第29話 言霊
リレットと軍師ブレイズの話し合いから早くも七日が経過した。
ブレイズは各地に散らばる仲間、通称『影』に偽魔王作戦の終了について知らせ、そのための準備を進めていた。
俺とリレットはその間、街にいた。
リレットは街をぶらぶらしては、人々と交流していた。
すっかり有名人となったリレットは、誰かとおしゃべりをしたり、ご飯を食べたり、とにかくずっと誰かと一緒にいた。こんなにも普通の日常っぽいことをしているリレットを見るのは初めてだった。
はたから見れば、ごくごく普通の女の子にしか見えなかった。
リレットは魔王とダートが使っていた部屋で寝泊まりしていたが、部屋に戻ってくることはほとんどなかった。
夜中まで出歩いていたようだ。
俺はというと、抜け殻になったような感じだった。リレットとは対照的に、宿にこもってばかりだった。
ダートにもらった転送魔法のリングを見つめるだけの毎日。村に帰りたいのに、それを使うことをためらっている自分がいた。
そんな生活をしばらく送り、ようやくその日がやってきた。
「行くよ。世界に平和が訪れる瞬間を作りに」
リレットとともに、俺は終焉の場所へと向かった。
ブレイズの側にいた騎士のうちの一人がその場所まで案内をしてくれた。聞けば、彼も影らしい。
俺たちが行くのは、この階段状の街の最上段にある城だ。
長い坂道をひたすらのぼり、頂上にたどり着いた。早朝だったので街はまだ静かで人通りはほとんどなく、あまり注目を浴びずにここまで来られたのはよかった。
「はあっ、はあっ」
俺は久しぶりに歩き、体力がかなり落ちているのがわかった。普段から少しではあるが体を鍛えていたが、ここ一週間はそれすらしていなかった。そのつけがもうまわってきていた。
「ローさん、もしかして痩せたんじゃない? ご飯食べてた? お金はあったよね? 剣、代わりに持とうか?」
リレットは目が見えずとも、俺の変化を感じとった。
「大丈夫だ。食欲が、はあ、なかっただけだ」
息を切らし、ひざに手をつく。剣が重い。
これはまずいな。今日が終わったら、また鍛えないと。
そこでふと、あることに気がついた。
今日が終われば、もう魔王はいなくなる。
そうなれば、故郷は恐怖から解放される。
敵がいないなら、体を鍛える必要なんてないのか?
俺は、村のみんなを守るために生きてきたけど、じゃあ、その元凶がいなくなったら――。
「あの塔に身を隠していただきます」
騎士の声でその考えを一旦胸の奥深くにしまい込み、前を見た。
そこにあったのは、巨大な三重の塔だった。
ピカピカに磨き上げられた赤い壁には、ここからではよく見えないが何かの彫刻が彫られているようだった。
塔の屋根にはところどころ宝石があしらわれていて、太陽の光が反射し、美しい輝きを放っていた。
塔の前には赤い塀があり、高さはニメートルくらしかないが、とにかく横が長い。百メートルはあるんじゃないだろうか。
塀のうえには岩で作った人型の彫刻が等間隔で置かれていて、間近で見てみるとその細かさにため息がでた。
「これまた、圧巻だな」
思わず見入ってしまった。
街の建物の赤はなんだかチカチカして見慣れなかったが、これほどの建築物を目の当たりにすると、少し感動してしまう。
「お二人には、あちらの建物にいていただきます」
騎士が指さしたのは、三重の塔ではなく、その右手前にあった、小さな建物のほうだった。
「あそこからなら、この広場での出来事がよく見えるはずです」
俺たちが今いるこの場所は、城の前にある大きな広場だった。
「昨夜、赤の国の国王様が到着されました。国王様を一目見ようと、昼ごろにはこの広場は人で埋め尽くされるでしょう。近隣の村や街からも、人が来ます」
俺は広場を見渡す。
この広さを埋め尽くすほどとなると、ものすごい人数だな。
「国王様は、塔の一番上の部屋から広場をご覧になります。それが、今回の作戦開始の合図です」
「王さまが出てきたタイミングで、広場に偽魔王を出現させる。そして、偽魔王をこの国の騎士たちが殺すところをたくさんの人と国王が目撃すれば、騎士たちは英雄と称えられ、それを指揮したブレイズさんも褒められ、赤の国は魔王を破った国だと各国が拍手を送る。いいことづくめだね」
これはリレットが考えた筋書きだ。
ブレイズや影たちのことは一切表にはださず、悪いのは魔王ただ一人だと認識させる。
そうすれば、元凶であるブレイズや影たちは自分たちのしてきたことを知られる心配はなくなる。むしろ褒められるのだ。魔王を倒した英雄として。
「ローさん、そんな顔しないの」
「見えてねえだろ」
俺はなんとも言えない気持ちになっていた。
蔑まれるのは魔王だけ。他の人間たちは、罰を受けるどころか称えられるのだ。
ブレイズたちのしてきたことは世界の平和を願っての行動だと知ったが、平和のためなら多くの人を殺してもいいとは思わない。
その責任を、魔王一人に負わせるのは納得がいかなかった。
「もう決まったことだよ」
リレットは何も気にしていないようだった。
俺たちは門をくぐり、塀のなかへとやってきた。小さな建物といわれたが、細かな装飾や彫刻は三重の塔と遜色のないほど美しいものだった。
外の階段から建物の二階へと上がると、建物から少しはみ出した見張り台のような場所があった。
そこにはすでにもう一人の騎士が待機していたが、ブレイズの姿はなかった。
「ブレイズ様は大切な用があり、ここにはおりません。お二人は、しばらくここでお待ちください」
今から起こることより大切な用ってなんだよ、という言葉を引っ込めるのに少々苦労した。
それから二時間くらい経ったころには続々と人が集まっていたのだが、みんな赤い服を着ていた。どうやら国王の前ではそうすることが礼儀らしい。
「さあ、間もなくです」
「おい、時間だってよ。起きろ」
「ふあ?」
リレットは見張り台の柵にもたれかかり、うとうとしていた。
「よくこんなときに寝れるな。うらやましいよ」
「えへへ」
褒めてねえ。
その時、広場の人々が一斉に歓声をあげた。どうやら国王がでてきたようだ。
広場の熱気とは対照的に、俺は緊張で体が震えた。まもなく始まるんだ。
「来たみたいだね」
リレットの言葉の直後、それは起こった。
広場の一番前、城に近い場所に突如、魔法陣が現れ、不気味な光を放った。
歓声がほんの少し小さくなったものの、この時点では気にしていない人がほとんどだった。
だがそこからある人物が姿を現したことで、人々は一瞬にして口を閉ざした。
黒いマント姿の魔王が来たのだ。
「うわあーー!」
「魔王だ!」
「逃げろ逃げろ!」
ここからでは魔王の後ろ姿しか見えないが、顔を隠すフードはもう被っていなかった。
魔王が振り返り、ちらっとこちらを見る。
無表情で、なんの感情も抱いていないような顔をしていた。
何かできることはないのかと考えてしまう自分がいる。偽りの魔王。けれど本人はそれを知らない。これまでの出来事はあいつのせいだが、あいつだけのせいではない。
今からあいつは死ぬ。
それをここから、見なくてはならないのだ。
魔王は右手を空へと上げた。
その手首にはもう、リレットがつけた縄はなかった。




