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第36話 夜の空へ

 どうしてここに。



 見間違えるわけがない。

 ここは村の近くにある、あの一本道だ。


 先ほどの街と違って灯りはなく、あたりは真っ暗だったが、それでもわかる。においも、空気も、音も、すべて知っている。

 毎日ここにいたのだから。



 呆然としていると、突然光が灯された。

 目の前でうつ伏せで倒れているリレットの指輪が光っていて、それが俺たちの周りを照らしていたのだ。


「お、い……。おい! 生きてるか!? しっかりしろ!!」


「そんな、大きな声を出さなくても、聞こえてるよ」


 リレットはゆっくりと言葉を発したが、なんとも儚げな声で、今にも消えてしまいそうだった。


「担いでもいいか!? 村はすぐそこだ! あ、いや、転送魔法で街へ行ったほうがいいか。ちゃんとした医者に診てもらおう!」


 俺はリレットの肩にそっと手を置く。


「ふふっ」


「なんだよ!?」


 なぜかリレットは笑みを浮かべていた。


「わたしの、ことなんて、心配して、どうするの」


「こんなに血がでてるんだぞ! 早くしねえと」


「いいんだよ」 


「いいわけねえだろ!」


「無駄なの。誰も、わたしを、みて、くれないよ。それに、別にこのケガ、致命傷じゃないから」


 リレットはそう言うと、体を起こしたいのか手で地面をぐっと押し始めた。


「どうした? 上を向きたいのか?」


 俺はリレットの体を支えようとしたのだが、そのとき、リレットの髪飾りに触ってしまった。


「あ、悪い」


 白い花がポトリと地面に落ちたのだが、とたんに花にある変化が起こった。


 花の色が変わっていったのだ。

 白い花がはしから赤に染まっていく。リレットの血で染まったわけではないようだが、何が起こっているんだ?


「なあ、なんか飾りが」


 と言いかけてリレットを見ると、なんとリレットの髪にも同じ現象が起きていた。


 髪の赤が、抜けていく。

 まるでそばにある髪飾りがリレットの赤色を吸い取っているかのようだった。


 リレットの赤い髪は毛先のほうから別の色へと変わっていったのだが……。


「おまえ、その髪」


 リレットはごろんと体を反転させようやく上向きに寝転ぶと、ふーっと息を吐いた。


「なんの色か見える?」


 体制をかえて話しやすくなったのか、リレットの口調はいつもの感じに戻っていた


「……黒に似た、暗い色。あのばあちゃん、レーネと同じ色だ」


「そう」



 俺はリレットの髪を凝視する。みるみる色が変わっていき、すべてが暗くなるのと同時に、落ちている髪飾りも真っ赤に変わった。


「ローさん」


 名前を呼ばれリレットを見る。




 リレットの目が、開いていた。




 息を呑み、リレットの瞳を見つめた。

 髪と同じ色の、暗く深い色。



「おまえ、目、見えるのか?」


「見えないよ。見えないけど、ひらくことはできるの」


 吸い込まれてしまいそうな色だった。


「ねえ、自分の話をしてもいい? まだ少し時間があるから」


「そんな場合じゃ」


「大丈夫。ローさんが予想通り狙いを外してくれたおかげで即死にはならなかったし、話すだけの体力はあるから」


 俺は目を見開いた。


「おまえ、気づいて…」


 リレットが俺と目を合わせる。

 その瞳で見られると、なぜか心を見透かされているような気持ちになって、言葉がでてこなくなった。


 俺は心臓を狙わなかった。

 ちゃんと撃ってと言われたが、やはりできなかった。撃つ瞬間、銃口を少し下にずらしたのだ。


 聞きたいことはたくさんあった。

 言いたいことはたくさんあった。


 だが今は自分が話すより、リレットの言葉に耳を傾けるべきだと感じ、頷いた。


 リレットは「あのね」と言って、昔のことを話はじめた。



「わたし、この髪と瞳の色が大嫌いだったの。この世界のことも、大嫌いだった。世界の仕組み、成り立ち、環境、文化、とにかくすべてが嫌だった。色ですべてが決まってしまうことが。


