第32話 引き金を引く時
世界に平和が訪れて三日がたった。
俺はまだ三重の塔のそばにある小さな建物にいて、そこの部屋で寝泊まりしていた。
リレットとはあれから会っていない。あいつは今忙しい。国王との謁見、騎士団への説明で、塔の形をした城にこもりっきりだった。
どうして俺はここにいるのかというと、そもそも俺は今回の作戦で何もしていないし、聞けば城の中には赤の国以外の人間は入れないらしい。
もちろん例外はある。他国の重要人物などは出入りしている。だが俺のような何ももたない人間は、ここまでしか行けないのだ。
それに文句を言っているわけではない。むしろ城に入りたいなんて思っていない。
ただリレットが戻らないと俺もここから出られない。ここにいると、あの時の光景が思い起こされる。
自分勝手な気持ちを伝えられるわけがなかったが、早くいろいろと終わらせてくれと願うばかりだった。
四日目の朝、ブレイズの護衛騎士兼影の男がいつものように食事を持ってきてくれた。名はアイガー。今日も重そうな甲冑を着ていて、動く度にカチャカチャと音がなっている。
「ありがとな。ところで、リレットはまだかかりそうか?」
この質問をするのも何度目だろう。
アイガーの答えはいつも「まだです」だ。目も合わさず必要なことだけを話すと、そそくさと戻っていくのだ。
「今日中には終わりそうです」
「やっぱまだ……へっ? 終わるって?」
「はい。すべきことはだいたい終わったようです」
「どう話がまとまったんだ?」
「首飾りを国王様の城で保管することになりました。魔王の力を封印した首飾りは世界に平和をもたらした象徴として、人々に語り継がれるでしょう。しばらくの間は国王様が身につけ、我が国の功績を広める手段としてお使いになるそうです」
平和の象徴ねえ。
ただの首飾りからえらい出世だ。
「ただの首飾りだとバレなきゃいいけどな。王様やその他の騎士たちは何にも知らないんだろ?」
「はい、ご存知ありません。首飾りのことは、今すぐにでも魔王が現れない限りはその効果を疑われることはないかと。目撃者は大勢いますから」
確かに。
あれだけ大胆にやったんだ。しばらくは大丈夫か。
「ところで、本日は他にもお伝えしなくてはならないことがあります」
珍しいな。いつもすぐに帰るのに。
「なら、中に入るか? 立ち話もなんだろ?」
部屋には椅子が一つしかないが、俺はベットに座ればいいだろう。
「いえ、ここで結構です。単刀直入に言いますが、あなたにリレットを殺してもらいたいのです」
時が止まったように、動けなかった。言葉が出てこなかった。じわじわと感覚が戻ってくると、恐怖が全身を駆け巡り、膝が震えてきた。
俺は口を開けたものの、やはり何も話せない。アイガーは俺の言葉を待たず、再び口を開いた。
「あなたにリレットを殺してもらいたいのです。リレットは夕方に城から出てくる予定ですので、夜、人気のない場所に連れて行って、殺してください。我々影は離れたところからお二人を見ています」
アイガーは相変わらず無表情だった。
事務的な声で、今日の予定を淡々と告げた。
「なん、で」
ようやく声を絞り出したが、それしか言えなかった。
「危険だからです。彼女はすべを知っている。知りすぎている。言霊の魔法のことも、偽魔王作戦のことも、そのなにもかもを」
だから、殺すっていうのか?
そこまでしなきゃいけないのか?
「そんなの、言えばいいだろ」
声が震える。
「秘密にしてくれって、言えばいいだけだ。それに、あいつだって魔王を殺すことに協力したんだ。大切なペンダントを手放してまで。その努力を無駄にするようなことをすると思うか? ちゃんと話し合えば、聞いてくれる。どうして殺す必要があるんだよ」
頼むから、「そうだな」って言ってくれ。
「おかしなことを言って悪かった」って、言ってくれ。
すがるような目で、アイガーを見た。
「魔王亡き今、危険なのは彼女です。彼女は言霊の魔法を扱える。彼女がこの街でそれを使えば、誰も敵わない」
だがアイガーは俺のほしい言葉を一つも返してはくれなかった。
そういえば忘れていたが、影たちはリレットが言霊の魔法を使っていると思ってるんだ。
もう、言ってしまってもいいんじゃないか?
