第35話 引き金を引くとき④
「ローさんがわたしを殺すのなら、わたしは抵抗しないといけない。わたしには、唯一使える魔法がある。でもこれを使えば、ローさんは死んでしまう」
初めて会ったころは、あまりにも突拍子もない話に、少しもそれが真実だとは思わなかった。
だが、今は違う。
「わかってる」
「じゃあ、やるよ? 家族に挨拶しなくてもいいの? お別れになるけど」
「今は転送魔法が使えない。村に行きたくても、いけないからな」
俺はダートからもらった水色のリングをぎゅっと握る。
「みんなに何か伝えたいことはない? 言伝があるなら、聞くよ」
言いたいことなら、山程ある。
一人一人に、感謝と謝罪を伝えたい。
だけど……。
ありがとうとごめんだけじゃ、足りない。
何を言っても、足りない。
そんな言葉では、想いを伝えることはできない。
「言伝はない。俺の死は伝えなくていい。おまえにそこまでしてほしいわけじゃない」
「いつまでも心配かけちゃうよ?」
「村に帰るのを忘れるくらい、いい旅をしてるんだって、きっとそう思ってくれるさ」
わざわざ悲しませる必要なんてない。どこかで生きていてくれるならそれでいいと、みんななら言ってくれるはずだから。
「なるほどね。ローさんにも、命をかける覚悟が……。違うか。ローさんには、最初からその覚悟があったよね。出会ったころから」
リレットはふっと笑みを浮かべ、呟いた。
「いや、覚悟を決めたのは今日だぞ」
「違うよ。ローさんは、ずっと命をかけてるよ」
俺のどこが命をかけてるように見えるんだよと言いたかったが、まあ、もういいか。
「じゃあ、やるよ」
「ああ」
「そうだ。一応、ちゃんとわたしを撃ってくれる? それを合図に、魔法を発動するから」
「え、おまえを撃っていいのか? 大丈夫か?」
俺は外して撃つ気満々だったのだが、それでは駄目なのか。
「大丈夫に決まってるじゃない。ローさん、わたしを殺せる気でいるの? 殺せないから自分が死ぬんでしょう?」
ごもっともだ。
「それに、ローさんがいつまでも撃たなかったら怪しまれて影に逃げられちゃうよ」
それもそうだ。
俺は再びリレットの胸のあたりに銃口を向け、狙いを定める。
リレットはゆっくりと歩きだし俺との距離を詰めると、右手を前に出した。
数日前、初めて出会ったときにもこんなことがあったばかりなのに、もうずいぶんと前のことのように感じる。
あのとき震えていたのが嘘のようだ。
大丈夫。
恐怖はない。
家族を救えるなら、俺はなんでもできる。
心のなかで数を数える。
三、ニ、一。
そして、リレットを撃った。
俺の人生は、ここで終わり――。
とはならなかった。
俺が撃った弾は、リレットの胸を撃ち抜いたのだ。
「えっ……」
反動でリレットの体がビクッと揺れ、白い服がじんわりと血でにじんでいった。
俺は動けなかった。
動かなかった。
最初は、儀式か何かだと思ったんだ。
魔法を使うために血を出す必要があるとか、撃たれることで発動する魔法とか、そんなのってありそうだろ?
どこかで見ている影たちもそう思ったに違いない。
俺がリレットを撃ったにもかかわらず、すぐにこちらにやってこなかったからだ。
だが、何かが起こる気配はなかった。
なにより俺はまだ生きている。
リレットの顔は血の気が引いていって、ゆらりと体が前後したかと思うと、そのままドサッと俺の足元に倒れ込んだ。赤い髪が顔にかかり、表情がよく見えない。
まだ、何も起こらない。
心臓の鼓動が早くなっていく。
うつ伏せになったまま動かないリレット。
地面が血で染まり、その光景があの時のダートと重なった。
俺はゆっくりと膝を折り、リレットの手を恐る恐る触った。
「お……い」
震える声で話しかけるも、リレットからの反応はない。
俺は、リレットを――。
「お前!! いったい何をした!?」
声が聞こえ、俺はハッとして顔をあげた。
いつのまにか三人の影が近くに来ていて、俺に杖や剣を向けていた。
「答えろ! 殺したのか!?」
殺したという言葉に、心臓が激しく波を打った。
そんな。
俺は……。
不安と恐怖から、触れていたリレットの手を強く握った。
すると、リレットの指がピクリと動いた気がした。
次の瞬間、目の前が突然光に包まれた。
眩しさで一瞬目を閉じたが、すぐに異変に気が付き目を開けた。
そこは先ほどいた場所ではなかった。
両サイドを高い岩山に挟まれた一本道。
リレットと最初に出会った、あの場所だった。