 そんなある日、一人の男性に出会ったの。

 わたしは人とはぐれちゃって、かぶってたマントも落としちゃって、街の隅っこで震えてた。だってこの姿を見られたら、ひどい目に遭わされるから。

 夜だったから余計に不安で、だからその男性に見つかって、死んだと思った。もう終わりだって思った。


 だけどね、その人、こう言ったの。



『へえ、初めて見る。いい色だな』



 何を言ってるのかわからなかった。

 なんのことを言っているのか。


 わたしが固まってるから、

『どうした? どっか痛いのか?』

 って、普通に話しかけてきて、近づいてきたの。


 それが怖くて思わず

『来ないで!』って半泣きになって叫んだら、

 彼はピタッと止まって、わたしを見た。


『こ、殺さないで……』


 わたしが震えながらお願いすると、彼はキョトンとして

『は? そんなことするわけねえだろ』

 って、首をかしげた。


『う、うそだ。だって、この色は、不吉だから。魔王と似てるから、だからみんな気味悪いからって、死んじゃえって、思ってるんでしょ。何もしてないのに、何もしないのに』


 しゃべると涙がボロボロこぼれた。

 この人にこんなこと言ったって、意味がないことくらいわかってた。

 だけど、そのときのわたしの心は限界だった。

 我慢していた感情が、溢れてしまった。



『あー、まあ、魔王の色と似てるか似てないかでいったら、似てるよりにはなるか。夜はなおさらそう見えるかもな。けどおまえのそれってさ、どっちかっていうと、あれと一緒じゃねえか?』


 男性は人差し指をピンとたてる。

 わたしはそれがさす方を見た。


 それは空だった。

 夜の空。


 だけど、そんなこととっくに知ってる。


『そうだよ。だからみんな嫌いなんでしょう? だって、夜は魔王の時間で、だからみんな夜が嫌いで、夜の空を見上げることを嫌ってる。あれと同じ色だからなんなの? いいことなんて、ないじゃない』



『きれいだろ?』



 その時の衝撃は、忘れない。忘れられない。

 その一言が、わたしを生かし、動かし、希望を持たせてくれた。


 優しい顔で、優しい声で、その人は夜の空を見ながら、『きれい』だと言った。



 それは、星があるからでしょう? 星がなくてもきれいだと思う?


 だけどわたしはその言葉が信じられなくて反論した。そんなことを言う人がいるはずがないとわかっていたから。


 そしたらその人

『俺はな、木に葉っぱが一枚もついてなくても、それをかっこいいと思う男だ』

 って、意味のわからないことを言ってきたの。


『土もそうだ。土は地味だしきれいでもない。けどな、土はどこにでもあって、人間を、自然を、この世界を支えているんだ』


 その人にとっては、それがとても誇らしいことだったみたいで、自信満々に語ってた。


『夜の空だって、すごいじゃねえか。この世界のどこにでもあって、どこからでも見えて、この世界を包んでるんだ。触れねえけど、たしかにそこにあるんだ。星があんなにも光るのだって、空が暗いからだろ? すごくねえか?』


