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第41話 いつかうまれてくるあなたのために③

「あの子が生まれる少し前に、偽物の魔王はこの世界に現れました。まさかあれが偽物だなんて知りませんでしたから、我々は黒目黒髪で生まれたあの子のことを、最初は魔王ではないと思っていました。たまたま黒色で生まれただけなのだと、そう思っていました」


 偽物の魔王が現れたのは十七年前。リレットの姉が生まれたのも十七年前。


 ブレイズたちは自分たちのおかげで本物の魔王が現れていないと言っていたが、皮肉にも彼らが偽魔王作戦を開始してすぐに、本物が生まれていたのだ。


「あの子は次第に『自分が魔王だ』と言うようになりました。何か感じるものがあったようです。ですが我々は信じたくなかった。あらゆる手段を使って調べました。その結果、言霊の魔法や偽の魔王計画について知ることとなったのです」


 言霊の魔法の存在も、偽魔法計画のことも、どちらも簡単に辿り着けるものではない。

 懸命に真実を追い求めた結果、リレットの姉が魔王であると判明してしまったのだ。


 そのときの絶望は、俺には想像もつかない。


「我々は、ずっと魔王との関係を疑われてきました。なのに、本当に魔王が生まれてしまったと知られたら、もう我々の種族は生きていけません。未来永劫、生まれてきた時点で魔王を産む種族と判断され、殺されることになるでしょう」


 未来永劫。

 その言葉の重みに、一瞬めまいがした。



「我々はそれをどうしても回避したかった。今回、魔王は我々の種族から生まれましたが、ドゥール教徒から過去の記録を見せていただき、必ずしもそうではないということがわかりました」


 ドゥールたちは魔王のことについて詳しかった。レーネたちはそれを知るためにドゥールの元を訪ねたのか。


「赤、青、緑。これらの種族からも過去魔王は生まれています。ですが、きっとそれを説明したことろで、我々が弾劾されるのは目に見えていました」


 レーネは遠い目をする。

 見た目で判断され、何を言っても信じてもらえない悔しさを、俺は知っていた。レーネが未来を思い、抱いた恐怖が、痛いほど伝わってくる。


「我々は、我々だけでことを終わらせることにしました。我々で、魔王を、リレットの姉を殺すことにしたのです」



 辺りは静寂に包まれていた。

 岩も、風も、生き物たちも、何もかもがレーネの言葉に耳を傾けているようだった。



「本物の魔王が生まれたことを誰にも知られないうちに、すべてを終わらせる。それが我々の選択でした。けれど、リレットの姉を殺すのは容易ではありませんでした」


「それは、死ぬのを、拒んだから?」


 なんとか言葉を発したが、口が糸で縫い付けられているみたいだった。この緊迫した空気のなかでは、息をすることも難しい。


「いいえ。彼女は自分の死を受け入れていました。自分は死ぬべきだと、このままでは世界を滅ぼしてしまうからと、一刻も早くしようとしていました。

 ですが問題がありました。彼女には、自動防衛機能らしき力が備わっていたのです。彼女を殺そうと攻撃をしても、自動的にシールドが発動してしまうのです。そしてそれは彼女自身も解除できないものでした。

 まったくケガをしない、というわけではありません。転んだり、手を切ってしまったりすることはあります。ただ、殺そう思って攻撃をすると、必ず防がれてしまうのです」


 それは魔法なのだろうか。

 あるいは魔王という生き物の持つ特性なのか。



「ある時、その自動防衛機能を解除する方法がわかりました。リレットの姉が魔王としての殺戮衝動を押されられなくなり、誤って人を殺してしまったときです。

『人を殺すこと』。それをすることで、自身を守るシールドを解除できるとわかったのです。リレットの姉曰く、魂を奪うことで、それが可能になるそうです。一人殺しただけでは、解除できませんが」


 リレットが言っていた。故郷を魔王に滅ぼされたと。それは嘘ではなかったのだ。

 つまり――。


「みな、彼女の自害のために魂を捧げました。私とリレットを除いて」


 レーネは魔王に殺されたとは言わず、魂を捧げたと言った。その言葉にどれだけの想いが込められているのだろう。



「今の話だと、リレットとあんたが今回の作戦を実行したのは、他のみんなや姉が死んでからだよな?」


 俺はしゃべりながら考えを整理するも、緊張からなのか頭がやたらと重い。


「その、なんだ、つまり」


「その首飾りを必要とする人間が死んでいるのに、どうしてそんな魔道具を作ったのか、ということですね」


 レーネは俺の足りない言葉を補う。


「そうだ。こんな言い方、不謹慎だと思うが、死んでしまったらもう、必要のないものだろう?」


「魔王は、また生まれてくるそうなんです。魂はそのままに、何度も何度も魔王として生まれてくると、リレットの姉が言っていました」


 思い出した。

 ドゥールが言っていたことを。

 魔王は生まれ変わっていると。


「リレットの姉は、それが自分の運命なのだと、仕方のないことだと諦めていましたが、リレットは諦めなかった。

 リレットの熱意に、最初は迷っていたみなも、心を動かされていきました。自分たちの命を犠牲にしてでも、あの子の未来に希望の光を灯したいと思うようになっていったのです。魔王の力を封印できれば、あの子は普通の人間として生きることができる。

