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第33話 引き金を引く時②

 刺されたような衝撃を受けた。

 心臓がこれ以上ないほどドクトクと脈をうち、今にも破裂しそうだった。

 


「言霊の魔法を使えなくする方法は、使用者を殺すのが一番ですが、他にも方法があります。言霊を信じている人間がいなくなればいい」


 リレットが広場で偽魔王を退けた後の話し合いで、ブレイズに故郷の話をしたことを思い出した。


『俺の村、魔王が住み着いてた場所のすぐ近くなんだよ』


 こいつはそのときもブレイズの後ろにいた。聞いていたんだ。まさか、あの会話はわざとだったとでもいうのか? 今の状況は、その時点から想定されていたことだったっていうのか?

 それを考えると、膝から崩れ落ちそうになった。



「信じている者がいなくなれば、言霊は発動しません。彼女が訪れたすべての場所を殲滅することは難しいかもしれませんが、あなたの村くらいでしたらすぐにでも実行できます。あなたが彼女を殺せないのでしたら、村の方々に死んでいただきます」


 アイガーはなんてことないように話す。


「よくも、よくもそんなことができるな。人を殺すことに、何も感じないのか? 心はないのか?」


 俺は殺気をはらんだ目つきでにらみつける。リレットの剣はベッドに立てかけている。隙を見て取ることができれば……。


「我々の手はすでに黒く染まっています。今さらもとに戻るはずはありません」


 情に訴えかけるのは無意味だと、アイガーの冷めきった声でわかった。

 だがまだ諦めるわけにはいかない。なんとかしないと。


「おまえたちは、さっきからあいつのことばかり気にしているが、実は俺も魔法が使えるんだよ。気づいてないみたいだか」


 一か八かの賭けにでた。

 俺が本当は凄腕の魔法使いなのだと思わせられれば、この状況を打破できるのではないかと足りない頭で咄嗟に考えたのだが、背中は汗でびっしょりだ。


「万が一、あなたが言霊の魔法を使えたとしても、我々にとってそれは脅威でもなんでもありません」


 だがアイガーは顔色一つ変えなかった。


「あなたの言うことを、誰が信じますか? まさか、ご自身の立ち場をお忘れになったわけではないですよね? 忘れてしまったのなら、鏡をご用意しましょうか?」


 水をぶっかけられたように、汗が冷えていった。アイガーといつも目が合わない理由がわかったからだ。

 こいつもそうだったんだ。俺たちのような種族に偏見と侮蔑を持つ、大勢の中の一人。


「そうか。そうか……、ははっ」


 俺はポツリと呟き、自分自身を嘲笑った


 勘違いをしていた。自惚れていた。

 話をしてくれるから、食事を持ってきてくれるからいいやつだと思っていたが、それは間違いだった。


 見下されることには慣れっこだったし、差別の視線なら何度も浴びた。いつもの俺なら、こんなふうによくしてくれている状況を怪しんだだろう。

 だが、いろんなことが起こりすぎて俺の心は疲弊していた。何かを与えてくれる人間を、すんなりと受け入れていた。


 急にいろいろと腑に落ちてきた。そして理解した。


 こいつは、こいつら影は、俺がリレットを殺せるなんて、はなから思っちゃいない。リレットに俺を殺させ、そのあとリレットを殺すつもりなんだ。


 

「あなたの魔力測定の結果は聞いています。ほとんど魔力がないそうですが」


「優れた魔法使いなら、誤魔化すくらい簡単にできるんだよ」


 強くみせなければならないのに、声にはいっさいの覇気がなかった。

 自分がどんな顔をしているのかわからなかった。悲しんでいるのか、怒っているのかさえも。ただなんとかしなくてはという思いだけは残っていて、その思いが口を動かしていた。


「言霊の魔法は特殊です。魔法の存在を知っている者はごくわずか。扱える者となると、ほんの一握りです。高い魔法の技術が必要ですから」


 おまえにはそんなこと到底できないだろうと言わんばかりだ。自分たちがいかに優秀かを自慢したいのだろう。


「あなたが本当に優れた魔法使いであるというなら、今からあなたの村に行きましょうか?」


 いまから?

