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第37話 夜の空へ②

 リレットが、死んだ。



 どうして魔法を使わなかったんだ。

 どうして姉を探していると嘘をついていたんだ。

 どうして死ななければならないんだ。

 どうして俺が殺したことにしてほしいんだ。



 どうして……。



 彼女が最後に語ってくれたことは、俺が疑問に思っていたことへの答えではなかった。


 だが、もう聞くことはできない。

 その答えは、夜の空に吸い込まれ、消えてしまった。


 リレットの髪飾りを手に取る。

 その赤が、血の色に見えて仕方がなかった。


 光が消え、あたりは見慣れた暗闇に戻っていた。

 何の音も聞こえなかった。

 静かで、そしてどこまでも暗い。

 深い穴の底に取り残されたようだった。



 ふと前方を見た。

 道の先、魔王に滅ぼされた街がある方向に、ふわっと光が見えた。


 なんだ?

 なんの光だ?


 目を凝らす。

 暗闇のなかを、何かが動いている。


 まさか、影のやつらか!?



 光はどんどん近づいてくる。

 間違いない。俺とリレットを追ってきたんだ。


 どうする。村のみんなに知らせに行くか?

 今から避難しても間に合うか?


 いや、無理だ。


 ダートからもらった転送魔法はどうだ?

 まだ使えると思うが、村人全員を運ぶ力があるのかわからない。


 焦りで混乱していると、

『大丈夫』

 と笑う、リレットの顔が浮かんだ。


 リレットは嘘はつくし本当のことも言ってくれないが、あいつが大丈夫だと言ったことは、本当に大丈夫なんだという気がする。

 少なくとも、最後のリレットの言葉には、嘘はひとつもなかったと思う。


 リレットを信じよう。

 この危機を切り抜ける何かがあるに違いない。


 俺は心を決め、彼らと対峙することにした。




 光の正体は、やはり影だった。

 影が三つ、数メートル先で灰色のマントを揺らしていた。

 全員集合ではないことに少しほっとした。

 他の影は街で待機しているのか、はたまた別の村に行っているのか。



「やはりここにいたか」


 先頭にいる影が口を開く。アイガーの声だ。

 なんとなくだが、怯えているように聞こえた。いや、まさかな。


「あの少女はどうした」


「俺が殺したよ。見てただろ? お望み通り、殺してやったんだぞ? 礼くらい言ったらどうなんだ?」


 俺は不敵な笑みを浮かべ、これ見よがしにリレットの髪飾りを見せた。言われたとおり、俺が殺したことにした。髪飾りの赤が血の色に見えるから少しは真実味が増すだろう。


「死体はどうした?」


「粉々に砕いて塵にした。風に乗ってどっかいっちまったから、もう元には戻せねえよ」


 そんな魔法があるのか知らねえがな。

 俺の言葉に影たちが暗く黙りこくる。


 リレットは、俺が殺したと言えば、影がおとなしく引き返してくれると踏んだのだろうか。



「我々は、疑っているのだ。おまえは弱い。街に入るときにおこなった魔力測定でも、ごくわずかな魔力しか感知されなかったと報告を受けている。そんな人間が、あの少女を殺せるわけがない」


