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第31話 言霊③

「行くのか」


「うん。ローさんは、ここにいてね」


 リレットはスカートをパンパンとはたき、花の髪飾りがきちんと付いているかを確認した。


「大勢の前だからね。身だしなみはきちんとしていないと」


 そして首にかけているペンダントをぎゅっと握りしめた。


「お姉ちゃん、わたし、がんばるよ」


 リレットを見ていると、何とも言えない不安が襲ってきた。


「やっぱ俺も」

「ダメだよ。ローさんはここにいて」


 きっぱりとした語気で断られた。


 リレットが騎士の隣へ行くと、足元に魔法陣が浮かんできた。


「戻ってきたら、いろいろと答えてもらうからな」


 俺が声をかけると、リレットはクスッと笑った。


「ローさん、それ言っちゃいけないやつだよ」


 どういうことだと首をかしげると、リレットはまた笑った。


「あとでね」


 リレットと騎士の一人は光りに包まれ、その場から消えた。



 直後、魔王の前に魔法陣が浮かびあがった。

 周りを取り囲んでいた騎士たちは何事だと少し距離をとる。魔王の手下が現れると思ったに違いない。


 だがそこから現れたのは、その場に似つかわしくないほど可憐な少女だった。

 風が吹き、赤いロングスカートと白い花の髪飾りが揺れる。


「あれは、リレットだ!」

「本当だ! あの子がいる!」

「魔王より強い女の子よ! この前魔王を追い払ってくれたんだから!」


 リレットが微笑みかけると、強張っていた人々の表情が少し和らいでいった。


 リレットとともにやってきた騎士が、魔王と戦っていた騎士団たちに声をかけた。


「攻撃を中断せよ!」 


 騎士団たちは一瞬躊躇ったが、すぐに命令に従い攻撃の手を止めた。



 リレットは魔王のほうを向く。

 魔王とリレットが対峙し、あたりは異様な緊張感に包まれた。


 俺の心臓もバクバクで、柵を握る手は汗でびっしょりだった。

 ここからではリレットの顔は見えるが、魔王の顔は見えない。

 あいつは今、どんな顔をしているのだろうか。



「わたしは」



 リレットが口を開くと、一言も聞き逃すまいとみんな息をとめて耳を澄ませた。


「わたしは、あなたの力を封印することができます」


 リレットの力強い声が響き渡る。


「この首飾りは、魔王の力を封印できる首飾りです」


 リレットは首からさげているペンダントを持ち上げた。姉との絵が入ったペンダント。


 それこそが、今回の作戦の鍵だ。




 どうやって魔王を倒すのか。今日までの七日間、リレットとブレイズは話し合いを重ねた。

 その方法として、リレットはある提案をした。


「わたしは魔王より強いの。みんなも信じてくれてる。だから、わたしが魔王の前に現れて、魔王を弱体化するっていうふうにもっていくのはどうかな?」


 この街の人々は魔王がリレットの前から逃げ去ったのを目撃しており、リレットをとても強い女の子だと思っている。


「おぬしのそれも、言霊を利用しているだけであろう? 魔王を倒したあと、おぬしがそれほど強くないことがバレてしまえば、魔王を倒せたことを疑問に思う者がでてくるかもしれん。魔王より強い少女がいるという噂が広まれば、のちのち苦しい思いをするのはおぬしじゃ。隠し通せるものではない」


 ブレイズはその提案を却下した。

 ブレイズや影たちも、リレットの強さは言霊の魔法によるものだと思っているようだ。


 俺も言霊の魔法の話を聞いたとき、リレットもそれを使っているのではないかと考えた。



『魔王より強い』



 これまで立ち寄った場所で何度もリレットが言ってきた言葉だ。


 俺が真相を探るようにリレットを見ると、リレットがブレイズたちに気づかれない程度にほんの少し首を横に振った。


『ここではその話はしないで』


 リレットがそう言っているのがわかった。



 話し合いが終わってから聞いたことだが、リレット本人が言うには、

「わたしは言霊の魔法なんて使っていないよ。そんなのを使わなくても、わたしは本当に魔王より強いんだから」と言霊の魔法説を否定した。


 魔法ド素人の俺には真偽の程はわからなかったし、確かめる術もなかった。


 それならどうしてブレイズたちに本当のことを言わないのか、という疑問が浮かんできたのだが、よくよく考えればリレットは一度しか魔法を使えないのだ。

 本当のことを言ってしまえば、その切り札を利用される危険性がでてくる。

 リレットはそれを危惧しているのではないだろうか。



 ブレイズに提案を却下され、リレットは少し考え込んだあと、別の案を提示した。


「なら、こういうのはどうかな。このペンダント。これが、魔王の力を封印できる魔道具だ、っていう設定にするの」


 リレットはペンダントをブレイズに見せる。


「みんなはわたしを強いと認識してる。わたしなら、そういう道具を持ってても不思議じゃないし、あまり怪しいまれないと思う。わたしがこのペンダントを付けていることは、街の人は知ってくれているから」


