第40話 いつかうまれてくるあなたのために②
魔王の力を封印って――。
レーネは包み隠さずはっきりと言ってくれたのだが、俺はその言葉を上手く噛み砕くことができず、余計に混乱してしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。意味がわからない。あれはその場しのぎの作り話だ。いきなり魔王が死んだんじゃ怪しすぎるから、そういう不思議な魔道具があればうまくことが運ぶんじゃないかって。あいつが言ったんだ。あれはただの首飾りだろ?」
ブレイズとの話し合いの流れでそうなっただけだ。リレットが魔王を弱体化できるという設定だと、あとあと面倒なことになりかねないから、ペンダントを使うことを提案したんだ。
「ええ、元はただの首飾りです。そのただの首飾りを、これまでの出来事を利用し、『魔王の力を封印できる首飾り』という魔道具へと変化させる。それが目的でした」
「まさか、言霊の魔法でか!?」
驚きで飛び上がりそうになった。
レーネはゆっくりと頷くと、話を続けた。
「通常の魔法で術式を組み込んでも、封印できる力には限界があります。魔王の力を封印するなんてことは、魔王より強い人間でなければできない芸当だったんです。それに、そもそも簡単にそれができるなら、とうの昔に誰かがやっているでしょうしね」
レーネは悲しそうに笑った。
確かに、過去魔王は何度も現れている。なのにこれと言った対策が確立されていないのは、なにをしても不可能だからなのか。
「私たちは諦めませんでした。知恵を出し合い、各地をみて回り、特別な魔法や方法がないかを調べました。そこでたどり着いたのが、言霊の魔法です。あなたも仕組みに関しては、リレットから聞きましたよね?」
「ああ」
偽魔王の最後の戦いのとき、リレットが教えてくれた。そのことを思い出すと、偽魔王の顔が頭をよぎって胸の奥がずんと重くなる。
「媒体となるものは何でもよかったのですが、まあ簡単に身に着けられる物のほうがいいということで、リレットが普段から着けていたペンダント、首飾りにしました。
そこから、どうすれば首飾りを魔道具にできるのか、どうすれば魔王の力を封印できると信じてもらえるか、その計画を練っていきました。作戦を考えるのは、そこまで難しいものではありませんでした。なにせ、偽者の魔王が存在していたのですから。偽者を利用すればいいのです」
レーネはずっと柔らかな表情だったが、『利用』という言葉を口にした瞬間はそれが少し歪んで見え、背筋が寒くなった。
「偽者とはいえ、人々にとっては本物の魔王でしたから。あれの力を封じこめる瞬間を目撃すれば、人々は首飾りの力を信じます。例えそれが偽りであったとしても。そうすれば、首飾りは言霊の魔法の効力で魔道具として生まれ変わるのです」
あの場所にいた人々は、一切の疑いを持たず、首飾りの効果を信じているだろう。
だが疑問があった。
「俺は、魔法には疎いんだが、リレットが死んでも言霊の魔法の効力は続くのか? 死んだら魔法って消えるもんじゃねえのか?」
「通常は使用者が死ねば、言霊は解除されます。ですが特例があります。言霊の術式を組み込む際に自身の命をかけることで、媒体となる魔道具に込められた魔力が尽きるまで、言霊の効力を維持することができるのです」
俺はレーネの言葉の意味を理解しようと全神経を集中させていた。
『命をかける』、つまり死ぬことで発動するということだ。
じゃああいつは、最初からそのつもりだったっていうのか? 死ぬことがわかっていて、そのための旅をしていたのか?
「なんか、範囲の設定とかなんとか言ってたけど、それはどうなるんだ? 死んでもそれも有効になるのか?」
偽魔王のときは、影たちがそれをしていたとリレットは言っていた。だが死んでしまったら、その範囲とやらも消えてしまうのではないか?
