも切れそうな縄が?

 俺は疑いの目で縄を見る。ということは、言霊の魔法ではないのか。


「偽の魔王計画が終了しオレが用済みになれば、オレは処分される。オレがこれまでのことを万が一言いふらすようなことをしたら、国の信用はなくなり、他国から攻撃されるのは目に見えている。口封じのために殺すのが得策だ」


 アイガーが俺やリレットを消そうとしたのと同じ理由だ。


「ダートとリレットにはそれがわかっていた。だから、ダートは自らの命をかけて、これを作ったんだ。

 この縄のおかげで、他者から攻撃されてもオレは傷一つつくことはない。体を薄い膜のようなものが包み、防御してくれる。毒物や幻覚なんかにも反応して、そういうときは縄がギュッと手首を締め付けるんだ。まるでダートが『駄目だ』とオレの手を引くみたいに」


 魔王がふっと微笑んだが、悲しみが伝わってきた。


「じゃあ、あのとき、炎に包まれて死んだと思っていたが、縄のおかげで生きていたのか?」


 あのときの魔王の腕には縄がなかったと思ったんだが、見間違いだったのかもしれない。

 炎が消えたあと、そこには何も残っていなかったが、転送魔法か何かで移動していたのか? それを誰かに見られたら、せっかくの計画が台無しになるが。


「あのときあそこにいたのは、オレじゃない。ブレイズだ」


 

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