第30話 言霊②
「さて、じゃあ言霊の魔法について説明していくから、ローさんよく聞いてね。実際に、どんなふうに言霊の魔法が発動しているのかを見ながらだから、少しはわかりやすいはずだよ」
人々は魔王から逃げようとしていたが、広場にはすでに結界が張られていた。
分厚いガラスのような結界をドンドン叩いたり魔法で砲撃したりするも、一向に破れる気配はない。退路は完全に断たれてしまった。
人々の悲痛な叫び声がここまで聞こえてくる。
そっちが気になりすぎてリレットの言葉が全く入ってこない。
「ローさん、ちゃんと聞いてる?」
「……聞いてない」
俺はリレットではなく、広場の人々と魔王を見ていた。近くにいたブレイズの護衛騎士二人も広場を凝視していた。
するとリレットは両手で俺の顔をガシッと掴み、自分のほうを向かせた。
「ローさん、気にしても仕方ないんだよ。それよりも今はわたしの話のほうが大事なの。わかった?」
いつもとは違う真剣な物言いだった。
普段通りかと思っていたが、リレットもさすがに緊張しているのかもしれない。
「わ、わかったから、はなしてくれ」
リレットは俺の両頬をぎゅっと押すと、「じゃ、続きを説明するよ」といって手を離した。
「言霊の魔法にはね、三つの大事な要素があるの。まず『範囲』を決める必要がある。範囲っていうのは、言霊が有効となる場所のこと。言霊は、どこでもどんなときでも勝手に発動するんじゃない。誰かがその都度範囲を設定して、その範囲のなかでだけ有効な魔法なの」
「ってこのは、ただ単に魔王がいるだけじゃ、魔王の力は使えないってことか?」
「そうそう。例えていうなら、アンテナがないと映像が見れない、みたいなことだよ」
その例えは全くわからないんだが。
「これまでのことを思い返してみてほしい。最初にまーさんに会いに行ったとき、まーさんはわたしに何もできなかったでしょう?」
そうだ。
あの時、屋敷にいる魔王に会いに行った。魔王は何かをしようとしていたが、結局何もしてこなかったんだ。
「範囲を設定してくれる術者が近くにいないと、ああいうことになるの。いつもは絶対に誰かいたはずだから、まーさんも初めてのことにかなり戸惑っていたよね」
じゃああの時はなぜ誰もいなかったんだと質問しようとしたが、
「他にも同じ状況になったことがあるよ」とリレットは話を続けた。
「その次に、ダーさんと出会った街でもあったよね? あの時、まーさんは最初は魔法を使えていたの。それは、影であるまーさんが言霊の魔法を使っていたからなの」
そうか。
いまさらだが、ダートも影だったのだ。
「ダーさんはまーさんが何の力もなしに街へ来て、万が一誰かに攻撃されたら殺されちゃうかもしれないから、まーさんが魔法を使えるようにしたの。ま、そのあとわたしが止めにはいったから、言霊の魔法を解除してくれたけどね」
ダートが魔王を守っていたのは、影だからなのか。それとも、個人的な理由があったのだろうか。
もう本人に聞くことは叶わない。
魔王は魔法で強力な風を起こしていた。
人々は飛ばされまいと地面にしがみつき、体を丸くしていた。広場には砂の竜巻が舞い、人々を襲っていた。
「あとはもうわかるよね? 灰の村でまーさんが魔法を使って暴れん坊さんたちを殺せたのは、ダーさんが言霊の魔法をかけていたから。ここまでは大丈夫?」
「質問したいことはいろいろとあるが」
「それは今は答えないよ」
リレットは言い切った。じゃあ大丈夫って聞くなよ。
「そして二つ目の大事な要素は、言霊の『内容』。まーさんがかけられている言霊はとてもわかりやすいものだから、その分利用しやすいの。なんせ、魔王の特徴は誰もが知ってるものだからね」
「黒目、黒髪、か」
「そう。黒。これが魔王の最大の特徴。その恐ろしさのあまり、黒いマントを羽織っただけでも人々はそれを魔王だと認識してしまうほどに。それが言霊となり、発動しているの」
「みんながそう思っていることで、偽物は本当に魔王の力を使うことができるのか」
リレットは頷き、広場に顔をむける。