 リレットは姉の手がかりを得るため、この街のみんなにペンダントを見せて回っていた。


 ブレイズはリレットからペンダントを受け取り、まじまじと見つめる。


「普通の首飾りじゃな」


「わたし自身に魔王を封印する力があるんじゃなくて、そのペンダントにそういう力がある。そう思わせられれば、わたしよりもペンダントのほうに注目するでしょ? それなら、この作戦が終わったあとでも、それほどわたしに危険はないと思うの。わたしが強かったのも、ペンダントのおかげだったっていう設定にすれば、なおさらわたしへの意識は薄くなる」


 ブレイズはしばし考え、

「なるほど。それなら、上手くいくかもしれん」

 とリレットの案に納得してくれた。


「じゃが、これは大切なものなのではないかな?」


 ブレイズは申し訳なさそうに聞いたが、リレットは穏やかな声で答えた。


「これですべてが上手くいくなら、わたしは笑って手放せるよ」




 魔王の前に立ちはだかるリレットは、まるでいくつもの修羅場をくぐり抜けた戦士のようだった。

 震えもせず、恐れもせず、まっすぐ前を向き、声を張り上げる。



「この首飾りで、今からあなたの力を封印します!!」


 リレットが叫んだ途端、ペンダントが光を放った。その光はペンダントではなく、リレットが付けている指輪の光なのだが、いい感じにペンダントが光っているように見えている。

 リレットが付けていたあの黄色い指輪は光を出す魔道具らしい。


 その光を合図に、影たちは言霊の魔法を解除した。


 指輪の光が止み、魔王は右手をリレットに向け攻撃態勢に入るも、その掌には何も現れなかった。

 魔王は自身の両手を見る。どうして魔法が使えないんだと言わんばかりに、じっと手を見ていた。



「魔王はもう力を使えません! 今です!」


 リレットの言葉に、騎士たちは魔王へ総攻撃を仕掛けた。俺の近くにいた騎士も転送魔法で魔王のもとへと移動し、攻撃に加わった。


 いくつもの弾丸が魔王の体を撃ち抜き、いくつもの剣が体を貫いた。


 その間、魔王は一言も発することなく、攻撃の反動で体はどんどん後退していった。

 黒いマントは血で染まり、地面は真っ赤に染まっていた。



 俺は目を背けたくなった。

 胸が、心が、どうしようもなく痛かった。

 やめてくれと、言えるわけがないのはわかっている。

 あいつが多くの人々を殺したのはどうしようもない事実だ。家族を、大切な人を奪った魔王を許せる人間なんていないだろう。


 だが、叫びたかった。

 そいつだけじゃない。

 そいつだけのせいじゃないんだ。

 知らなかったんだ。

 そうやって生きるしかなかったんだ。

 それしか知らなかったんだ。


 そいつだって本当は……。



 魔王の顔が思い出された。

 楽しそうにしていたことを。

 嬉しそうに鏡を見ていたことを。

 おいしそうにパンにかじりついたことを。

 顔を見られて悲しそうにしていたことを。



 魔王の背中が丸くなっていく。もう立っているのが限界のようだった。


「これで終わりだ!」


 一人の騎士が叫ぶと全員で魔法を放ち、魔王は一瞬にして炎に包まれた。


 業火に焼かれ、魔王の体は徐々に小さくなっていく。

 もはやそれがマントの黒なのか、焼かれた肌の黒なのかもわからなかった。

 赤く燃える炎のなかを、黒い何かがうごめいているだけだった。



 広場は騒然としていた。

 ざまあみろと、苦しんで死ねと人々が叫び、焼かれる魔王を見て高笑いしているのが聞こえた。



「もう、やめてくれ……」


 俺は絞り出すように呟いた。

 その声は、誰かに届くはずもなかった。



 すべてが燃やし尽くされ何もかもが灰となったあとも、その場から動くことはできなかった。

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