 あの首飾りは、いつかうまれてくるあの子への贈り物なのです」



 贈り物――。


 あたたかい風が吹き、止まっていた時間が動き出した気がした。



「魔王のために、リレットの姉のために、みんな死んでもいいと思ったのか?」


「はい」


 レーネは静かに答える。


「あなたなら、わかるはずです。あなたもそうでしょう? 大切なもののために、命をかけることができる。そんなあなただから、リレットはあなたに終わらせてもらいたかったんです」


 俺は何か込み上げてくるものがあって、だけどそれが流れ出ないよう必死に押さえていた。

 どれだけのものを背負って、リレットもレーネも、この日を迎えたのだろう。

 押しつぶさそうな重圧のなか、二人はみんなの想いを未来へ届けようと、精一杯進んできたのだ。


 レーネの話を聞いて、どれだけの時間がたったのだろう。とても長い時間こうしていたように感じるが、実際はそれほど経っていないはずだ。


 あらかた事情はわかったが、まだ疑問に思っていることがあった。


「リレットがたった一つ使える魔法っていうのは、言霊の魔法のことか? 世界を滅ぼせるってのは、なんだったんだ?」 


 これまでの話を聞いている限り、リレットにそんな力があったようには聞こえなかった。


「ふふっ。実は、リレットは魔法を使えないのですよ」


 レーネは少し意地悪そうに微笑んだ。


「え? いや、でも言霊の魔法はリレットが使用者だろ? それに変身魔法も使ってたし」


 俺は何を言っているんだと怪訝な顔でレーネを見た。


「発動させたのはリレットですが、術式を組んだのは私です。リレットは、膨大な魔力の持ち主でした。魔力量だけでいえば、魔王を除いてはリレットに勝る者はいなかったでしょう。ですが、それだけだったのです。リレットは魔力を持っているだけで、魔法はいっさい使えなかったのです」


 そんな、まさか。


 俺はしばらく呆然としていた。世界がひっくり返ってしまったようだった。リレットという人物像が、急激にぼやけていった。



「リレットの持つ変身魔法の髪飾りや光る指輪は私が作った魔道具です。魔力を込めるだけで使えます。同様に、言霊の魔法も魔力を込めるだけで発動するようにしていましたから、魔法を使えないリレットでもそれを使うことができたんです」


 同じだ。

 俺も魔法は使えないが、魔道具なら使える。ダートが作り、魔力を込めてくれた転送魔法の腕輪なら。


 リレットも魔法を使えない?

 じゃあ、いままでのあいつの態度はなんだったんだ。


『世界を滅ぼせる』っていう奥の手があるからこその、強気な態度だったはずだろ? じゃなきゃ、たとえ偽者だったとしても、魔王の前に立ちはだかるなんてバカな真似、できるわけがない。


 言霊の魔法のせいだったとしても、偽者の魔王は人を簡単に殺せるだけの力は充分持っていたんだぞ。


 一歩間違えたら死ぬかもしれない場面は何度もあった。


 俺だって、最初会ったときに銃を向けた。けどあいつはいつも自信満々だった。『やれるものならやってみれば』みたいな感じだったし、誰かに助けを求めたこともなかったし、なんなら『わたしが守る』くらいのことまで言ってて。

 そんな、魔法が使えないなんて、そんな……。



 いつだったか。

 そうだ。ダートと出会ったあの街でリレットが魔王と対峙したときだ。


 リレットの手が震えていた。


 俺はてっきり魔法を使うことによる震えか何かだと思ったんだ。けど、そうじゃなかったのだとしたら。恐怖で震えていたのだとしたら。


「あいつはずっと、強い自分を演じていただけだったのか? 本当は何もできないのに、それを必死に隠して、俺やみんなを、言葉一つで守ってたっていうのか?」


 レーネは何も言わなかったが、俺にとってはそれが答えだった。


「そんな……」



 俺は崩れ落ちた。

 そんな少女に、俺は守ってもらっていたのか。

 そんな少女の後ろに、俺は隠れていたのか。


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