第42話 いつかうまれてくるあなたのために④
「恐怖と戦いながら、それでも自身の願いのために、リレットは前を見続けました。偽者の魔王の力を発動させるたび、リレットは死を覚悟していました。もしかしたらここで終わるかもしれない、けれどここで終わらせてはいけないという決意が、リレットを奮い立たせました。あの歳であれほどの度胸がある子は見たことがありません。時々、横顔がとても大人びて見えるんですよ」
レーネは誇らしげに話す。
頑張り続けたリレットを褒めているようだった。
「何もできないあの子が、魔力しかないあの子がここまで戦えた原動力は、姉とあなたの存在が大きいんですよ」
レーネは気遣いで言ってくれているのだろうが、俺は本当になにもしてやれてないんだ。
「俺はかつてリレットと会ったことがある。最後にリレットが教えてくれた。あのときの女の子が自分だと。けど、それだけでそこまで頑張れる理由にはならない」
そうだ。いくら俺がリレットを勇気づけたとしても、たった一度言葉を交わしただけで、そんな大きな存在になるものか?
「リレットはあなたに託したんです。あなたなら虐げられている者たちの力になってくれるだろうと。魔王のせいで悲しい思いをしている人々を、少しでも救ってあげられると」
「託す? 何を?」
「リレットが発動させた言霊の魔法は、実は二つあるんです。一つは首飾りを媒体とした『魔王の力を封印できる首飾り』。もう一つは、あなた自身にかけた言霊です」
「俺!?」
レーネがニンマリと笑う。
俺は頭から大岩を落とされたような衝撃をうけた。
俺に言霊の魔法がかかっているのか!?
「言霊は何も『物』にだけ宿るものではありません。『人』に言霊が宿ることもあるのです」
そういえば、リレットが言っていた。
『対象者もしくは対象物』。『媒体』ともいうが、言霊の魔法には、それをかけられる人や物が必要だと。
「リレットは死ぬ間際、自身の命を使い、ある言霊の魔法を発動させました。術式は私が組みましたが。覚えていますか? 最初に会ったとき、私と握手をしたことを」
覚えている。
温かな何かが全身を駆け巡ったことを。
「あのとき、あなたに術式を組み込んだんですよ。対象者に触らなければ組み込むことはできませんから」
あの感覚は、それのせいだったのか。
俺はあっけにとられて何も言えなかった。
本当にすべてがリレットとレーネの手のひらの上で起こっていたことなのだ。
「その言霊とは、対象者を『最強の魔法使いにする』というものです」
「最強の、魔法使い……」
とんでもないことが起こっているのはわかるのだが、実感がわかないというか、まるで夢のなかで話を聞いているみたいだった。
「先ほどの影との戦いを見させていただきました。あれは、あなたのご家族があなたのことをとても強い魔法使いだと信じ、また、影もそうかも知れないと信じ始めたことで、あなたは魔法を使うことができたんです」
ポカンとしていた俺は、ハッとしてレーネに物申した。
「いや、ちょっと待ってくれ。おかしくないか? アイガー、あ、いや、影たちは、本当に俺のことをすごい魔法使いだと思っていたのか? 最後はそうかもしれないが、少なくともここに到着したばかりのときは、疑いの気持ちのほうが強かったはずだ」
アイガーは今朝の今朝まで俺を虫けらのように見ていた。リレットを殺したかもしれないとは思っていても、本当に俺が強いとは確信は持っていなかったはずだ。
「その通りです。彼らも、最初はあなたの強さを疑っていました。なので、攻撃の最初の三発は、勝手ながら私がシールドを張りました」
「……私が?」
「私が」
最初の三発っていうことは、アイガーが撃ってきた砲撃のことだよな。一発目はそれほどの威力ではなかったが、最後のはかなり強かった。
そのときのシールドをレーネが張ってくれていたことには驚いたが、あの攻撃を軽々防げるほどの実力があることにも驚いた。
「気配を消して、近くに潜んでいたのです。最後の三発目が決定打となり、影たちはあなたのほうが格上だと認めざるをえなくなりました。三人がかりでの攻撃は、あなたのシールドがきちんと防いでくれましたよ。お見事でした」
アイガーは言っていた。
『あなたが私の攻撃を容易く防げたなら、あなたは影の誰よりも強いということになります。それがわかれば、我々はあなたに手出だしはできず、口答えもできなくなる。あなたのほうが強いからです』と。
「言霊の魔法は、数の力がとても大切です。その場にいる一人だけがそれを信じていても、効果は発揮されません。半数以上の人間が『信じている』もしくは『きっとそうかもしれない』と思うことで、力が発動します。あのときは徐々にその条件を満たしていったのです」
母さんやじじいたちは最初から本当に信じてたってことだよな。俺の力なんて見たことがないのに、リレットの言葉だけでよく信じられたもんだ。単純なのか、リレットにうまく言いくるめられたのか、どっちかだな。
「あなたはとても強い魔法を使いました。疑っていた影たちも、今は完全にあなたを自分たちより強い魔法使いだと認識しています。今後、もし彼らがここにやってきても、あなたなら簡単に対処できますよ」
そうか。
俺は、これからもこの力を使えるのか。
魔王はいなくなったが、影が俺たちに何もしないという保証はない。けど言霊の魔法のおかげで、村のみんなを、大切なみんなを、この手で守れるんだ。
「この力の範囲って、どのくらいなんだ?」
「リレットが発動させた言霊の範囲は、この赤の国全域で発動可能です。首飾りとあなたの言霊、どちらもです」
「そ、そんなに広いのか!?」
思わず叫んだ。
「はい。ですが気を付けてくださいね。くれぐれも条件のことを忘れないように。あなたを強いと認識している人が一定数いれば、他の場所に行っても魔法を使えますが、誰もあなたを知らなければ、なんの力も発動しません」
そうか。
条件下でなければ、俺は何もできないんだ。
「言霊の効力は、いつまでなんだ? 死んだあともって話だが、永遠なわけはないだろう?」
「リレットがあなたに使った魔力はそれほど多くはありませんが、寿命くらいは持ちますよ。残りの魔力はすべて首飾りに注がれています。期間は正確にはわかりませんが、およそ三百〜四百年ほどかと」
「さ……」
それは想像をはるかに超えて長いものだった。
リレットの魔力が膨大だからこそなのだろうが、すごすぎやしないか。
「その間に、次の魔王が生まれる保証はあるのか?」
「ありません。ですが、言霊の魔法にはあまり知られていない秘密があるんです。対象物が長い年月をかけて言霊の魔法の効果を浴び続けると、言霊の魔力が切れたあとでもその効果を失わないようになるそうです」
効果を失わない?
それってつまり――。
「つまりその魔道具は、本当にその力を持った道具として存在することができるようになるのです。そうなれば、言霊の範囲内だけでなく、この世界のどこででも、首飾りを使うことができます」