 この時のわたし、ポカーンとしちゃった。

 いったい何の話をしてるんだろって、なにがすごいんだろうって。

 わたしが唖然としてるから、伝わってないと気がついたみたいで、その人はとてもわかりやすい言葉に言い換えてくれた。



『つまり、俺はおまえのその色、好きだってことだよ』



 その人は自分が来ていたマントを脱いで、地面に置いた。

 どこかからその男性の名前を呼ぶ声が聞こえて、

『もしなんかあったら俺のとこに来い。心配すんな。ジジババばっかだから、もし殺されそうになっても、返り討ちにできるぞ』

 って笑って言うと、走っていった。



 大きなマントを拾ってかぶると、ポケットにパンと紙が入ってることに気がついた。

 食べかけとかじゃなくて、新しいパン。しかも柔らかくて、ほんのり甘い。まるで、始めからわたしに渡すために用意したみたいな。


 紙にはその人の名前と、ある場所が記されていた。



 一人の夜は、今までだって何度も経験してきた。

 そのたびに大きな不安に襲われて、早く朝になってほしいのに、ずっと夜がそこにいてわたしを見てるから、なかなか満足に眠ることができなかった。

 夜がだんだん近づいてきて、わたしを押しつぶしてしまうんじゃないかって、毎日思ってた。


 だけどその日は、胸の奥があたたかくて、大きなマントもあたたかくて。

 パンをかじって、紙を握りしめて、ふと、空を見上げた。



 あんなにも怖かった空が、怖くなかった。

 深呼吸して、夜の空気を胸いっぱい吸い込んだら、空はどこまでも広くて、たくさんの星が光ってて、久しぶりに見た夜空は、全然真っ暗じゃなかったの。


 たった一人でも、この色を好きだと思ってくれてる人がいるだけで、こんなにも世界が変わって見えることに驚いた。


 きれいだと、好きだと言ってくれたその言葉は、まるで夜の空に浮かぶたくさんの星みたいに、わたしの中でキラキラと輝いていた。


 その日から、わたしはわたしの色を好きになったの」



 リレットは一通り話し終わると、細く息を吐いた。

 俺は両目をかっと見開いたまま、瞬きすら忘れていた。


 リレットはそんな俺を見て微笑んでいたが、胸が痛んだのか「うっ」と鈍い声を漏らした。


 そうだ。今はぼーっとしてる場合じゃねえ。


「と、とにかく、傷の手当てを」


「ローさん」


 だがリレットは首を振った。


「わたしはローさんのせいで死ぬんじゃないからね。自分で死ぬの」


 死ぬという言葉が、俺の心に突き刺さる。


「な……に、言ってんだよ。死なねえだろ? おまえ、致命傷じゃねえって」


 そう言いながらも、顔がひきつる。


「ローさんに撃たれたケガは致命傷じゃないよ。だから、わたしは自分で死ぬの」


「おい、冗談言ってる場合か? 死ぬ必要なんてないだろ?」


「あるの。あるんだよ。わたしは今、死なないといけないの」



 言葉がでてこない。



「ローさん」


 リレットがまた名前を呼ぶ。


「一つ、お願いがあるの。もうすぐ影たちが来る。彼らがここへ来てわたしのことを聞かれたら、ローさんが殺したって言って」


「なんで、そんなことを」


「お願い。絶対の絶対。ローさんが殺したことにして。そしたら大丈夫だから」


 リレットが必死な様子で訴える。


「……わかったよ」


 いったい何が大丈夫なのかという気持ちを飲み込み頷くと、リレットは穏やかな表情になった。


「それと、その、剣、今日はずっと、持ってて」


「剣を?」


 俺は背負っている剣に触れた。


「このままでいればいいのか?」


「うん。そう。今日は、ずっと、持ってて、ね。抜いたら、ダメだよ」


 それになんの意味があるんだと思ったが、今聞きたいのはそんなことではなかった。


「本当に、今、死ぬのか? 死んでいいのか?」 


「いい」


「姉ちゃんはどうすんだ? まだ会ってねえのに」


「大丈夫。もうすぐ会えるから」


 俺はハッとした。

 じゃあ、リレットの姉は。


 リレットは力ない微笑を口の辺りに浮かべる。


「わたしの命はここで尽きるけど、わたしの想いは消えないの。ずっと遠くの未来で、わたしの想いは届くから」


 リレットの目から涙がこぼれた。


「おまえに言ってやりたいこと、たくさんあるんだが」


 リレットの涙がうつったのか、目の前が揺れてきた。


「ちゃんと聞くよ。いつでも言って。ローさんのこと、見てるから」


 そう言うとリレットは何かに気づいたかのように、空の一点を見た。


「ほら、かみさまが、迎えにきてくれた」


 かみさま? 誰かの名前だろうか。


 次の瞬間、リレットの体全体が光で包まれ始めた。


「じゃあね」


 笑顔でそう言うと、光は空へ吸い込まれるように上にのぼっていった。


 光はすぐに見えなくなり、リレットがいた場所には、赤くそまった髪飾りがあるだけだった。



 リレットは、死んでしまった。




 俺は空を見上げた。

 リレットの色と同じ色の空はどこまでも広く、今日もこの世界を包んでいた。


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