「言霊が有効となる範囲をあらかじめ設定しておく必要があります。例えば、このくらいの円があるとします」
レーネは杖の先で地面に指で小さな円を描いた。
「この円の中で言霊を発動させたいとします。その場合、円の線上に、だいたいでいいのですが、術者の体の一部を置いていくんです」
体の一部を、置く?
「リレットは自身の髪の毛を使いました。リレットの髪はとても長かったんですよ。腰まで届くほどに。ある日突然、髪を伸ばすようになったんです。自分の髪の色が好きになったと言っていました。
あとは、視力、内臓をいくつか、足の指、などですね」
「なっ!?」
レーネはさらっと言ってのけたが、俺は寒気がした。
「なんだそれ! それって、あいつ一人でやらねえとダメなやつだったのか? あいつだけがその犠牲を払ったのか!?」
気づかなかった。目が見えないのはわかっていたことだが、それ以外にも不自由なことがあったなんて。
「この規模の魔法は、本来なら一人でやるものではありません。複数人で行うものです」
「だったらなんで!」
「できなかったんです。なにせリレットと私以外の仲間はみな死んでいますから」
「あっ……」
責めるような口調になってしまったことをすぐに後悔した。
レーネやリレットは俺のように無知ではない。俺なんかよりも、多くを知っている。けれど、そうするしか方法がなかったのだ。
「だれか、他に頼りはいなかったのか?」
レーネは首を振る。
「我々の種族は、魔王の象徴である黒と酷似してきるという理由から、差別され、さげすまれてきました。そんな我々に手をかす人はいません。いたとしたら、その人はよほどの変わり者ですね」
レーネは俺を見て笑った。
「前会ったときに言ってたな。魔王と間違えて殺されることもあるって」
「ええ。ですが、実は少し違うのです」
「違う?」
俺は眉をひそめる。
「魔王と間違えられることは確かによくありますし、それのせいで差別を受けていますが、だからといって殺されることはほとんどありませんでした。恐れられていたため、誰も我々に近づかなかったのです。
それが起こるようになったのは、偽の魔王が現れてからでした」
偽の魔王が現れたのは、今から十七年前だが、それがどう関係してくるんだ。
「偽の魔王にかけられていた言霊はご存知ですよね」
「ああ。魔王だと思い込ませる言霊だよな」
「それが原因です。我々の一族は魔王の特徴と似ているため、言霊の対象となる場合があるのです」
対象?
言霊の魔法の条件を思い出していると、レーネがわかりやすいよう説明してくれた。
「例えば、誰かが我々の一族の人間を見て、魔王だと思い込む。もし言霊の魔法を使える者がいた場合、その者は魔王の力を手にしてしまう恐れがあるのです」
俺はハッとした。
なるほど。条件を満たしていれば、別にあいつでなくても偽りの魔王となりえるんだ。
「もちろんこれはあくまでも可能性の話です。言霊が発動していなければ、問題のないことですし、言霊の魔法を扱える者はごくわずかです。めったなことでない限り、そんなことは起こりません。ですが、その万が一を、彼らは恐れた。我々の一族を滅ぼそう。それが彼らが下した決断でした」
レーネの声は、静かな怒りに満ちていた。
「魔王と間違えて殺されたのではなく、言霊の魔法の発動条件を満たす可能性のある人間だから、殺されたのです」
言葉がでてこなかった。
作戦の邪魔になるかもしれない。なら、排除してしまえばいい。
そんな理由で殺せるのか。
そんな理由で殺されてきたのか。
「影を、やつらに、復讐を、したいとは思わないのか?」
レーネは何も言わず、困ったように、とても悲しそうに笑うだけだった。
「あんたたちは、最初からわかってたのか? 自分たちが狙われている理由を。魔王が偽物だと」
「ええ」
リレットも最初からあいつが偽物だと分かっていたようだったが、どうして知っているのかは教えてくれなかった。
ブレイズがリレットに尋ねたときも、リレットは『内緒だよ』と真相を話さなかった。
「リレットの姉が、本物の魔王だったんです」