 アイガーの言葉に顔が強張る。


「私はあなたの村に行ったことはありませんが、魔王の屋敷には出入りしていました。転送魔法は基本的に行ったことのない場所には行けませんが屋敷に行くことはできますので、そこから村へ行きます。私が村を攻撃しますので、あなたはそれを防いでください。

 あなたが私の攻撃を容易く防げたなら、あなたは影の誰よりも強いということになります。それがわかれば、我々はあなたに手出だしはできず、口答えもできなくなる。あなたのほうが強いからです。どうですか? あなたにとっては願ったり叶ったりの提案ではないですか?」


 アイガーの顔を見れず、下を向いた。

 自分の惨めさをひどく痛感させられ、何も言い返せなかった。


 その提案を飲めるわけがない。俺にはなんの力もない。みんなを見殺しにするだけだ。俺が盾になったところで、どれほどの時間稼ぎができるだろう。死んでいくみんなを見るなんて、耐えられるわけがない。


 小さく縮こまる俺を見て、アイガーはほとほと呆れたように、またため息をついた。


「これを返しておきます」


 アイガーが布の袋から取り出したのは、門で取り上げられた俺の銃だった。


「使い慣れているもののほうが、やりやすいでしょう。どうみてもあなたにあの剣は扱えませんから」


 アイガーはベッドにある剣にちらっと目をやる。


「なるべく一発で仕留めてください。失敗した場合は、こちらでなんとかします。それと、時間になるまでここから出ないでください。何かを企んでいる素振りを見せれば、もう二度とご家族には会えなくなりますので、お気をつけて」


 

『失敗した場合』。失敗するとしか思ってないくせに。俺がリレットに勝てるわけがないと分かってるんだ。



 銃を受け取ると、ある考えがよぎった。

 いまこいつを撃ったら、そしたら殺せるか?

 アイガーの鎧はこんな銃で傷つくようには見えなかったが、顔はむき出しだ。逃げる隙くらい作れるんじゃないか?


「弾は抜いてあります。あとで迎えに来たときにお渡ししますので」


 俺の心を読み取ったかのようにアイガーは告げた。ことごとく出口が塞がれ、銃を握っていた手から力が抜けた。

 アイガーは最後まで目を合わすことなく去っていった。



 俺はその場に崩れ落ちた。

 もう、村には戻れない。家族には会えない。今すぐにでも帰りたい。震える手でダートからもらったリングを触る。


 けれどそれをしてしまうと、おそらくあいつがやってくる。すべてを消し去っていく。これまで偽魔王とともに世界をめちゃくちゃにしてきたやつだ。村のみんなを殺すことに、なんの躊躇もないだろう。


 村を守るためにはリレットを殺さなくてはならない。だが万が一上手くいったとしても、そのあと俺は殺されるだろう。

 リレットを殺さなかったとしても、どのみち俺はやつらに殺される。

 どう転んでも、死ぬんだ。

 


「今日、死ぬのか」



 口にした途端、絶望が全身を覆っていった。怒りたくて、飛び出したくて、泣きわめきたくて。

 けれどそのどれもができず、一人うずくまって震えていた。

 いつまでも冷めない夢の中にいるようだった。どれだけ腕に爪を食い込ませてみても、目は覚めない。


 どうする事もできないのか。

 どのみち死ぬんなら、せめてあいつらを道連れにして、村のみんなを救いたい。けど、そんなのどうやって。



『ローさんがピンチになったら、銃でわたしを撃てばいいの。持ってきてるでしょ? 銃』


 リレットの言葉を思い出し、うずめていた顔をあげる。



『それを利用すればいいの。殺したい人がいれば、もれなくわたしが殺してあげられるんだよ。その引き金を一番近くで引けるのは、ローさんなの』



 そうだ。

 そうだった。

 まだ方法は残されている。

 自分の命と引き換えに、家族を助けられるかもしれない方法が。



 リレットなら、やつらを殺せる。


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