第34話 引き金を引く時③
「はあーっ! やーっとあそこから出てこられたよお! もうクタクタ。二度と行きたくない」
リレットは伸びをして、胸いっぱいに夜の空気を吸い込む。
「こっちの道でいいんだよね? ローさん?」
「ああ」
アイガーの作戦通り、俺はリレットを人気のない場所へと案内していた。
そこへ行く道中、数人がリレットに気づき、声をかけていた。リレットは疲れているだろうに、そんな素振りはいっさい見せず、丁寧に手を振ったり言葉をかけたりしていた。
俺はそんなリレットの後ろを、影のように気配をけしながら付いていった。
幸い人々はリレットしか眼中にない。まあ、俺がいることに気づいていたとしても、いないものとしているだけだと思うが。
背負っているリレットの剣がいつもにも増して重く感じ、ただでさえ進まない俺の足をさらに遅くしていた。
どこかで影が見ているのだろうが、ここからではそれらしい人物は見つけられなかった。
リレットに気づかれないよう距離をとるといっていたが、どの程度離れた場所で待機しているのかは、わからない。
どんどん人の数が減っていき、周りが暗くなっていく。静かで、張り詰めた空気が濃くなっていくようだった。
「こんな辺鄙な場所にいるの? 影の人たちは? なんだか居心地が悪いなあ」
目が見えないリレットは、それを肌で感じ取っていた。
「口止め料として大金を渡すと言っていたからな。誰かに見られでもしたら大問題だろ」
「ふーん」
歩いている間、リレットにすべてを打ち明けたい衝動を押さえるのに必死だった。
だが影が近くにいる可能性がある。まだここではダメだ。誰もいない場所についてからだ。
しばらくして、階段状の街の端にやってきた。
誰も住んでいない廃墟が立ち並び、いつの物かもわからないゴミが転がっている。
空気はよどんでいて、ときおり生ぬるい風が建物の間をぬってやってくる。
「約束の場所ってここ? なんだか、あんまりいい場所じゃないね」
リレットはあちこちに体を向け、嫌そうに顔をゆがませた。
「すぐ終わるといいんだけど。影さんたちは、どこにいるのかな? 気配を消してるみたいだね」
リレットに感知されないよう離れた場所から監視しているのかもしれない。
やるなら、今だ。
俺は銃を手に取り、キョロキョロと辺りを見回すリレットに向けた。
カチャっという音にリレットはすぐさま反応し、俺のほうに顔を向けた。
「ローさん、どうして銃を出してるの?」
やっぱ、すぐ気づくんだな。最初に会ったときもそうだった。
よほど早撃ちの達人でもねえ限り、こいつを一発で殺すのは難しいだろう。
背後からの不意打ちが失敗して、今頃影はどう思っているだろうか。
アイガーなら、想定内ですとか言いそうだな。
「おまえを、殺すためだ」
「殺す?」
リレットは首をかしげる。
いきなりこんなこと言われて、理解できるわけねよな。
「そっかあ」
リレットは腕を組み、何やら考えこむ。
「どうした?」
「殺されるなら、別の場所がよかったなって思って」
「は?」
「ここ、建物がたくさんあるでしょ? 空が狭く感じるんだよね」
リレットは上を向く。
「だからなんだ?」
「死ぬなら、空が広い場所がよかったなって」
ちょっと待て。
こいつ、まさかわかってないのか?