「今、偽魔王はあんなふうに強大な力を使えている。それはここにいる魔王の手下、影と呼ばれる人たちがこの城と広場を範囲に設定し、黒い姿は魔王であるという言霊を実現させた結果なの。この人たちも影だよ。今まさに、言霊の魔法を使っている最中なの」
リレットは近くにいるブレイズの騎士二人を顎で指す。
彼らの表情は険しく、依然として俺たちには見向きもせず魔王を見つめていた。
こちらの話に聞き耳をたてる余裕はないみたいだな。
魔王が起こした竜巻は塀に立つ人型の彫刻を粉々にしていた。城を守る結界のようなものが見えたが、それも一瞬で割られてしまった。
下を見ると、門の前で大勢の騎士団が突撃の準備をしていた。あれが偽物だとは知らず、恐怖と絶望に襲われながらも、彼らはそこに立っていた。
「三つ目の大事な要素は、『対象者もしくは対象物』。『媒体』ともいうね。言霊の魔法には、それをかけられる人や物が必要なわけだけど、今回の場合はあのマントがそうなの」
リレットは竜巻でひらひらとはためく魔王のマントを指さす。
「あのマントを媒体として、言霊の魔法を発動させているの。つまりマントは魔道具ってこと。そしてあのマントは変身魔法の魔道具でもあるの。あれを着ることで、醜い魔王の姿に変身するってわけ」
この街に入るときに荷物検査があった。
魔道具であればそのときに取り上げられてしまいそうだが。
「ダーさんが仲間の影に連絡をとって、事前にマントを渡していたの。この街に入るまえに、『行方不明だった魔王を見つけた』と仲間に知らせて、マントを預かってもらっていたんだ。それまでまーさんが他の影に見つかっていなかったのは、ダーさんが頑張って居場所を隠していたからなんだよ」
いつの間にそんなことをしていたんだと驚いた。ダートはああみえて、かなりやり手だったようだ。
「けど、じゃあ魔王は生まれてから一度もマントを脱いだことがないのか?」
「まーさんはあの顔を見られるくらいなら、一生マントを脱がないんじゃないかな」
確かに、あいつならそうしそうだ。
「じゃあ、マントがなければ、あいつは偽魔王にはなれないのか?」
「そう。逆を言えば、あのマントさえかぶれば誰でも偽魔王になれるってことだよ」
俺は目を見開いた。
誰でも……。
門が開き、騎士団が魔王を取り囲む。
魔王に向けて一斉に砲撃を開始した。赤い炎が魔王の体を包み込み、火柱となり高く上がった。
人々は騎士団が来てくれたことにほんの少し安堵したが、魔王がゆっくりと歩きながら炎の中から出てきたときには、再び人々の心は闇に包まれた。
「誰でもなれるなら、なんで……」
なんで変わってやらないんだ。
なんであいつ一人にやらせるんだ。
俺の中のモヤモヤがさらに膨らんでいった。
「複数人でやるとね、責任の所在がわかりにくくなるんだよ」
リレットは静かに、そして少し悲しそうに答えた。
「この作戦を考えたとき、終わり方も考えたと思うんだ、賢い人ならなおさらね。魔王を終わらせるとき、どうやって終わらせるか、その責任を誰がとるのか。偽魔王を演じていた人が何人もいれば、個々の責任や罪の意識は薄れる。自分だけが悪いんじゃない、みんなでやったんだって。
だから、一から魔王を作ったの。何も知らない小さな子供を生贄に、あなたは魔王だと教え込み育てる。すると本人もそれを信じて、魔王として振る舞うようになる。そうすれば、最後に死ぬのも、その偽物一人だけで済む」
俺は再び魔王を見た。
魔王を包んでいた炎はもう消えていたが、騎士団による砲撃を浴びていた。
雨のように降り注ぐ弾丸。
魔王は顔色一つ変えず、シールドですべてを防いでいた。
反対に騎士団たちの表情はかなり険しい。
こんな化け物に勝てるわけがないと思っているのだろう。
俺は柵から身を乗り出し、三重の塔のテッペンを見上げる。
ここからでは顔までは見えないが、国王はまだそこにいた。
国王が見ている以上、騎士団は死んでも諦めることはできないだろう。
「さて、そろそろわたしの出番かな」
そう言うとリレットは近くの騎士に声をかけた。
「わたしを彼の前に転送させて」




