第4話 命より大切な村
「それじゃあ今度こそ、お邪魔しました」
少女はそう言うと、スタスタと扉のほうへと歩いていき、俺もその後をピタッとついて行った。
魔王はまだ、突っ立ったままだった。
街を出るまで、俺たちは一言もしゃべらなかった。ずっと心臓がバクバクしていた。
岩山に挟まれた道にたどり着いたところで、俺は膝に手を置き、思いっきり息を吐いた。
「はぁー」
何もしてないが、どっと疲れが押し寄せてきた。
「ねえ、わたしあなたの村に行きたいんだけど、案内してくれる?」
「ええ? 村なら、このまま来た道を戻れば着くが……」
上の空のまま、弱々しく答えた。
今それどころじゃないんだ。
空気を吸わせてくれ。何事もなく戻ってこれたことを喜びたいんだ。
……あれ? 何事もなく?
ちょっと待てよ。
「なあ」
「なあに?」
「なんで、魔王を殺さない」
少女はキョトンとした。
「魔王を殺してくれよ!! あいつより強いんだろ?」
「強いよ?」
「なんでやらなかった!?」
俺の質問に、少女は眉をひそめた。
「わたしも割と薄情な性格だと思うけど、あなたもなかなかだね」
「何が!?」
「よく知りもしない人を、そんな簡単に殺すだなんて」
「いやいやいや、あいつは魔王なんだよ!! この世界の厄災! 化物! 俺たち人類の敵だ! 殺すべき存在なんだよ!」
俺は向こうに見える屋敷を指差す。
「わたし別に殺すために会いに行ったんじゃないから」
「そうじゃなかったとしても殺しておくべきだったんだよ!」
「いやだよ。言ったと思うけど、わたしは一度しか魔法を使えないの。魔法を使ったら、あの人を倒すどころか、世界が滅んじゃうんだよ?」
「調節できねえのか? 魔王だけ倒すように力を抑えるとか」
「やったことないからわからない」
「じゃあ、できるかもしれねえってことか!?」
俺は期待を込めた目で少女を見る。
「うーん。でも万が一、それができたとしても、わたしはやらないよ」
「なんでだよ?」
「だって、わたしは一度しか魔法を使えないのに、もしあの人を倒すために力を使ってしまったら、その後わたしが誰かに殺されそうになっても、抵抗することができないんだよ? わたしを殺すなら、世界が滅ぶって言えないんだよ?」
「そ、そんなことのために魔王を倒すことを渋ってんのか!?」
「わたしにとっては大事なことなの。わたしの力はわたしのタイミングで使いたいの」
「魔王を倒せば安心して姉ちゃん探せるじゃねえか」
「今でも安心して探してるよ」
「おまえ、あー言えばこーいうやつだな」
「お互い様だよ」
少女は一歩も引かなかった。
「魔王を倒すことは、おまえにとっても意味のあることだろう?」
「そんなに意味はないけど」
「はあ? おまえ、魔王に故郷を滅ぼされたんだろ?」
「そうだけど、それとこれとは別だよ」
「どう別なんだよ!」
「どうもこうも、別なの。はい、この話はおしまい」
少女はパンッと手を叩く。
俺は開いた口が塞がらなかった。
この少女は本当に魔王を倒す気はないらしい。
「村に行こうよ。わたし、お腹すいちゃった」
そう言って、俺の前を歩き始めた。
いったいなんなんだよ。
「ロジ! どこ行ってたんだい!! 様子を見に行ったらいないから心配したんだよ!!」
村に着くなりエプロンをつけたままの母親が血相を変えて駆け寄ってきた。
昔はぽっちゃりしていたが、いまじゃすっかり頬はこけ、顔や手にはシワが目立っている。
「悪い。ちょっといろいろあって」
「まったく! それで、その子は誰だい?」
「あー、こいつは」
母さんは不思議そうな目で少女を見る。
何て説明するべきか。
「こんにちは」
少女はペコリと頭をさげた。
「こんにちは。お人形みたいにかわいい子だねえ。このあたりでそんな肌の白い子は見たことがないよ」
母さんは少し屈み、リレットをまじまじと観察する。
この村があるのは赤の国の中だ。赤の国は他国より気温が高く日差しも強いため、たいていみんな日焼けしたような肌の色をしている。俺もそうだし、母さんもだ。
もちろん体質によってはそうならない者もいる。リレットはそういう体質なのだろう。
「もしかして、目が見えないのかい?」
「はい」
「生まれつきかい?」
グイグイいくな。
俺だってまだ理由聞いてないのに。
「昔、故郷が魔王のせいで滅んで、そのあと、目が見えなくなったんです」
「そうかい。それは辛かったね」
そうだったのか。
こいつ、魔王に故郷滅ぼされて、その上目も見えなくなって、それでよく魔王を殺したくならねえな。
「名前はなんて言うんだい?」
「リレットです」
リレットというのか。
まだ名前も聞いていなかった。というか俺も名乗っていなかったが。
「あたしはロジの母親だよ。ロジは目つきが悪くて癖っ毛なんだけど、どっちもあたし譲りなんだよ」
そんなこと伝えなくていいだろ。
リレットがこちらに顔を向けるので、思わず横を向いた。
ボサボサの茶髪で前髪が目にかかっていても、別に困っちゃいない。誰に見せるわけでもないんだから。
「あの、聞きたいことがあるんです。この人を見たことはありますか?」
リレットはそう言うと、首のペンダントを外した。ペンダントは黄色い楕円形で、ぱかっと開けると中に絵が入っていた。