「あのな、俺はおまえを殺そうとしてるんだぞ?」
「わかってるよ。だからここじゃなくて、例えばローさんの村とかだったら、もっと空がよく見えたのになあって思って」
「いやだから、俺が今からおまえを殺そうとするから、おまえは抵抗する必要があるだろ?」
「抵抗? わたし別に、抵抗しようと思ってないけど」
「はあ?」
「殺したいなら、どうぞ」
「いやいやいや、なんでそうなるんだ」
「だって、ローさんはわたしを殺したいんでしよう?」
そうだけどそうじゃねえ。
「初めて会ったときのこと、忘れたのか? あのときも俺はおまえに銃を向けた。そしたらおまえはこう言ったんだ。『今から世界は滅ぶ』って。おまえには唯一使える魔法があるだろ?」
リレットは数秒固まったあと、
「ああ、そういうこと」と両手をパンと合わせた。
「てっきり、ついにローさんわたしを殺したくなったのかと思ったよ」
なんでだよ。そんなこと思うわけねえだろ。相変わらず発想が怖いな。
「だけどどうしていきなり、こんなことしようと思ったの?」
「家族を、村のみんなを人質にとられた。おまえを殺さなければ、村が消される」
「わたしの言葉を聞いているから?」
「そうだ」
「それでいうと、他の村もだよね? 別にローさんの村だけで言ってたわけじゃないから」
「ああ。おまえが死なないのであれば、他の場所のやつらも殺されるだろう」
「わたしが死ねば、たくさんの人が助かる。わたしが死なないのであれば、たくさんの人が死ぬことになる」
リレットは考えを整理するように呟いた。
「そうだ。けど俺は、おまえを殺すつもりはない。世界を滅ぼしてもらいたいわけでもない。おまえに、あいつらを、この近くで見張っている影を殺してもらいたいんだ。おまえは、力の調整ができるはずだ。世界を滅ぼさずとも、最小限にとどめることはできるんじゃないのか?」
俺は本当の目的を告げた。
影に聞こえていない今なら、リレットと交渉ができる。
「なるほど。それだけのために、私に魔法を使わせるつもりなんだね」
それだけ、と、リレットは言う。
リレットにとってはそれだけでも、俺にとっては何よりも大切なことだ。
「悪いとは思ってる。一度しか使えない魔法を、俺の都合で使わせてしまうことを。けど、この方法しか思いつかなかった」
「そうだね。ローさんが家族を助けるためには、それしかないと思うよ。だけどローさん、そのために死んでもいいの? わたしが今魔法を使えば、いくら最小限の力とはいえ、ローさんは確実に巻き込まれて死んじゃうよ」
「いいにきまってるだろ。それに、影のやつらはどのみち俺を殺すつもりだ。俺がおまえを殺せるなんて、はなから思ってない。おまえに俺を殺させるつもりなんだよ」
「なんだ。ちゃんとわかってるんだ」
「それくらい、俺でもわかる」
あんな目で見られたら、俺でもわかる。
アイガーの、俺を同じ人間と思っていないようなあの目を。
「いまこの場所には結界が張られているよね。その結界のせいで、わたしたちはここから出ることはできないし、誰もここに入ってこれないようになっている」
リレットは影が張った結界にも気がついていた。その結界についても、俺は事前に話を聞いていた。
逃げることは不可能だと言われた。転送魔法を使うことはできないのだと。逃げ道は完全にふさがれているのだ。
「あいつらはおまえが一度しか魔法を使えないことを知らないからな。ちなみに、影は全員集合してるらしいぞ。これが最後の大仕事ってわけだ。結界の外からおまえを殺す機会を伺っている」
まあ、おかげで会話を聞かれずに済んでいるが。
「わたしがこの街にいる限り、言霊の魔法のおかげで影たちは簡単には手出しできないだろうけど、いつまでも居座るわけにはいかないからね。いつかはわたしの秘密がバレて、殺されるかもしれないからね」
リレットは腕を組み、考えをまとめると、
「わかった。今、やろうか」
と俺の提案を飲んでくれた。
「悪いな。迷惑ばっかかけて」
「それは違うよ。迷惑をかけているのはわたしなんだから。散々連れ回したこと、忘れてないでしょう? だからさっき、ついにローさんわたしを殺したくなったのかなって思ったんだよね」
そう言われると、確かにブンブン振り回されてるよな。あっちこっち行かされて、危ない目にあって。そもそもこいつと会わなければ、こんなことにはなっていないわけだし。
だが、不思議とこの出会いを後悔していないのはどうしてなんだろう。大切な人たちに危機が及んでいて、自分が死ぬことになってしまったのに、どうしてだか、こいつを恨んではいなかった。
リレットの人柄というか、雰囲気がそうさせているのかもしれないが、恨まずにいられるならそれにこしたことはない。恨みながら死にたくはない。
大切な人を守れたんだと、誇りながら死ねるなら、そのほうがいい。
俺が深呼吸し心を決めると、リレットが口を開いた。
「今から、ローさんは死にます」
リレットの声は優しく、死の宣告というよりも、何かのお告げのように聞こえた。