あいつが言霊の魔法を使っていないことを。それがわかれば、危険視されなくなるはずだ。
「あいつは言霊は使っていないと言っていた。俺はその言葉を信じている。本人に確認してみてくれ。そうすればわかるはずだ」
「例え彼女が言霊の魔法を使っていないと言ったとしても、我々はそれを信じることはできません。彼女の発言が本当なのかどうかを証明できないからです」
アイガーは首を振る。
「本当だって! やってみてもらえばいい! そしたらわかる!」
なんとかしてこいつを説得しないと。
俺だって本当かどうかなんてわかっちゃいない。だけど、それでも信じている。
「重要なのは、彼女が言霊の魔法を使っているかどうかではありません」
「どういう、ことだ?」
「言霊の魔法の使い方を知り、かつすでにその条件を満たしていることが問題なのです」
使い方、条件。
俺はリレットが説明してくれた言霊の魔法に必要な要素を思い出していた。
範囲、言霊の内容、媒体。
「彼女が優秀な魔法使いであるならば、一人で言霊の範囲を設定することができます。言霊はすでに充分認知されていますし、媒体の用意は難しいものではありません」
「けど、リレットが魔王より強いってのは、ペンダントの力のおかげだっていう設定にするはずだろう? それが知れ渡れば、リレットの言霊は機能しなくなるって話だったはずだ!」
これはリレット自身が提案したことだ。ブレイズもその案に納得していた。
「ええ。ですがそれは、この街での話です。彼女はこれまでいくつかの街や村でも同じ発言をしています。人々のあいだでも、少々噂になっていたようです。この街で彼女を無効化できたとしても、よそではそうはいかない。彼女が我々の知らないところで真実を語る可能性は充分にあります。そうなれば、我々に勝ち目はなくなる。最悪の場合、赤の国は終わってしまうんです」
最後の言葉がひっかかり、怒りがこみ上げてきた。
赤の国が終わってしまうだと? どの口がそれを言っている。
「はっ。自業自得じゃねえか。おまえたちが始めたことだろうが」
俺は吐き捨てるように言った。
偽の魔王を作り上げ、世界をめちゃくちゃにした張本人のくせに。
「そうです。我々が始めたことです。だからこそ、その後始末をする責任があります」
「後始末を他人に任せるのか? ずいぶんとご立派な志だな。なぜ自分たちでやらない?」
アイガーは目を閉じ、細く息を吐いた。馬鹿にしたような、呆れたようなため息だった。
「我々では無理です。警戒されていますし、人気のない場所に連れていくこともできません。彼女はこの街にいる間、必ず人が大勢いる場所に滞在していたのです。決して一人にならないよう、細心の注意を払っているようでした。ご存知でしたか?」
そういえば、リレットは夜になっても宿に戻らなかった。窓の外からあいつを見かけたときは、いつも誰かと一緒にいた。
まさか、わざとだったのか? 隙を作らないために、そうしていたのか?
俺が宿でぼけっとしている間も、あいつは身を守るために戦っていたのか?
自分の無様さに腹が立ってくる。
悲しみを言い訳にして、ずっと閉じこもってばかりじゃねえか。何もできないからと周りが動くのを待つばかりで。
行動を起こせばいい。ダートにもらった転送魔法のリングがある。リレットと一緒に逃げればいいんだ。絶望の中に光を見つけ、俺は手をグッと握る。
「おまえは、俺があいつを殺すと本気で思っているのか?」
「はい。やりますよ。人質がいる以上、やるしかありませんから」
人質だと?
「魔王が居座っていた街のすぐそばでしたよね? あなたの村は」