 アイガーの口調はいつもと違っていたが、相変わらず小馬鹿にしたような物言いと、マントをかぶっていても俺を見ていないことが丸わかりだった。


「魔力を制限するなんて、俺くらいの魔法使いなら朝飯前なんだよ。それを見抜けないようじゃ、おまえはまだまだってことだよ」


 これまでリレットが言っていた言葉を思い出し、リレットがしていたように、自信満々に振る舞ってみせる。

 今朝、アイガーと対峙したときには上手く回らなかった口も、いまは調子よく動いてくれている。


 ただ手の震えは抑えられなかった。暗闇でそれがバレていないのは幸運だった。



 影は様子を伺っている。

 俺の言葉が本当かもしれないと考えているのなら、好都合だ。

 このまま引き下がってほしいところだが、そんなに上手くいくだろうか。

 銃じゃやつらを倒せないし、リレットの剣は抜かないでと言われた。

 俺にできることと言えば、言葉で戦うことだけだ。



「ロジ? ロジ!? 帰ってたのかい?」



 背後からの声に、俺は慌てて振り返る。

 そこにいたのは息を切らしている母親と、村のじじいが五人だった。


「なんで、ここに……」


 先ほどまでの威勢がすっと引っ込み、気が動転して言葉を続けられなかった。


「光が見えたから、気になって見に来たのさ。誰と話してるんだい?」


 母は不安げにこちらを見る。

 じじいたちはそれぞれ木の棒を握りしめ、鋭い視線を俺の後ろにいる影にむけている。



 何もかもうまくいかない。

 ここまでくると、もはや笑えてくる。


 ほんの少し残っていた光が、完全に闇に覆われてしまった。俺はまだ、悪夢から抜け出せないのか。



 どうする。

 どうするのが正解だ。

 逃げろと言ったこところで、すぐに追いつかれて殺されちまう。

 攻撃されたら防げないんだ。

 母さんたちが余計なことをしゃべって俺が魔法を使えないとむこうにバレたら終わりだ。


 みんな、死んでしまう。


 最悪を考えてしまうと、膝から崩れおちそうになる。



 リレットなら、どうする。

 リレットなら――。



 俺は思いっきり息を吸い込み、吐き出す。

 腹をくくれ。

 失敗すれば、どのみち死ぬんだ。

 なら、やるしかねえ。


「今取り込み中なんだ。すぐ帰るから、村で待っててくれよ」


 俺は髪をかきながら、気だるそうに母さんたちに話しかける。

 なるべくいつも通りに、なんてことないみたいに。


「どう見たって怪しい連中じゃないか。おまえだけ残して戻れるわけがないだろう」


「心配すんなって。俺がなんとかするから」


「なんとかって、おまえ……」


 母の顔に、不安の色がありありと見てとれる。


 震えるな。気丈に振る舞え。

 拳をギュッと握りしめ、全身に力を込める。


「言ってなかったけど、俺、めちゃくちゃ強いんだわ。本気をだせば、あいつらなんて、一瞬で灰にできる。あいつらは俺に傷一つつけることはできない。もちろん、村にも出だしはさせない」



 母がじっと探るように俺を見る。


 頼む。

 信じてくれ。帰ってくれ。

 そう願うしかなかった。



「そうかい。そうなんだね」


 母とじじいたちは俺の言葉に驚かなかった。


「リレットが言ってたのさ。おまえのことを。自分より強いってね」


「えっ? い、いつの、話だ?」


 俺は飛び上がりそうになった。


「夜寝てる時さ。この村がこれまで無事なのは、ロジが魔法で守ってるからだってね。ビックリしたよ。まさかあんたが魔法を使ってたなんて」


 俺は訳がわからず、ただ唖然としていた。


 魔法? 俺が?

 そんなことできるわけないだろう。

 リレットもわかっていたはずだ。


「けどまあ、魔王がこんなに近くにいて、何年も攻撃されなかったのが、その証拠なのかもしれないね」


 胸の奥が熱くなる。


「ロジ、俺たちはな、おまえが魔法を使えようが使えまいが、別にどっちでもいいんだ。おまえがずっと村を守ってくれていたことに変わりはない。おまえはずっと、俺たちの誇りなんだ。魔法を使えることには驚いたがな」


 何かが変だ。


 本当に体が熱くなっている。

 どうなってるんだ。

 なんか力が、こう、湧き上がってくる、みたいな。


「ということで、おまえさんたち、帰りな。あたしの息子はね、ずっとずっと村を守ってたんだ。誰よりも優しく、強い子なんだよ。あんたたちじゃ、到底かないっこないのさ」


 俺はちらっとアイガーたちに目をやる。アイガーたちは沈黙していたが、そんな簡単に母さんたちの言葉を信じてくれるだろうか。



「――ない」


 アイガーの声が聞こえた。


「そんなはずはない。おまえは弱い。おまえはここで死ぬ。村人もろとも、ここで死ぬのだ」


 その声はやはり今朝とは違うように聞こえた。不安、緊張、恐れ。それらがほんの少しもれている気がする。


 アイガーが手を前に出した。

 拳くらいの赤い光の弾が現れたかと思うと、それをいきなり撃ってきた。


 俺は反射的に手を前にだした。

 魔法の攻撃を素手で防ごうなんて、できるわけがないのに、それでもこうすることしかできなかった。



『いいですか? 攻撃を防ぐには、まずシールドです』


 ダートに教えてもらったことが頭をよぎった。旅の途中、リレットに言われたとおり、ダートに魔法のあれやこれやを教わっていた。

 俺にもシールドってのが使えたらよかったのに。



 死を覚悟したが、突然俺の手の前に何かが現れ、アイガーの攻撃はその何かに弾かれた。


 目の前にあったのは、シールドだった。

 ダートが教えてくれた、防御魔法だった。

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